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中国潜水艦の「天敵」音響測定艦はクジラにも脅威か

石田雅彦科学ジャーナリスト
海自の「ひびき型」音響測定艦ひびき:写真提供:防衛省・海上自衛隊

 敵の潜水艦と対峙する対潜作戦では、相手の潜水艦の探知と特定が重要だ。一方で海中のレーダーともいうべきソナーは、クジラなどの生態に影響を与えているのではないかと問題視されてきた。今回は軍事と自然保護を考える。

ひびき型音響測定感とは

 海上自衛隊(以下、海自)は現在、「ひびき型」と呼ばれる音響測定艦を2隻保有しているが、先日、新たに3番艦の追加が決められ、2021年春の就役を目指し、岡山県の造船所(三井E&S造船玉野事業所)で建造が始められた。

 ひびき型は2850トンの音響測定艦で、1989(平成元)年度に計画され、設計、1991(平成3)年に1番艦ひびきが就役した。次いで2番艦はりまの就役は翌1992年で以来、2隻体制が続く。

 音響測定艦というのは、船尾からソナー(監視用曳航アレイセンサーシステム、Surveillance Towed Array Sensor System、SURTASS)などを海中へ投じ、それを曳航して潜水艦など海中の各種音響情報を収集することを目的とする艦艇のことで、ひびき型は海上自衛隊で初めて半没水双胴船型(Semi-Submerged Catamaran、SSC)を採用し、これは小水線面積双胴船型(Small Waterplane Area Twin Hull、SWATH)ともいう(※1)。

 双胴船(カタマラン、Catamaran)は文字通り、船体を左右に2つ並べ、船体上部は空中に浮いている船形になっている。荒天時でも低速で安定した航行が可能で、米国の同種の艦船も双胴船を採用した。

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米国海軍の音調測定艦「USNS EFFECTIVE(T-AGOS 21)」が横須賀のドックへ入った様子。下部左右に浮力を持った魚雷型のローワーハル(Lower Hull)があり、舵の役目をする潜水艦の昇降舵のようなフィン・スタビライザーが見える。写真提供:U.S. Navy photo by Mass Communication Specialist Seaman Bryan Reckard

 海自の音響測定艦の原型モデルは、米国海軍が1975年度から採用したストルワート級音響測定艦(Stalwart-Class Ocean Surveillance Ship:T-AGOS 1 Class、双胴船ではない単胴船)だ。同級は18隻が就役し、現在では1隻を除いて退役しているが、後継艦としてヴィクトリアス級4隻(Victorious-Class:T-AGOS 19 Class)とインペカブル級1隻(Impeccable-Class:T-AGOS 23)が太平洋と大西洋に配備されている。

 そういう経緯から、1番艦ひびきと2番艦はりまの両艦は進水後に米国へ回航され、ソナー装備などを艤装してもらってから戻ってきている。海自の音響測定艦の主装備は曳航式のソナーシステムSURTASS(+LFA、 Low-Frequency Active)で、静粛性が格段に向上している現代の潜水艦を探知するために開発されたパッシブ・ソナーSURTASSとアクティブ・ソナーLFAを組み合わせた低周波システムになっている。

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米海軍の曳航式ソナーシステムSURTASS(+LFA)の概略図。潜水艦のエンジン音や船体の反響特性などのデータをまとめ、上空の軍事静止衛星を経由して本国の情報センターへ送られ、自国の軍事情報として対潜フリゲート艦や対潜ヘリ、哨戒機などと共有される。Via:U.S. NAVY SURTASS LFA SONARのホームページ

 パッシブ・ソナーであるSURTASSは、音響測定艦の船尾からケーブルで引き出されたY字型に分かれた音響マイクロフォンだ。船尾から数キロメートルも引き出されるため、自艦の音の影響を低減させることができる。

 アクティブ・ソナーであるLFAからは低周波が発信され、数百キロ先のターゲットに反射させ、戻ってきた音をSURTASSが拾うなどする。海上の対潜駆逐艦が潜水艦に向かって「ピンガー(Ping)を打つ」が、あれがアクティブ・ソナーだ。

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海自の音響測定艦ひびきと米国海軍のOcean Surveillance Ships(USNS Able:T-AGOS 20)の船尾の違い。ひびきはスクリューが船尾側へ出ていないため、船尾に開いた穴からソナーを引き出せるが、米国海軍の艦の場合はスクリューが船体より船尾側へ突き出しているため、ケーブルがスクリューに絡まないよう巻き上げウインチを付けていることがわかる。写真提供:ひびき:Camera Operator: PH2 OMAR HASAN Date Shot: 23 Aug 1991、Able:U.S. Navy photo by Mass Communication Specialist 2nd Class Bryan Reckard

曳航式ソナーシステムとクジラ

 パッシブ・ソナーのSURTASSはそれほど環境へ影響を与えないが、長いケーブルを引っ張るため、延縄を切断するなど漁業への被害も出ている。アクティブ・ソナーのLFAのほうは、ピンガーを打ち続ける時間は6〜15分とされ、周波数100〜500Hz、215デシベルのピンを6〜100秒(平均60秒)間隔で打つ。

 こうした軍事的ソナーや船舶が出す騒音が、クジラなどの海棲哺乳類や魚介類の生態に悪影響を与え、浅瀬への乗り上げ座礁などの集団自殺に関係しているのではないかという仮説のもとに多くの研究が続けられてきた(※2)。

