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「無敵艦隊」は誤訳では? トランプ氏発言報道で各社に見解問う NHKのみ修正

楊井人文弁護士
西太平洋に向かっているとされる原子力空母「カール・ビンソン」(提供:US NAVY/ロイター/アフロ)

【ファクトチェック】北朝鮮をめぐる情勢が緊迫する中、先週トランプ米大統領がメディアのインタビューで「無敵艦隊を派遣した」と語ったと報道された。しかし、トランプ氏は "We are sending an armada, very powerful." と発言しており、「無敵」を意味する表現を用いたわけではなかった。定冠詞をつけて "the Armada" と言えば歴史上のスペイン「無敵艦隊」を指すが、一般名詞 "an armada" では「艦隊」「大船団」といった意味で使われる。日本報道検証機構は、在京主要メディア(民放を除く)で「無敵艦隊」と訳していた共同通信など6社に、この違いを踏まえて見解を尋ねたところ、4社から回答があった。【訂正・追記あり】

共同通信がツイッターで配信した記事(2017年4月12日)
共同通信がツイッターで配信した記事(2017年4月12日)

このうち、修正する考えを示したのはNHKだけで、毎日新聞など3社は特に問題ないとの立場だった。朝日新聞は、文脈のほかトランプ氏が日常的に誇張した表現を使うことなども勘案したと説明。回答しなかった共同通信と日本経済新聞は、19日の続報でもトランプ氏が「無敵艦隊」と発言したと伝えている。

最近では2月にも、トランプ氏が「スウェーデンでテロ」と発言したかのような不正確な引用があった。事実(ファクト)と解釈の切り分けをせず、誤りを是正することにも消極的な報道姿勢が改めて問われている。

【参考記事=トランプ「スウェーデン」発言騒動 不正確な引用はメディアの信頼揺るがす

(なお、米太平洋艦隊は4月8日、カールビンソン空母打撃群を西太平洋に派遣すると発表したが、実際はインド洋に向かっていたと欧米メディアが報道。現在は西太平洋に向かっているとされる。後掲記事参照)

トランプ氏は定冠詞をつけずに発言

旺文社ショーター英英辞典(上)ジーニアス英和辞典第4版(大修館書店)(下)
旺文社ショーター英英辞典(上)ジーニアス英和辞典第4版(大修館書店)(下)

英単語 "armada" は、同じ綴りで「海軍」や「艦隊」を意味するスペイン語(一般名詞)に由来し、もともと「無敵」の意味は含まれていない。16世紀にイギリス侵攻を企てたスペイン「無敵艦隊」 "Armada Invencible"は、英語では "Invincible Armada" "Spanish Armada" "the Armada" と表現される。周知のとおりイギリス侵攻で敗北し、文字通り「無敵」であったわけではない。

英英、英和辞書を調べた限り、いずれも一般名詞(可算名詞)の「(大)艦隊」と、定冠詞 "the" をつけて固有名詞として用いる場合を明確に区別しており、一般名詞の用法で「無敵艦隊」と訳した辞書は見当たらなかった。

北朝鮮問題についてインタビューに答えるトランプ米大統領(2017年4月12日、FOX News Insiderより)
北朝鮮問題についてインタビューに答えるトランプ米大統領(2017年4月12日、FOX News Insiderより)

報道されたのは、12日放送のFOXビジネス・ネットワークによるインタビューでの発言。この中で、トランプ大統領が "We are sending an armada, very powerful. We have submarines, very powerful." と言っていたことは、映像と音声で確認できる。欧米メディアもトランプ氏の発言を"an armada"と引用して報じており、"invincible" や "matchless" など「無敵」を意味する表現をわざわざ付加して引用、報道したものは皆無だった。(例えば、ニューヨークタイムズに掲載されたロイター通信の記事参照)

英語の辞書として由緒あるメリアム・ウェブスターも、もともと歴史上のスペイン無敵艦隊と強く同一視されるが、ここ50年は "a fleet or warships"(艦隊、軍艦)の意味で使われることが多く、移動車両の大集団という意味でも使われていると解説している。

各社の報道と見解は

トランプ氏の発言について、読売新聞は「我々は大船団を送っており、非常に強力だ」、産経新聞は「非常に強力な艦隊を送った」と訳して報じた。訳し方は異なるが、いずれも実際の発言を正確に反映しており、問題はない。

