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若い女性が吸う「加熱式タバコ」の危険性とは。「乳がん」や「子宮頸がん」のリスク増

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 コロナ禍で中断していた国民健康・栄養調査の2022(令和4)年の結果が出た。喫煙率で気になるのは、依然として高い中高年男性の喫煙率、そして20代女性の加熱式タバコの喫煙率の急増だ。

若い女性を中心に増える加熱式タバコ

 国民健康・栄養調査はコロナ禍もあって2020年から中断していたが、3年ぶりに2022年の結果が出た。今回の調査結果で注目したいのが喫煙率だ。男女合わせた全体の喫煙率(習慣的にタバコを吸う20歳以上の割合)は前回(2019年)より約2ポイント下がった14.8%(男性24.8%、2.3ポイント減、女性6.2%、1.4ポイント減)だった。

2022(令和4)年の国民健康・栄養調査によれば、依然として30代から50代の男性喫煙率は3割ほどで高い。国民健康・栄養調査に筆者加筆
2022(令和4)年の国民健康・栄養調査によれば、依然として30代から50代の男性喫煙率は3割ほどで高い。国民健康・栄養調査に筆者加筆

 全体の喫煙率は2019年以前から漸減傾向にあったが、気になるのが30代男性の喫煙率、そして20代女性の加熱式タバコのみの喫煙率、それぞれが上昇している点だ。30代男性の喫煙率は2018年には37.4%、2019年には33.2%へ下がったものの2022年には再び上がって35.8%になっている。

過去3回の国民健康・栄養調査の30代男性の喫煙率の推移。一度下がったが2022年に上がっている。国民健康・栄養調査をもとにグラフ筆者作成
過去3回の国民健康・栄養調査の30代男性の喫煙率の推移。一度下がったが2022年に上がっている。国民健康・栄養調査をもとにグラフ筆者作成

 30代男性の喫煙率を40代男性の喫煙率の推移(2018年37.0%、2019年36.5%、2022年31.9%)と比べると興味深いことがわかる。40代男性の喫煙率は3回連続で下がり続けているが、これは2019年に下がった喫煙率が3年後に年代を上げてシフトしたのかもしれない。

 一方、特に注意したいのが加熱式タバコの喫煙率だ。これまでの調査結果でも若い女性の加熱式タバコの喫煙者が増えていたが、加熱式タバコのみ(紙巻きタバコと併用せず)の喫煙者の割合が20代と40代の男性、40代女性で増え、20代と60代の女性では2019年より倍以上増えているのだ。

過去3回の国民健康・栄養調査の20代女性の加熱式タバコのみの喫煙率の推移。2022年には2019年から倍以上に急増している。国民健康・栄養調査をもとにグラフ筆者作成
過去3回の国民健康・栄養調査の20代女性の加熱式タバコのみの喫煙率の推移。2022年には2019年から倍以上に急増している。国民健康・栄養調査をもとにグラフ筆者作成

 これを性別と各世代の喫煙率と合わせてみると、それぞれ喫煙率の高い性別や世代であり、加熱式タバコの喫煙者の急増は無視できない問題になっていることがわかる。

加熱式タバコって有害性は低いの?

 加熱式タバコへ切り換えたり、タバコを吸う場合に加熱式タバコから始めたりする喫煙者が増えているというわけだが、若い女性の場合、ファッション雑誌やLINEなどのSNSによる広告などの影響から加熱式タバコを吸うようになっているのだろう。女性には喫煙者が少なく、タバコ煙による他者への害をおもんぱかるという配慮から、加熱式タバコへ移行している側面もありそうだ。

 また、日本のコンビニエンスストアの店頭には、加熱式タバコのPOP(Point Of Purchase)広告が目立つ。こうした広告は国際法(FCTC)に抵触する可能性があるが、最近の研究ではコンビニなどの店頭で展開されるタバコ会社のPOP広告の未成年者や喫煙者、禁煙者に対する悪影響が指摘されている(※1)。

 タバコ会社の広告では加熱式タバコがあたかも無害であるかのようにPRしているが、加熱式タバコは有害性が低いとか受動喫煙の害が少ないというのは全くのウソだ。これはタバコ会社も言っていることだが、加熱式タバコは明らかに喫煙者や周囲の人間の健康へ被害をもたらす(※2)。

