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開幕戦勝利もブラジルに不安。勝負分けた西村主審の判定

杉山茂樹スポーツライター

3-1。開幕戦、スコア的に見ればブラジルの完勝に見える。だが、少なくともブラジルが、優勝候補の本命に相応しいパフォーマンスを披露したわけではない。むしろ先行きに不安を感じさせる勝利。そう言うべきだろう。

立ち上がり5分の両軍の出来を見れば、試合の行方はあらかた推測できるものだ。両軍が組み合った瞬間に起きる化学反応が、その大きなヒントになる。この試合の場合はこうだった。「ブラジル危うし」。番狂わせの予感さえ感じられた。

緊張していたという見方はできるが、クロアチアによい展開のパス回しをされて焦ったという印象だ。ブラジルの選手には、クロアチアが一瞬見せるパス回しが、自らのパス回しより有機的であると分かったのだろう。巧い選手は巧い選手に弱いと言われるが、彼らはクロアチアを目の前に焦った。巧さ比べで、必ずしも勝てていない現実に直面して。

11分。マルセロのオウンゴールには必然があった。クロアチアにラッキーが働いたという感じはしなかった。

むしろ29分、ネイマールが挙げた同点ゴールにラッキーを感じた。その左足のシュートは完全な当たり損ね。クロアチアGKプレティコサが、それによってタイミングを外されたのは間違いなかった。

だが、この日のブラジルにはそれ以上のラッキーがあった。その3分前に、ネイマールが相手ディフェンダーに対して行なった肘撃ちは、一発レッドでもおかしくない反則だった。だが、判定はイエロー。

主審が西村雄一さんだったことと、それは大きな関係にある。彼は、前回南アフリカW杯でもブラジル戦の笛を吹いていた。準々決勝のオランダ戦。そこでブラジルは敗れた。勝負の分かれ目は、西村さんが下した判定にあった。守備的MFフェリペ・メロにかざした一発レッド。ブラジルの敗因はここにあった。

ロッベンを踏みつけたフェリペ・メロに赤紙を出すことは妥当と言えたが、ブラジルサイドには、好ましくない思い出になる。

というわけで「ニシムラ」の名前は、こちらでも知られていた。その名前を記憶している人は少なくなかった。

西村さんにもその自覚はあったはずだ。自分がブラジル人からどう見られているか。想像できていたはずだ。FIFAから開幕戦の笛を吹く大役を任された時、それと同時に、ブラジルを意識したに違いない。

その意識とは、4年後、開催国として開幕戦を戦うブラジルに対して「配慮」する気持ちであったとしても不思議はない。ネイマールの肘撃ちに、黄色を出すか、赤を出すか。彼は瞬間、少なからず迷ったと思う。そこで黄色を出した理由は、4年前を引きずっていたからに他ならない。

後半25分、クロアチアDFロブレンは、自分に背を向けるブラジル代表のストライカー、フレッジの左肩に手をかけたことは間違いなかった。しかし、それでバランスを崩して大仰に倒れるほど、強烈ではなかった。主審泣かせのプレイではあるが、PKを取るほどの接触ではなかった。

ブラジルはこのラッキーなPKをネイマールが決め勝ち越しに成功した。

それでもこのままブラジルペースで推移していれば、ブラジル強しと言うべきかもしれない。だが、ブラジルはこのあとも守勢に回る。再び、クロアチアにいいサッカーをされてしまい、焦った。流れはすっかりクロアチアに傾いていた。

クロアチアがブラジルゴールを割ったのは後半37分。同点ゴールがネットを揺るがしたと思いきや、主審の判定はキーパーチャージ。記者席に備え付けのテレビモニターで、画面に目を凝らす。西村サン大丈夫か? こちらの心配はもはや、ブラジルにではなく、主審に向いていた。

主審の笛にとやかく言うのは良くないこと。とはいえそれは監督、選手の姿勢だ。我々記者はそうではない。ミスジャッジはミスジャッジと言うべき立場にある。

この判定を「ミスジャッジ!」と言うつもりはないが、限りなくそれに近いものであることは確かだった。キーパーチャージと言うよりも、GKジュリオ・セザールのキャッチミス。ビデオはそう語っていた。

クロアチアは、不運な判定にもめげず、なおも追い上げた。ブラジルはロスタイムに入った後半46分、オスカルが逆襲から3点目を入れたが、それはとても強さの証明には見えなかった。

W杯は1ヵ月間のトーナメント。調子はその間に上がったり下がったりする。ブラジルの調子が、もし現在どん底にあるというなら、優勝候補の本命に推してもいいが、そうでない場合、その座は危ういというべきだろう。

4年前赤紙を突きつけられた西村さんに、今度は助けてもらったブラジル。この原稿を書いている今まさに放送されているブラジルのラジオ局によると、西村さんは人気者に祭り上げられているのだという。中には、助けてもらったくせに「最低の主審だ」とこき下ろす不届きなブラジル人もいるとのこと。

西村さんがこの先、再び主審に抜擢されることはあるだろうか。そしてブラジルは、決勝まであと6試合戦うことができるだろうか。ともに微妙といわざるを得ないのだ。

(集英社・web sportiva 6月13日掲載原稿)

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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