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美しき敗戦。ボスニア戦のハリルJは「久しぶりにいいものを見た」

杉山茂樹スポーツライター

7対2。およそサッカー的ではないブルガリア戦の大勝劇から一転、日本はボスニア・ヘルツェゴビナに1対2で敗れた。敗れたと聞けば、一般的な人間はガッカリする。好ましくない結果だと考える。しかし、いまの僕の気分はまるでその逆だ。

悪くない。この試合の印象をひと言でいえばそうなる。もっといえば、ナイスゲーム! 日本代表戦で本当に久しぶりにいいものを見た気がする。何より試合が面白かった。相手が勝利を目指し、可能な限りキチンと戦ったことも輪を掛ける。前戦と違い、試合そのものがよいレベルにあった。

ボスニア・ヘルツェゴビナといえば、2014年ブラジルW杯のグループリーグ(F組)で、アルゼンチン、ナイジェリア、イランと争い3位になった国。日本が戦ったC組に置き換えれば、コートジボワール。このレベルの国に勝たなければ、ベスト16入りはないと目される国だ。

日本が真剣になるのはある意味で当然だが、まず拍手を送りたくなるのは、こちらの期待に応えてくれたボスニア・ヘルツェゴビナだ。よいプレーをして、日本にしっかり勝ってくれた。

「A代表で臨んだ試合で敗れたのはこれが初めてだ」と、試合後の会見で、悔しがったハリルホジッチ。昨年8月に出場した東アジア杯に日本は国内組で臨み、北朝鮮に敗れるなど、最下位に終わったが、彼はこれをA代表の大会だと見なしていない様子である。それに従うならば、確かに初黒星だ。

初黒星。ドイツなら分かる。スペインでも、アルゼンチンでも構わない。しかし我々は日本。過去5回出場したW杯本大会で、まだ4勝しかしていない弱小国だ。それがこれまで負けなしとは。普段、どれほど緩い環境に身を投じているかを象徴する事例になる。欧州勢との対戦は今回が実に2年ぶり。ブラジルW杯本番でギリシャと対戦して以来だが、この間、日本はいわゆる強豪国との対戦を意図的に避けてきた。弱小国に、勝って勝って勝ちまくってきた。

客観的に見て、日本は叩かれなければならない国になっている。勝って覚えることもあるが、負けて覚えることもある。勝敗において親善試合のあるべき姿を50対50だとすれば、日本はそこから大きく逸脱した虚構の中で生きてきた。いい加減、正気に立ち返らなければまずい。前戦の7対2で、こちらのその思いはピークに達していた。

ボスニア・ヘルツェゴビナはそのタイミングで現れ、確実に日本を叩いた。よいサッカーでお灸を据えてくれた。感謝すべき相手になる。

とはいえ、だ。そのボスニア・ヘルツェゴビナに対して、日本が手をこまねいていたわけではない。食い下がる姿も悪くなかった。負けたけれど、内容は上々。試合後、弱小国相手に勝ったはいいが、内容はイマイチだったこれまでの試合とは異なる満足感に襲われたものだ。

よく見れば、日本も悪くないサッカーをしていた。「スピード感をベースにしたパス交換」とは、ハリルホジッチの語る日本の魅力だが、それをケレン味なく淡々と連続的に繰り出すところがよかった。

ベースになっていたのは平等さだ。誰もがプレーに絡めそうな、活躍の機会に巡り会えそうなサッカーだ。あっさり薄味のサッカー。チャンスがどこからともなく生まれてきそうな気配を漂わせているところに好感を抱いた。本田圭佑、香川真司不在。それは日本のエースとされるこの2人が怪我のためにスタメンを外れたことと少なからぬ関係がある。

彼らがいたら、ケレン味のないサッカーは披露できなかったと見る。ピッチの上をボールが快活そうに滑る機会は減っていたと、濃くて難しいサッカーになっていたと考える。

そして何よりバランスがよかった。ピッチの上に穴は存在しなかった。悪いボールの奪われ方が、ここまで少なかった試合も珍しい。

ボスニア・ヘルツェゴビナと日本の違いについて、ハリルホジッチはしきりに体格を強調した。だが、技術的にも彼らは、日本人にはない類のものを持ち合わせていた。大きいのにテクニシャン。それに身体の使い方の巧さが加わる。局地戦では日本はかなりやられていた。この日、2ゴールを決められたミラン・ジュリッチはその最たる選手になる。

だが、そこで混乱をきたしたいつもの日本とは違った。ともすればダメージを浴びた分、強引になり、悪い奪われ方をしたものだが、そうした変な気負いもなかった。ボールに対する反応も、最後まで鈍らなかった。ポジショニングに疑問を感じる機会もいつになく少なかった。

つまり実力負けだった。ホームの1対2は、中立地なら0対2か1対3。アウェーなら0対3でもおかしくない。外で戦えば、惜敗は完敗に変化する。その機会をなぜ増やそうとしないのか。なぜ負ける機会を作ろうとしないのか。今回のキリンカップにしても、日本はなぜ、ボスニア・ヘルツェゴビナと同等かそれ以上とおぼしきデンマークとの対戦を避けたのか。そもそも誰がこうした決定を下しているのか。

ムード作りを演出しているのか。日本サッカーにとって一番の敵が楽観論であることは、過去を眺めれば明白。危ないと言われた時の方が結果は出ている。

繰り返すが、勝って覚えることもあれば、負けて覚えることもある。それがサッカーだ。強化には50対50のバランスが不可欠。日本は勝ちすぎている。設定をもっと、敗戦を増やす方向に正すべきである。

ボスニア・ヘルツェゴビナの敗戦は、正しい敗戦、よい敗戦、美しい敗戦だ。喜ぶべき敗戦と言ってもいい。キチンと負ける。この勇気を、サッカー界を動かそうとしている人がどれほど持てるか。日本サッカーの発展はズバリ、そこにかかっている。

(初出 集英社 Web Sportiva 6月8日掲載原稿)

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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