《2023ドラフト候補》阪神・近本を目指す北陸の韋駄天・阿部大樹、本気度120%のシーズン(石川)
■泥んこのユニフォーム
別のチームの選手が1人混ざっている!?
一瞬そう見えてしまう。ドロドロに汚れたユニフォームが、チームメイトの着ているものと全然違う色になっているからだ。
石川ミリオンスターズ(日本海リーグ)の韋駄天・阿部大樹選手は塁に出ると、走れる状況では必ずスタートを切る。そして帰塁のときのヘッドスライディングでユニフォームは泥んこになる。
阿部選手のユニフォームが汚れているときはチームが勝利することが多く、1番バッターである阿部選手の出塁は勝利のカギを握る。自身もその自覚をもって試合に臨み、「1試合1試合、1球1球、全力でというのは心がけてきました」と、常に100%のプレーでチームを牽引してきた。
■悔しい思いをした昨シーズン
金沢星稜大学からミリオンスターズに入団して2年目。「NPBに行くために、どうアピールすべきか」を念頭に置いて、今年はスタートした。
阿部選手には苦い思い出がある。NPBを目指しながらも思うようなアピールができなかった昨年は、NPB球団から調査書すらもらえなかったのだ。
衝撃を受けたのは、同じリーグからドラフト指名された濱将乃介選手だった。中日ドラゴンズに5位入団した濱選手は、対戦相手でありながらキラキラ輝く姿がまぶしく、走攻守でアピールしまくっていた。
「誰がどう見てもプレーはすごかった。自信に満ち溢れてるっていうか、『俺を見てくれ!』みたいな、スカウトの方の視線を全部集めるようなね。年下ですけど、かっこいいなと思って」。
かたや自分はどうだと省みると、とてもじゃないが、そこまでできたとは言い難かった。さらに埼玉西武ライオンズのテストを受けたときにも、「光るものが見せられず、何やってたんだろうという気持ちになった」と、自らの情けなさでいっぱいになった。
■自分の武器である「足」を磨いた
秋季キャンプに入る前、あらためて自身の心に問うた。「自分はどうしたいのか」と。答えは「NPBに行きたい」、その一つだった。
そこで今一度、己の武器を再確認した。
武器は「足」だ。手動計測ではあるが、50mは5秒7である。
「なんか受け身になって、なかなかスタートが切れなかった」と、その足をまったく活かしきれていなかった昨季の反省を踏まえ、一から走塁練習に取り組んだ。
さらに自己投資して、外部に「走り」を学びに行った。
「大阪城公園まで受けに行きました。それを持ち帰って自分でも工夫して、走り方を突き詰めました」。
教わったのは「足の軌道」だという。後ろに流れることなく、前に高く足をもってくるというところが、自身にも「一番、ピンときた」とハマッたようだ。
そしてその改良は、思わぬ効果ももたらした。一昨年と昨年、それぞれ左右の太もも裏を肉離れしたが、今年はまったく痛めることがなかった。適切な走り方は、体への負担もまったく違うことがわかった。
「余計な負荷がかからずに、なおかつスピードも上がっていますね」。
一石二鳥だった。
また、タイプ的に守備もおろそかにはできない。守備に関しても秋季キャンプで徹底的に磨き、「走塁、守備は完璧にしようっていう気持ちでやりました」と、自信をつけた。アピールできる材料はそろった。
■盗塁成功率は.848
並々ならぬ熱量で今シーズンに入った。背番号は「5」に変えた。
大学1年秋、ドラフト会議で近本光司選手の存在を知って以来、近本選手の大阪ガス時代の動画を見まくり、阪神タイガース入団後のそのプレースタイルをずっと指標にしてきた。
憧れの人に少しでも近づきたい―。そんな思いで、より気合いを込めて臨んだ。
「盗塁80」の目標も掲げた。公式戦40試合で80盗塁。そこには阿部選手のこんな思いがあった。
「それくらいの気持ちでいかないと、数字は出ないなって思ったので、まず大きめにドンと。絶対に不可能だろうっていう大きい目標を立ててやっていこうと」。
印象度を上げるには、強烈なインパクトを残す必要があった。そのために自身を追い込むことにしたのだ。
ターム1での盗塁成功率は.643と低かったが、ターム2になると1試合3盗塁を含む15の企図をすべて成功させた。ターム3でも失敗はなく、シーズン通算で28コの盗塁を積み上げ、成功率は.848と高い数字を残した。
■相手の研究に余念がない
盗塁は「3S(スタート、スピード、スライディング)」が重要といわれるが、スライディングにはもともと自信はあった。ベース付近で強く速いスライディングを見せる。
スタートに関してはかなり研究した。今季は40試合を同じ相手(富山GRNサンダーバーズ)と戦う。試合を重ねるごとに相手のことをよく知ることができるが、逆に相手にもこちらのことを知られてしまう。
オープン戦ではアウト覚悟でとにかくスタートを切り、シーズンに入ってからは相手バッテリーを徹底的に研究し、スタートのタイミングを計った。
相手ピッチャーのクイックの速さやキャッチャーの肩、配球、癖…頭に入れることは多岐にわたり、試合の中でも状況やカウントなどさまざま考えながら間合いを計った。
ただ、NPB球団が相手のときは、ほぼ初見だ。「そこはもう、『盗塁をする選手ですよ』っていうのをアピールするために、とにかくまずスタートを切るようにしました」と、タイガース戦(ファーム)では得点にからむ盗塁を決めている。
