Yahoo!ニュース

ジェイミー・フォックスは、今なぜ8年前の性加害で訴訟されたのか

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
8年前に性加害をしたとして訴訟されたジェイミー・フォックス(写真:REX/アフロ)

 演技、音楽、コメディ、アクション、何をやらせても抜群の人気者。すでにオスカーも受賞し、このアワードシーズンも「眠りの地」でチャンスを狙っているジェイミー・フォックスが、突然にして窮地に陥った。今週、彼は、彼から性加害を受けたという女性から訴訟されたのだ。

 原告の女性によれば、事件が起きたのは2015年、ニューヨークのレストランCatch NYC & Roof。夜11時ごろ、女性が友人と店に到着すると、すぐそばのテーブルにフォックスが座っていた。女性の友人が一緒に写真を撮ってもらえるかとフォックスに聞くと、彼は快諾。だが、酒に酔っているらしいフォックスは、「スーパーモデル並みのボディだ」「良い匂いがするね」「ガブリエル・ユニオンに似ている」などと言ってきて、その後、女性を店の隅のほうに連れて行き、彼女の腰や胸を触った。それだけでなく、彼は彼女のパンツの中にも手を入れ、性器を触ったという。彼女は逃げようとしたが、ガードマンや周囲の人は、目撃していながらあえて何もせず、その場を立ち去った。この出来事のせいで肉体的、精神的な打撃を負ったとして、女性は損害賠償を要求。被告にはフォックスのほか、店と店の従業員も挙げられている。

時効に関係なく訴訟できる一時的州法の期限切れ寸前

 8年も前の出来事を、この女性が今になって引っ張り出してきたのはなぜか。それは、昨年11月にニューヨークで施行された一時的な法律が、現地時間今月24日で失効するからだ。

 Adult Survivors Act(ASA)というこの法律は、過去に受けた性被害について振り返る時間を与え、時効が成立しているかどうかにかかわらず、訴訟することを可能にするもの。フォックスを訴えた女性はまさに締め切り直前の駆け込みだが、ほかにもラップミュージシャンのショーン“ディディ”・コームが、交際中とその後、のべ10年以上にわたって性加害をしたとして歌手のキャシーから訴えられている。訴訟が起きたのは先週だが、両者の間では早くも示談が成立した。

 今週はまた、ガンズ・アンド・ローゼスのフロントマン、アクセル・ローズも、1989年にホテルの部屋で性加害を受けたとして、「ペントハウス」のモデルだったシーラ・ケネディから訴訟されている。さらに、現地時間水曜日夜には、現ニューヨーク市長エリック・アダムスが、1993年に性暴力を振るったとして、女性から500万ドルの損害賠償を求める訴えを起こされた。アダムス市長は容疑を断固として否認している。

 似たような現象は、昨年末、西海岸でも起きた。カリフォルニア州でも独自に期間限定で未成年に対する性加害の時効をなくす特例の法律が施行されたのだが、その期限が切れる前に、駆け込み訴訟があったのだ。そのひとつはエアロスミスのリードシンガー、スティーブン・タイラーをめぐるもの。彼を訴えたのは、50年前に彼が交際していた相手。当時、未成年の16歳だった彼女は、タイラーに手懐けられ、音楽業界から搾取されたと主張している。

 また、「ロミオとジュリエット」の主演俳優オリヴィア・ハッセーとレナード・ホワイティングは、12月30日というまさにギリギリのタイミングで、映画を製作したパラマウント・ピクチャーズに対し、1億ドル以上の損害賠償を求める訴訟を起こした。撮影当時ハッセーは15歳、ホワイティングは16歳。彼らによれば、撮影前、フランコ・ゼフィレッリ監督から「実際にヌードになることはない」と言われていたにもかかわらず、ヌードになるよう強要され、もし断ればハリウッドで雇ってもらえなくなると脅された。そのせいで大きな精神的かつ肉体的な苦痛を受けたふたりは、心理カウンセリングや医者に通うことになり、就業の機会が失われたと述べている。

アワードキャンペーンにも影響は必至?

 フォックスは、この訴訟について、今のところ何のコメントもしていない。だが、これが彼のキャリアにとって打撃になるのは疑いの余地がない。

 今はまさにアワードキャンペーンの真っ最中で、Amazon MGMスタジオは「眠りの地」を猛プッシュしている。主演男優部門の有力候補とは決して言えないにしろ、実話にもとづくこの映画で、フォックスはお得意のコメディのセンスを活かしつつ、とても良い演技を見せた。これからキャンペーンがピークに向かう中、投票者が集まるイベントなどにフォックスを出してきて交流させるような戦略も考えていたのではと思われるが、こうなってくると事情が大きく変わる。

「眠りの地」でフォックス(左)は実在の弁護士を演じた。共演はトミー・リー・ジョーンズ、マムドゥ・アチーら(写真/Amazon Content Services LLC)
「眠りの地」でフォックス(左)は実在の弁護士を演じた。共演はトミー・リー・ジョーンズ、マムドゥ・アチーら(写真/Amazon Content Services LLC)

 状況はかなり違うが、最近は、やはりアワード狙いだったジョナサン・メジャース主演の「Magazine Dreams」が、トラブルの影響を受けている。今年1月のサンダンス映画祭で上映され、「早くも来年のオスカー主演男優候補か?」と騒がれたこの映画は、ディズニー傘下のサーチライト・ピクチャーズが権利を獲得し、早々とオスカー狙いに最適な12月上旬の北米公開日を設定していた。しかし、3月下旬、メジャースはDV容疑でニューヨーク警察に逮捕されることに。来週裁判に出廷する予定で、まだ有罪かどうかはわからないものの、そんな状況で映画を公開したところで良い結果は望めないし、もちろん賞どころではない。ということで、この映画は公開カレンダーから外され、宙に浮いてしまった。

「Magazine Dreams」でボディビルダーとしての成功を目指す男性を演じ、絶賛されたジョナサン・メジャース(写真/Sundance Institute)
「Magazine Dreams」でボディビルダーとしての成功を目指す男性を演じ、絶賛されたジョナサン・メジャース(写真/Sundance Institute)

 この訴訟がなくても、フォックスには、最近、かなり辛いことが続いていた。2020年にはダウン症を持って生まれた妹が36歳で死去。今年4月には、理由不明のまま彼が緊急事態で病院に搬送されることになり、一時は深刻な事態だとの報道も出た。しかし、その後、脳卒中を専門とするシカゴのリハビリ施設で治療を受け、回復に向かったようである。

 そんな体調の彼にはもともと無理だったかもしれないが、声の出演をしたこの秋公開の「スラムドッグス」は、ストライキで出演者による宣伝活動ができなかったことも影響し、興行はまるで振るわなかった。フォックスは主役ふたりのうちのひとりで、とても良い味を出していただけに、がっかりだっただろう。また、今年の北米公開が期待されていた彼の監督デビュー作「All-Star Weekend」も、ロバート・ダウニー・Jr.、ベニチオ・デル・トロ、ジェラルド・バトラーなど豪華キャストが揃うというのに、いまだに公開されていない。

 しかし、そんなことよりも大事なのは、被害女性だ。彼女の主張が本当なのであれば、重大である。フォックスは自分がしたことの責任を取らなければならない。その場合、それが8年も前ということは関係がない。彼にはどんな言い分があるのか。そしてこの訴訟は、どんな真実を明かすことになるのか。今後の展開が注視される。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

猿渡由紀の最近の記事