 そもそも軍事ソナーの技術は、イルカなどが海中で獲物を探したり互いにコミュニケーションするために使うクリック音を参考にして開発されてきたという経緯がある。ハワイのオアフ島などには、イルカの海中探査能力を研究するための米国海軍の機関もあり、イルカ魚雷などの研究も行っていたようだ。

 見通しの悪い海中で対象を探索するためのイルカやクジラの持つ能力は、軍事的な潜水艦探知とも共通するというわけで、機械的に増幅された大音響が海棲哺乳類にどんな影響を与えるのかわからない。米海軍は環境保護団体などから訴訟を受けて裁判になり、米国の司法が一時、ソナーの使用制限を命じたこともあり(その後に許可)、米海軍も積極的に被害の評価のために研究調査を行ってきた。

 米海軍では、SURTASSとLFAの曳航式ソナーシステムによる、シロナガスクジラ、ナガスクジラ、ザトウクジラ、コククジラの4種類に対する影響を調べた研究もしていて、シロナガスクジラとナガスクジラの採餌行動による影響はなく、コククジラの渡りはパッシブ・ソナーのLFAを回避する行動がみられ、ザトウクジラの繁殖行動ではLFAのピンガーが出ると半数が「歌を歌わなくなり」ピンガーがなくなると10秒以内に再び歌を歌い始め、繁殖数などには影響がなかったという(※3)。

 もちろん、我田引水の部分も垣間見え、この報告に懐疑的な意見も多い。だが、2012年にはすでに米海軍の海軍作戦部長(Chief of Naval Operations、CNO)名で、SURTASSとLFAのソナーシステムに関する1100ページにも及ぶ海棲哺乳類の保護を目的にした使用基準のガイドラインを出している(※4)。

 このガイドラインによれば、近くにクジラなどの海棲哺乳類がいる場合、作戦行動を続行するか止めるかの判断に何段階もの規制を設け、影響が大きいと考えられるなら作戦を中止すべきとしている。また、米海軍は海棲哺乳類などへの影響を考え、すでに日本近海での低周波ソナーの使用を制限している。

 ネット上には米国海軍によるこの種の資料が山のようにあり、たとえ軍事行動でも国民の税金を使っている以上、情報開示が欠かせないという姿勢があるようだ。

近海に出没する中国の原潜

 海自のほうはどうだろう。ソナーなどの艤装を除き、建造費が約180億円といわれる新型の音響測定艦についていえば、対潜作戦という任務の性質上もあり、船尾の形状の違いでわかるように、ひびき型は日本独自の技術を駆使している部分もあるのかもしれないが、ほとんど情報は出てきていない。

 ただ、SURTASSシステムなどの艤装は基本的に米海軍に依存し、米海軍の情報をみればすぐにわかるようなものも多い。

 一方、冷戦が終わったとはいえ、依然としてロシア潜水艦の出没もあり、対潜作戦における米海軍と海自の主な探索対象は中国とロシアの潜水艦ということになる。2018年1月には東シナ海の接続水域を中国の潜水艦が潜水後に浮上航行し、防衛省はそれが商クラス(Shang-Class、093型)原潜だったこと、警告のピンガーを打ったことなどをあえて公表した。

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尖閣諸島北西の東シナ海を中国国旗を掲げて浮上航行する中国・商クラス原潜。護衛艦おおよど、おおなみが確認したという。写真提供:防衛省・自衛隊「潜没潜水艦の動向について(平成30年1月12日)」(2018/06/24アクセス)

 軍事的にも対潜作戦でこうした情報を明らかにするのは珍しく、政府には中国潜水艦が脅威であることを国民に知らせようとする意図があったのだろう。米海軍の発表によれば、すでに中国の潜水艦の保有数は米国を上回っているという。

 軍事に関する興味も少なくクジラの保護についても関心が低い日本では、軍事ソナーとクジラの座礁をつなげて考える人がそう多くないことは予想できる。米国の司法は防衛のほうが環境保護よりも重要だという判断を示しているが、米海軍がこの問題に真剣に取り組み、国民の理解を得ようと努力していることは知っておいたほうがいいだろう。

※1:防衛庁技術研究本部、「防衛庁技術研究本部五十年史─II 技術研究開発 3.技術開発官(船舶担当)─」、防衛省、2002

※2-1:Jeremy A. Boldbogen, et al., "Blue whales respond to simulated mid-frequency military sonar." Proceedings of the Royal Society B, Vol.280, Issue1765, 2013

※2-2:Lise D. Sivle, et al., "Severity of Expert-Identified Behavioural Responses of Humpback Whale, Minke Whale, and Northern Bottlenose Whale to Naval Sonar." Aquatic Mammals, Vol.41(4), 469-502, 2015

※2-3:Hathan D. Merchant, et al., "Measuring acoustic habitats." Methods in Ecology and Evolution, Vol.6, 257-265, 2015

※2-4:Catriona M. Harris, et al., "Marine mammals and sonar: Dose‐response studies, the risk‐disturbance hypothesis and the role of exposure context." Functional Ecology, DOI: 10.1111/1365-2664.12955, 2017

※3:Christopher Clark, et al., "Potential Effects of SURTASS LFA SONAR on Beaked Whales and Harbor Porpoises- FINAL REPORT." submitted to the National Marine Fisheries Service, 2013

※4:Department of the Navy, Chief of Naval Operations, "Final Supplemental Environmental Impact Statement / Supplemental Overseas Environmental Impact Statement for Surveillance Towed Array Sensor System Low Frequency Active(SURTASS LFA)Sonar." Department of the Navy, 2012

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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