「合意なき離脱」防止法を超スピード可決 強硬離脱派の玉砕で英国の未来はマルクス主義者に委ねられた
死んだも同然の与党・保守党
[ロンドン発]「アレも嫌、コレも嫌」でこれまで何をしたいのか全く示せず、世界中のメディアから物笑いの種にされてきた英議会――。
4月3日夜、下院が欧州連合(EU)からの「合意なき離脱」を防ぐため、離脱期限までに合意できなければ延期をEUに申請する法案をわずか1票差、1日という超スピードで可決しました。
4日にも上院の可決を経て成立します。新たな離脱期限が12日に迫る中、市民生活や企業活動を大混乱に陥れる「合意なき離脱」はしないという英議会の意思をEU側に明示した意義は大きいでしょう。
しかし、保守党の少数政権は終ったも同然です。
EU側は長期延期に傾く
テリーザ・メイ首相は2日夜、首相官邸前で、完全に暗礁に乗り上げた離脱交渉を前に進めるため、最大野党・労働党のジェレミー・コービン党首に与野党協議を呼びかけ、EU側に離脱の短期延期を再び申請すると表明しました。
しかしメイ内閣は合意を優先する穏健派10人、「合意なき離脱」を唱える強硬派14人と真っ二つに分かれています。保守党支持者の75%が「合意なき離脱」を支持しています。
10日の緊急首脳会議でEU側は、メイ首相が求める短期延期ではなく、1年程度の長期延期を示す可能性が強いと思います。
英議会が明確に「合意なき離脱」防止の意思を示しているのに、EU側が事実上の死刑宣告に相当する「合意なき離脱」を突き付けるわけにはいかないからです。
EU側が英国を「合意なき離脱」に追い込むと、大喜びするのは保守党の強硬離脱派だけです。さらにEUが一切の責任をなすりつけられ、欧州議会選で欧州懐疑派を勢いづける恐れさえあります。
長期延期なら英国は欧州議会選に参加する必要が出てきますが、マイナスの影響を恐れて英国選出の欧州議会議員には重要な権限は与えられないでしょう。
窮余の一策・与野党協議
メイ首相は3日午後、コービン党首と会談し、下院で過半数を得て膠着状態を打開する方法を協議しました。コービン党首は「期待していたほどではなかった」としながらも「有益だ」と一定の評価を示しました。
メイ首相は欧州議会選直前の5月22日までに、離脱協定書について下院の承認を得て円滑にEUから離脱したい考えです。そのため将来に向けたEUとの関係を方向づける政治宣言に野党の意見を盛り込むとみられています。
EUは3月の首脳会議で、英・EU双方が昨年11月に合意した離脱協定書の再交渉には応じないことを確認しています。「合意なき離脱」がなくなったら「合意離脱」か「離脱撤回」の二択しか残りません。
「合意なき離脱」に最後の最後までこだわった頑迷固陋な最強硬派に振り回され、保守党は米国やインドと自由貿易協定(FTA)を締結できるフリーハンドだけでなく、悲願だったEU離脱と政権の2つを同時に失う恐れが膨らんでいます。
「完全無欠な主権」という幻
最強硬派がこだわった「完全無欠な主権」とは結局は幻に過ぎなかったのです。EUの中でも英国より輸出依存度の高い国はベルギー、オランダ、ドイツ、ポーランド、フランス、イタリア、スペインといくつもあります。
EUから離脱しさえすれば輸出依存度やサービス輸出を増やせるというのはデタラメです。
これまで下院で示されたメイ首相の「自由貿易圏」に代わる選択肢は次の通りです。
恒久的な関税同盟に残る案と、下院で可決されたものを2度目の国民投票かける案が有力です。
与党だけでなく野党も分裂
保守党が「最強硬派(合意なき離脱)」「強硬離脱派(FTA)」「穏健離脱派(関税同盟に残留)」「残留派」に割れていたように、野党も「離脱派」と「残留派」に割れています。
EU側が受け入れてくれそうな代替策は恒久的な関税同盟に残留する案でしょう。労働党は「隠れ離脱派」のコービン党首と、EU残留を主張する2回目の国民投票実施派が激しく対立しています。
コービン党首は強硬左派、すなわちマルクス主義者の残党で、独自核の放棄と北大西洋条約機構(NATO)からの離脱を計画していると報じられています。
与野党協議を経て関税同盟残留案でまとまることができなかったら、長期延期を受け入れて総選挙をするしかありません。
政権公約の「離脱」を実現できなかった保守党は政権の座から滑り落ちてしまうでしょう。しかし労働党も単独過半数には手が届かず、英国の政治もEU離脱も「宙ぶらりん」の状態が続く恐れがあります。
英国の二大政党制は大きな転機を迎えています。
(おわり)