マツケンサンバⅡ、正確には「マツケンマンボ」か「マツケンルンバ」?音楽学者が解説
12月31日に放送される「第72回 NHK紅白歌合戦」の企画枠で「マツケンサンバⅡ」が歌唱された。
松平健が歌う楽曲のシリーズ「マツケンシリーズ」として2004年にリリースされた「マツケンサンバⅡ」は、一度聴いたら忘れられない陽気なメロディと、インパクトのあるPVで注目を集めた楽曲だ。紅白歌合戦の中でも大きな注目を集め、懐かしさを感じたファンも多かっただろう。
「サンバという名前だが実はサンバではない」とも言われる「マツケンサンバⅡ」だが、実際どれくらいサンバで、どれくらいサンバでないのか。
『踊る昭和歌謡 リズムから見る大衆音楽』の著者として知られるポピュラー音楽学者の輪島裕介さんに「マツケンサンバⅡ」を考察してもらった。
<輪島裕介プロフィール>
大阪大学大学院文学研究科教授(音楽学)。専門は大衆音楽研究、近現代大衆文化史、アフロ・ブラジル音楽研究。近年は台湾ほかアジア圏における日本ポピュラー音楽の受容などの調査研究にも力を入れている。著書に『踊る昭和歌謡~リズムからみる大衆音楽』(NHK出版新書)、『創られた「日本の心」神話~演歌をめぐる戦後大衆音楽史』(光文社新書。第33回サントリー学芸賞受賞)など。
『踊る昭和歌謡 リズムから見る大衆音楽』詳細
https://www.nhk-book.co.jp/detail/000000884542015.html
マツケンサンバⅡはどちらかというと「マツケンマンボ」か「マツケンルンバ」
ーー紅白歌合戦で大きな盛り上がりを見せた「マツケンサンバⅡ」ですが、サンバに詳しい専門家から見て「マツケンサンバⅡ」はサンバなのでしょうか?
いえ、サンバではないです。
どちらかというとマンボです。
定義が難しいところですが、ルンバの要素もあります。
ーーいずれにせよサンバではないんですね。
サンバというのはアゴゴやスルドといった楽器を使ったブラジルの音楽なんですが、マツケンサンバⅡで使っている楽器は、主にキューバの楽器なんです。
ピアノで入っている「ターララタララ、タッタ〜」というフレーズも、キューバ系でよく使われる「モントゥーノ」というスタイルのラテン音楽ですね。
ーー我々はキューバの音楽をブラジルのサンバと思って聴いていたんですね......!
ただ、マツケンサンバⅡに限らず、そもそも日本で「ラテンっぽいポップスの音楽」を作るときにはキューバ系の楽器を使うことが多いんですよ。
その意味で、マツケンサンバⅡは非常に日本らしいラテン歌謡だと思っています。
マツケンサンバⅡは、日本人の中にある「陽気なラテンのカーニバル音楽」で、完成度も非常に高いですよね。ショーで見たくなる楽曲です。
ーーマツケンサンバⅡのなかのサンバらしいところを探したいのですが、楽曲の中で「ここはサンバだ!」と思う箇所はありますか?
「ピー!」という笛の音が入っていますが、これはサンバでも使いますね。
サンバのカーニバルでは、何百人の楽器隊に合図を出さないといけないので、笛で指揮をとるんです。
だから、ここはちょっとサンバです。
ーー安心しました。
それから、女性のコーラスが入っていますが、これもサンバっぽいですね。
実際のカーニバルのサンバでも、男性歌手がリードを歌って、追いかけるように女性歌手がコーラスをいれるというスタイルがよく取られます。
サンバでは非常に多いスタイルなので、この「マツケンさんが歌って、女性がコーラスをする」というスタイルが一番サンバっぽいかもしれないですね。
ーーまさか、マツケンさんの後ろで歌っていた女性達が一番サンバらしいとは思わなかったです...!
マツケンサンバⅡの歌詞の中にあるサンバらしさを探す
ーーここからは、マツケンサンバⅡの歌詞についてお伺いしたいです。歌詞が注目されることも多いマツケンサンバⅡですが、各フレーズについて専門家の観点でご意見を聞ければと思います。
ボンゴはサンバでは使わないですね。
カルナバルは「カーニバル」という意味なので、リオのカーニバルのことでしょう。これはサンバらしいですね。
ある時期に、サンバがアメリカ経由でブラジルの国外に輸出されるようになったんですが、そのときに「ブラジルはとても楽しい南の国だ」というイメージが強調されるようになりました。
それが日本でも定着していくんですが、そういった南国ブラジルのイメージを踏襲しているものだと思います。
サンバの中心であるブラジル・リオデジャネイロが、海沿いの街なんですね。
なので、これは観光客がリオデジャネイロに持つイメージから来ていると思います。
もちろん、ブラジルのサンバにも海やビーチは登場しますが、ここはどちらかというと「ブラジル国外から見たブラジルのイメージ」から来ているものだと思います。
マツケンサンバⅡのリズムはサンバではないですね。
実際のサンバで「オーレ」というかけ声を使うことはないですが、「オーレーレーオララー」といったかけ声は使います。
実際のサンバでも恋愛を歌ったものは多いですね。
セニョリータはスペイン語で、ブラジルはポルトガル語なのでこれは言わないですね。
サンバで踊り明かすのはもう、全然あります。サンバに限らず全然あります。
「ビバ」は言います。「ビバ サンバ」というフレーズも使います。
ーー意外とサンバらしさが薄い「マツケンサンバⅡ」ですが、本国ブラジルでは受け入れてもらえるのでしょうか?
そうですね。サンバの楽器と演奏法でやれば十分サンバになる曲だと思います。
それに、ブラジルに住んでいる日系ブラジル人の方々がサンバをやる場合や、日本がテーマのカーニバルの場合であれば、マツケンサンバⅡのようなショーをやるのは非常にありえる話です。
「マツケンサンバⅡのような派手な衣装を来た殿様が、山車に乗って踊りながら現れる」というのは、本国ブラジルでも十分ありえる状況ですね。
ーーサンバという音楽の懐の深さが伝わってきます。
日本ではリオのカーニバルがよく知られているのですが、リオのカーニバルは「サンバとはこうあるべきだ」という基準がはっきり定められているんですね。
でも、同じブラジルのカーニバルでも、サンバのもとになった音楽とダンスが生まれた「バイーア」という街のものは、もっとぐちゃぐちゃで形が決まっていないんです。
例えば、僕がバイーアにいた20年ほど前には、É o Tchanというバンドによる日本をテーマにした「Ariga Tchan(アリガチャン)」というサンバが大流行していました。
これが受け入れられるのであれば「マツケンサンバⅡ」も問題なく受け入れられると思います。
「リオのサンバこそがサンバだ」という考えであれば、マツケンサンバはサンバではありません。
でも、サンバをバイーアなどで見られる「陽気でゆかいなお祭り騒ぎの音楽」と考えると、マツケンサンバⅡは本場ブラジルにあってもおかしくないですよ。
ーーひとくちにサンバと言ってもいろんな考え方があるんですね!
お話を聞く前は「マツケンサンバⅡは本当にサンバなのか?」という軽い疑問しかなかったのですが、詳細を伺って、サンバの魅力や楽曲の魅力について深く知ることができました。本日はありがとうございました!