■速球打ちに自信を深める
ただ、盗塁するためには塁に出なければならない。打撃も昨年よりレベルアップした。
「とにかく当てないといけない選手だと思うので、ゾーンを広めにとって、とにかく当てる。後藤(光尊)監督には『セカンドゴロじゃお金は稼げないよ』って言われているので、極力逆方向を意識してやりました」。
当てるといっても「当てにいく」のではなく、しっかりコンタクトして強く振る。富山の投手陣は150キロオーバーがズラリと並ぶが、対戦を重ねることでストレートをしっかりとらえられるようになり、速球を打つことに自信を深めた。
とくに夏場のターム2では打率.391、出塁率.414、長打率.484と好成績を記録した。
足の速さと打球の強さを証明するかのように、ヒット25本のうち約4分の1にあたる6本を二塁打にし、さらには.069(72―5)と低い三振率で特徴を十分に印象づけ、タームMVPも受賞した。
9月6日にはオリックス・バファローズのファームと対戦(杉本商事バファローズスタジアム舞洲)したが、調整登板とはいえ1軍ピッチャーであるワゲスパック投手から2安打した。うち1本は満塁のチャンスでの2点タイムリーだった。
「あのまっすぐの回転は初めて見た。スピード以上に角度も感じました」。
初見ながら早めにタイミングをとり、ストレートをしっかりとらえた。
ちなみに同試合では2死一、二塁からの中前打に素早くチャージし、見事なバックホームで二走の生還を阻止するシーンもあった。低い弾道のストライク返球は、守備力のアピールに十分だった。
■身近な人たちのプロ入りに触発される
幼いころからずっと、プロ野球選手になることを夢見てきた。新庄北高校3年で進路を考えたとき、「スポーツ系のことを学びたいから」とスポーツ学科のある大学に絞り、ネットで探し出したのが金沢星稜大だった。
大学1年秋のリーグ戦から試合に出るようになったが、そのころ、4年生の先輩である泉圭輔投手が福岡ソフトバンクホークスにドラフト指名(6位)されるのを目の当たりにした。ここであらためて夢の実現を心に強く誓った。
大学4年時には、同じリーグの金沢学院大学から同い年の松井友飛投手(東北楽天ゴールデンイーグルスD5位)と長谷川威展投手(北海道日本ハムファイターズD6位)が指名された。
NPBのスカウトが試合を見にきていたことも知っていた。その中で対戦相手はプロ入りしたが、自身は調査書すらもらえなかった。悔しさがこみ上げた。
■バックアップに応えたい
夢をかなえるため、独立リーグからNPBを目指すことに決めた。ミリオンスターズの球団社長・端保聡氏は奇しくも大学の先輩にあたり、球団スタッフの納谷嶺太氏も入団以来、何かと気にかけてくれる。納谷氏は語る。
「去年の秋季キャンプから『自分がこういう選手にならないとNPBに行けない』というのを、声に出して意識してやっていた。自分なりに研究して継続してきたことが、今季の成績に表れている。振る舞いというか、見られているという意識はチームの誰よりも感じますし、一つ一つのプレーを一生懸命やっていますね」。
二人とも、阿部選手がなんとか指名されるようにと祈るような気持ちでいる。阿部選手にもまた、この2年間バックアップしてくれた彼らに報いたいという思いがある。
■家族のサポートに感謝
そしてなにより山形から応援してくれている家族に、最高の報告がしたいとせつに願っている。クリニックを開業している父には、もしかすると長男である阿部選手に跡を継いでもらいたいという期待があったかもしれない。それでも息子の夢を第一に尊重し、全力でサポートしてくれている。
自宅を改造して室内練習場とジムを作って器具を揃え、オフに帰省したときも存分に練習ができるよう整えてくれた。金沢に見にくるときには、サプリメントを持ってきてくれたり、母も体を気遣って食材を買ってきてくれたりする。
「ほんとにもう、感謝しかないです」。
もはや自分だけの夢ではない。家族の夢になっている。一緒にかなえようと、ともに戦ってくれているのだ。
■120%全力で
「今年は絶対にNPBに行く」という気持ちで、シーズンを通してすべてに全力で取り組んできた。
プレーの中で武器である足を存分にアピールしただけでなく、攻守交替時は守備位置であるセンターとベンチの往復も全速力で駆けるなど、いっさい抜くことがなかった。
打席では1球1球を大事にし、声でもチームを鼓舞した。
私生活でも、考えるのは野球に関することばかりだ。
「一人暮らしなんで自分でごはんを作るんですけど、大学で学んだスポーツ栄養学とかを活かして作っています。あとは父親が持ってきてくれるサプリを飲んで…」と内側からもしっかりと体を作っている。
今やれることはしっかりとやりきった。あとは吉報が届くのを待つだけだ。
(表記のない写真の撮影は筆者)
【阿部大樹(あべ だいき)】
1999年7月18日/山形県
170cm・74kg/右・左
新庄北高校ー金沢星稜大学
50m…5秒7
遠投…98m
【阿部大樹*今季成績】
40試合 打数161 安打46 二塁打7 三塁打3 本塁打0 打点14
得点33 四球19 死球0 三振18(三振率.097) 併殺打3
盗塁28(盗塁成功率.848)
打率.286 出塁率.357 長打率.366 OPS.723
*タイトル…ターム2 MVP