ソフトバンクのライドシェア事業でライバルなき世界がやってくる
KNNポール神田です。
ソフトバンクのライドシェア事業に対する影響力が急拡大している。いや、最大のライバルであるUBERもソフトバンクの影響下になるからだ…。
創業者のトラビス・カラニックは、保有株の約29%を売却し、それでもまだ7割は手元に残っている。2017年末にソフトバンクは、UBER株全体の15%、77億ドル(約8700億円)を取得と発表されている。ソフトバンクの出資の狙いはソフトバンクグループの傘下に入れるのではなく、グループシナジーが活かせる関係性としての影響のある出資比率があればよいのだ。
690億ドル(約7兆6700億円)を30%下回る価格で株式を買収の予定だったが、690億ドルの評価でウーバーに出資することとなった。
つまり、世界で70カ国、632都市で事業展開を行っているライドシェア業界の巨人であるUBER株を、ソフトバンクが15%保持(投資家連合であわせて20%)し、影響力を持つこととなるのだ。
もはやライドシェア業界では無敵のソフトバンクのシナジー
今回の出資関連をチャートにまとめてみると、イメージしやすい。
当初、ソフトバンクグループが、なぜ配車アプリに出資するのか?というぼんやりしたイメージも、囲碁のように世界に点在するUBERのライバル、特に人口の多い国に焦点をしぼり出資を繰り返してきたことによって鮮明になってくる。今までの出資は、すべて巨人UBERに打ち勝つ為の出資のように見えてきた。しかし今回の出資で、ライバルであるはずのUBERに影響を与えることができ、取締役会で2議席を確保することで、ライドシェアの敵はどこの国にもいなくなってしまったのだ。いや、ソフトバンクという大きな敵にライドシェア業界はすべて飲み込まれてしまったといっても過言ではないだろう。巨額の買収話ではなく、筆頭クラスの出資でシナジーを活かしながら影響力を行使できる状況を手に入れてしまったのだ。そして、その資金源とも言えるのが、ソフトバンクビジョンファンドという1000億ドルの財布となった。まさに囲碁や将棋のような詰め方であった。
ライドシェア事業はどうなるのか?
ソフトバンクが、すべてのライドシェア事業を制したように思えても、個々の企業の特色があるのがこのライドシェア事業のユニークさだ。そして、ソフトバンクグループも、出資した企業に対して、影響力は持つが、基本的には支援のための出資であり、支援先の事業の成長性を早める出資で圧倒的な成長スピードが期待される。ライバルがいなくなったということよりも、ライバルの成長性をも、世界のライドシェア企業で共有できるということになるのかもしれない。
筆者のいるクアラルンプールでも、GRABタクシーとUBERが壮絶な争いを展開している。半年前までは、圧倒的にGRABタクシーが便利だったが、混雑時のGRABは料金が跳ね上がり、UBERの方が安くなっている。さらにUBERの広告もたくさん見かけるようになり、待ち時間もGRABとの差がなくなってきている。また、GRABはマーケティングに積極的でポイントでいろいろ体験が得られる。利用するとポイントが貯まるのだ。ドミノピザの試食券と交換できるなど、かつてのグルーポンのように、提供企業から料金が取れ、ヘビーユーザーにも「リワード(報酬ポイント)」として提供できるビジネスモデルへと進化している。
コカ・コーラがセブンイレブンでもらえ、エアアジアの飛行機代が3000円ほど割引になるなど、リワードマーケティングがさらに進化している。ライドシェアであれば、目的地に合わせたリワード提供などが可能となり、さらにユーザーの属性データなどは企業の新たなマーケティングとしてもいろんな仮説を検証できそうだ。
ライドシェアのアドバンテージは、ユーザーもドライバーもスマートフォンのアプリを介して、ピックアップポイントと到着地を把握するので、場所の説明もいらないことだ。迎えに来るクルマのナンバーさえ発見できれば良いのだ。