一方、NHKは12日当初、ニュースサイトに配信した記事で「無敵艦隊を送った。とても強力だ」と訳していた。共同通信、時事通信、毎日新聞、日本経済新聞も、見出しと本文の両方で「無敵艦隊」と引用符つきで報道。朝日新聞も本文で「米国は無敵艦隊を送り込んでいる」と訳していた。

この訳語の検証は、Yahoo!ニュース個人執筆者の"不破雷蔵"氏がいち早く行った。元NHK記者で調査報道NPO「アイ・アジア」代表の立岩陽一郎氏もこの訳語を問題視し、「何かしらの意図があったのであれば、緊迫した状況を更に煽っていると批判されても仕方ない」と指摘していた

各社の回答全文

【NHK】

「ご指摘のトランプ大統領の発言につきましては、当初、発言のニュアンスなどを考慮して『無敵艦隊』という訳を用いました。その後、改めて訳語を精査した結果、『強力な艦隊』という訳の方が適切であると判断したことから、13日夜のニュースからは『強力な艦隊』という表現を使っています。」(広報局、4月17日)

【時事通信社】

「前後の文脈などから、歴史上のスペイン無敵艦隊のような大艦隊を指すと解釈するのが適当と判断しました。トランプ氏が『無敵』という形容詞を使用したと判断したわけではありません。」(編集局総務兼解説委員 杉山文彦氏、4月17日)

【毎日新聞社】

「共同通信が配信した記事ですが、訂正の必要はないと考えます。」(社長室広報担当、4月17日)

【朝日新聞社】

「トランプ大統領が使用した "an armada" は米軍を指すものであり、定冠詞がついていないことからもスペインの無敵艦隊そのものを指すものではないと解釈されます。ただ、一般的に艦隊を表す "fleet" ではなく、スペイン語に由来する armada という言葉を使っていることから、かつての無敵艦隊を念頭に置いているものと考えました。"an armada" が使われた文脈やトランプ氏が日常的に誇張した表現を使うことなども勘案し、『無敵艦隊』としました。」(広報部、4月18日)

【共同通信社】【日本経済新聞社】 回答なし

ツイッターでのアンケート結果(4月14〜17日実施)
ツイッターでのアンケート結果(4月14〜17日実施)

日本報道検証機構は、4月14日〜17日の3日間、ツイッター上で「無敵艦隊」というメディアの訳語についてアンケート調査も行った。その結果、約1700票の回答があり、最も多かったのが「不正確で是正が必要なレベル」で54%。次に多かった「不正確だが、是正は不要」と回答した25%とあわせると、約8割が「不正確」との認識を示し、「正確で、問題ない」と回答したのは6%にとどまった。「わからない」は15%だった。

【訂正】

当初、ツイッター上のアンケートを実施した結果から、「一部メディアの認識とのギャップが浮き彫りになった」と指摘していましたが、この部分を削除します。ツイッターという性質上、このアンケートの結果が一般世論を反映しているとは言えません。このアンケートの結果を根拠に「一部メディアの認識とのギャップが浮き彫りになった」と指摘することは不適切でした。お詫びして訂正いたします。また、この記述の問題点についてご指摘いただいた方に、御礼申し上げます。

アンケートの結果は参考情報として文末にのみ掲示します。この結果は「無敵艦隊」という訳が正確かどうかの判断根拠となるものでもありません。

このたびは大変多くの方々にアンケートにご協力いただき、ありがとうございました。(2017/4/21 20:50)

(*1) 当初、画像キャプションの表記などに誤記があり、修正しました。(2017/4/20 18:15)

(*2) 毎日新聞は4月19日付朝刊で「大艦隊を派遣した」とトランプ氏の発言を引用。時事通信も、20日付記事で「強力な艦隊を送っている」に修正した。一方、共同通信は20日付記事でも「無敵艦隊」という表現を使っている。(2017/4/21/ 07:30)

弁護士

慶應義塾大学卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHoo運営(2019年解散)。2017年からファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年『ファクトチェックとは何か』出版(共著、尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー受賞)。2022年、衆議院憲法審査会に参考人として出席。2023年、Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット賞受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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