詩人・御徒町凧が語る、コロナ禍の森山直太朗と「さくら」 “最悪な春”に生まれた希望 <後編>
御徒町凧へのインタビュー、<前編>では「さくら(二〇二〇合唱)」が生まれるまでの、「さくら」をめぐるストーリーを語ってもらい、後編では「最悪な春」へと続くストーリーを語ってもらった。
森山直太朗の涙の意味
「カロリーメイト」のCM『見えないもの』篇を観、感動した一人の高校教師から、大塚製薬の「お客様相談窓口」に届いた一通の手紙から“第2章”は始まった。『「さくら」を贈るプロジェクト』の一環として、福岡県立戸畑高等学校の予餞会(在校生が卒業生を送る会)で森山が「“オンライン”サプライズ」で登場し、卒業生に向けてギターの生演奏で「さくら」を届けた。森山と実行委員会との打合せの様子も観ることができ、打合せの冒頭から森山は涙で言葉に詰まりながら、思いを語っている。
「あの動画は、今年の卒業生たちのことを見ているようで、やっぱり自分達のことを見ているようでもあるんです。コロナと向き合って、色々なことを制限されて、卒業式というのがその象徴的な存在にはなったけど、あの動画を観て感動するのって、我が事としていつのまにか共感できているからだと思います。直太朗のあの涙もそうだと思っていて、彼が確か『先生方や親御さん…』という言葉を発した時に感極まっていて。直太朗と『卒業式って周りはすごく騒いでくれるけど、当の卒業生って意外と冷静だったりするよね』という話をしたりしていました。でもやっぱり彼らの周りには両親を始め、彼らを支えている人がたくさんいて、今回のコロナってやっぱり全方位的に被害者になっているし、同時に加害者がいないという感じもあって、敵がいないというか、感情の落としどころがやっぱり難しいです。直太朗自身も、音楽活動を止めざるを得ない状況もあって、だからあの時生徒たちに話しかけながら、親御さんや先生方、そして自分やその周りにいる人達のことともオーバーラップしたのだと思います」。
「去年、コロナ禍で行なったファンクラブイベント(ファンクラブツアー2020『十度目の正直』)の最終日の東京公演だけが延期になってしまって。その後も延期に次ぐ延期で、結局9月にオンラインで行なったのですが、その時に直太朗が最後のMCで号泣してしまって。あまりに唐突だったから最初はふざけているのかと思ったけど、本当に泣いていて、帰りに本人に『ちなみにあの涙は?』って聞いたら、すごく悔しくて、とにかく悔しい気持ちで涙が止まらなくなったと教えてくれました。彼は人前で歌うということを取り上げられたことに対して、こんなに感情が高ぶるんだとビックリしました。今年でデビュー20周年ですが、年間何十本もライヴをやり続けてきて、これまで一度もライヴを飛ばしたことがないんです。今回初めてそうなってしまって、しかも延期が重なって、最後にオンラインで歌っていた時に、目の前にオーディエンスがいないという事実をすごく感じたと言っていました」。
「シングルのテーマは、『さくら』で今一度世の中と繋がり、『最悪な春』を、どう伝えていくか」
「さくら(二〇二〇)/最悪な春」はCM、動画が好評なことを受け、森山にとって約5年半ぶりのCDシングルとして発売され、シングルランキングのトップ10入りを果たした。「最悪な春」は御徒町が作詞を手がけ、タイトルとは裏腹に、前向きな気持ちにさせてくれ、希望を与えてくれる。この2つの曲が、2021年の“春”にある“強さ”を感じる。
「『最悪な春』は去年の緊急事態宣言下に、ある意味偶発的にできた曲で、直太朗の中ではフォークロックみたいなアレンジのイメージが当初からあったみたいです。去年はやっぱり時節柄も含めて、弾き語りで配信のみでリリースするというのが、自分たちにできる精一杯なことで、人が集まったり、バンドで演奏するということも憚られるような時でした。まさに“最悪な春”でした。まさ一年後のこの春もこの曲を今のこととして歌えると思っていなくて、でもある種のリアリティを持って、晴れてバンドバージョンでレコーディングができました。『さくら2020(合唱)』のリリース会議で、両A面で出すというアイディアが浮かんだ時に、風が抜けた感じがしました。繋がったというか、『さくら(二〇二〇合唱)』は先ほども出ましたが、今年の卒業式は、歌のない卒業式になってしまって、時代的な要請もあってこの曲が色々な場所に広がっていきました。でもやっぱり自分たちのこの春の活動が、そこだけで終わってしまっては、アーティストとしての新しい側面や、息吹みたいなものが表現しきれないので、だからこのシングルの大きなテーマのひとつは、『さくら』で今一度世の中と繋がり、『最悪な春』を、どう伝えていくかということなんです」。
マスクを着けたジャケット写真は「マスクの下は微笑んでいて、この先は希望が待っているということを伝えたかった」
「できないことから新しことを生み出す」というのは、森山が「さくら」を届けた、福岡県立戸畑高等学校の予餞会の実行委員委員会・坪井さんの言葉だ。この言葉を象徴しているのがシングル「さくら(二〇二〇)/最悪な春」のジャケットだ。マスクをつけた森山がマスクの下で微笑んでいるのが伝わってくる。アーティストがマスク姿でジャケットに登場するという前代未聞だが、不安の中での大きな希望を感じさせてくれる、この時代を象徴しているアートワークだ。
「今回のリリースって結果的に、コロナ禍におけるアーティストとしての活動のあり方をすごく端的に表したものだと感じました。だって普通、表1(ジャケットの表面)でアーティストがマスクを着けた写真出さないじゃないですか、ましてや自分の代表曲で。マスクを取ると実は微笑んでいるというテーマで、マスクで表情は見えないけれど、その下では新緑が芽吹くように、未来が待ってるというイメージです。だからさっき『最悪な春』が希望を与えてくれるとおっしゃってくれたのが、めちゃくちゃ嬉しかったです。リフレインする<最悪な な な>のところを、いつかみんなでこの春を思い出しながら歌えたら、どんなに素敵だろうと思いました。それはやっぱり“希望”じゃないですか」。
「この『さくら(二〇二〇合唱)』と『最悪な春』という曲のリリースは、本当にこのコロナの副産物だと思います。『さくらを贈るプロジェクト』の動画で、戸畑高校の坪井さんという3年生を送る会の実行委員長の子が、『こういう状況だからこそできること、それを私たちは考えさせられました。今だからこそできることがあるんです』ということを言ってくれています。とても感動的な言葉でした。結果的に『最悪な春』も最初は弾き語りで配信リリースしたけど、バンドバージョンでレコーディングできて、その途中に『さくら(二〇二〇合唱)』ができ、あのCMとのコラボレーションがあり、そしてCDにもなって…。この、歌のない卒業式と言われている卒業シーズンに、直太朗はデビュー以来といっていいくらい稼働して、色々なところで『さくら』を歌って、思いを伝えることできたと思います。今だからこそできることだと思いました」。