同じイスラム社会でも、サウジアラビアの女性は運転すらできないが、マレーシアでは、「ヒジャブ」という頭を覆う布を巻いたドライバーが増えてきている。話を聞いてみると、家事の合間に働くことができるというライドシェアならではの勤労スタイルが顕在している。ほんの少しの間でも細切れ時間にクルマを利用して働けるという自由を生み出しているからだ。
また感動したのが、知人が乗ったUBERはなんと、聾唖者(ろうあしゃ)で聴覚障害を持っていたという。最初にその説明が表示されてUBERに乗車するが、何の問題もなく、目的地まで乗車できたという。さすがに楽しい会話はできなかったそうだが、聴覚障害のドライバーでもライドシェアならば働けるという、雇用機会が増えていることが驚愕だ。
日本では、かつての『白タク』のイメージで、素人ドライバーの参入が拒絶されているが、特に東南アジアでは、マナーは、タクシー運転手よりも好感が持てる人の方が圧倒的に多いのだ。それは自動車を自分で所有しているだけでタクシー運転手よりも所得層が高いからだ。そして、「1.目的地を伝えなくてもよい」「2.現金を触らなくても良い」「3.互いに評価できる」。シェアリングエコノミーならではのメリットもある。そして、GRABはタクシー会社にもこのアプリを提供しており、プロのタクシーにも、これらの1〜3の要素を提供している。そして、スマートフォンさえあれば、渋滞をさけたルートで、運転手のわかる言語でドライバーを誘導してくれるのだ。
GRABが進化すれば、UBERのアプリも同様に進化する。UBERでは、運転手の簡単なキャリアからプロフィールや趣味までわかるのだ。単に移動する時間だけでなく、車内でのドライバーとの会話もはずむ…。これだけでも移動時間をレジャーの時間に変えたと思える。
新たなサービスは、常に新たな機会と新たな問題を抱えている。問題があるからということで法整備で、締め出してしまうと、サービスを展開している国との間で大きなギャップを生む。
『ロックフェラーがどうして世界を制覇できたか知っているか』
元ソフトバンク社長室長の嶋聡氏が面白いエピソードを語っている…。
つまり、EV化する自動車産業における、プラットフォーマーは、もはやクルマというハードウェアを作る会社ではなく、GoogleやAppleのようなサービス企業だという。つまり、それはライドシェア業界を制したソフトバンクの今回の功績が限りなく大きくなることを予見する。一番注目すべきポイントは、自社では「ライドシェア事業」を一切何もおこなっていないところにある。むしろ非公開企業への出資という点では、ソフトバンクグループは、「プライベート・エクイティ・ファンド」企業と見たほうが良いだろう。その為の巨額の1,000億ドルのファンドもできた。しかし、プライベート・エクイティ・ファンドは、「企業価値を高めた後に売却」を目的としているが、ソフトバンクのファンドの場合は、グループ企業としての「シナジー」や「系列化」に重きを置いているところがいままでの金融をバックグラウンドに持つファンドとの明確な違いだ。
『エネルギー』『輸送』『コミュニケーション』を制したロックフェラーをトレースしていく意味において、『エネルギー』では、「電気から再生エネルギー」事業をサウジアラビアと協業している。『輸送』は「自動車からライドシェア」で、ほぼコンプリート。そして、『コミュニケーション』では、「電話からIoT」へと現代風に見事に置き換えた戦略をとっている。
日本が取り残されない為に
再生エネルギーで作られた電気で、高度化されたライドシェアによる輸送、IoTとロボットで制御されたコミュニケーションシステム。それらの企業群が日本に限らず、ありとあらゆる世界で動き出そうとしている。いや、むしろ日本は規制が厳しく何もできずに世界に取り残されているような気さえしている。そして、訪れる「シンギュラリティー」の潮流だ。すでに、スマートスピーカーなどによる音声検索などは、大きな可能性を秘めている。クルマの手配も音声だけで簡単にできそうだ。「迎車料金」を取らなくてもだ。到着時間をスケジュールに入れておくだけで、AIロボットやスマートスピーカーが、それに間に合うように勝手にサジェストしてくれるのだ。新業態の可能性を排除すればするほど、これらの組み合わせの進化からますます取り残されてしまう。