 加熱式タバコに含まれるニコチンの量は紙巻きタバコとほぼ同じで、加熱式タバコをやめられなくなるのはニコチン依存症という病気になっているからだ。最近の研究によれば、このニコチンに発がん性、がんの進行や転移などの作用、がん治療を阻害するといった悪影響があることがわかってきている(※3)。

 つまり、加熱式タバコに含まれるニコチンには発がんなどの危険性があるというわけだが、女性は乳がんや子宮頸がんなどが気になる人も多いだろう。ニコチンは、乳がんの発症、増殖、転移、治療阻害を引き起こすと考えられる(※4)。また、喫煙は子宮頸がんの主要なリスク因子の一つだが(※5)、ニコチンが子宮頸がんの発症をうながすという研究もある(※6)。

胎児への悪影響や受動喫煙の害も

 ニコチンは、妊婦や胎児にも無関係ではない。これまでの多くの研究から、妊娠中のニコチン曝露は、胎児の呼吸器系、内分泌系、心血管系、神経系、生殖系などの発達に作用し、遺伝子に変異を起こし、出生後の子どもの健康、学力、行動などに生涯を通して悪影響をおよぼす(※7)。

 妊娠中に加熱式タバコを吸うと、胎児の発育が悪くなり、低体重出産が増えるのではないかという研究もある(※8)。この研究によれば、全くタバコを吸わない妊婦に比べ、妊娠中に加熱式タバコを吸った妊婦が低体重出産をするリスクは2.5倍になり、加熱式タバコには紙巻きタバコと同じ程度の危険性があるかもしれないという。

 また、妊娠中に加熱式タバコを吸うと、タバコを全く吸わない場合と比べ、生まれた子どもが喘息、鼻炎、結膜炎、アトピー性皮膚炎などのアレルギーを発症するリスクが高くなるという研究もある(※9)。この研究によれば、加熱式タバコの喫煙本数が増えると、アレルギーを発症するリスクも増えることがわかったという。

 受動喫煙は乳がんの発症にも関係があるが(※10)、加熱式タバコには受動喫煙の害があることもわかっている。加熱式タバコが発生する直径が10μm、4μm、2.5μm、1μmのサイズの粒子状物質(Particulate Matter、PM)を屋内環境での濃度で分析比較した研究によれば、エアロゾルの中に検出された粒子状物質のサイズは主にPM1未満の超微粒子であり、全ての加熱式タバコで粒子状物質による空気の悪化が観察された(※11)。

 加熱式タバコでも受動喫煙が起き、配偶者や子ども、家族は前述したような有害なニコチンにさらされている。熊本大学などの研究グループが発表した調査報告によれば、加熱式タバコを吸う父親のいる家庭の配偶者と子どもの尿を液体クロマトグラフィーで調べたところ、タバコを吸わない父親の配偶者と子どもより尿中のコチニンなどのニコチン代謝物のレベルが有意に高かったという(※12)。

 加熱式タバコの受動喫煙では、家族や特に化学物質過敏症の人たちへ被害を与えている。有害性が低いという誤解やタバコ煙が見えにくいことから、ステルス化して加熱式タバコはむしろ厄介だ(※13)。

 以上をまとめると、加熱式タバコには発がんリスクがあり、乳がん、子宮頸がんの発症と無関係ではない。また、妊婦や胎児にも悪影響をおよぼし、受動喫煙の害も無視できない。若い女性を中心に増えている加熱式タバコの喫煙者だが、なるべく早く禁煙することをお勧めする。

※1-1:Michal Stoklosa, et al., "Effect of IQOS introduction on cigarette sales: evidence of decline and replacement" Tobacco Control, Vol.29, 381-387, 2020
※1-2:Lorraine V. Craig, et al., "Awareness of Marketing of Heated Tobacco Products and Cigarettes and Support for Tobacco Marketing Restrictions in Japan: Findings from the 2018 International Tobacco Control (ITC) Japan Survey" International Journal of Environmental Research and Public Health, Vol.17, 8418, doi:10.3390/ijerph17228418, 2020
※2-1:Tariq A. Bhat, et al., "Acute effects of heated tobacco products (IQOS) aerosol -inhalation on lung tissue damage and inflammatory changes in the lungs" doi.org/10.1093/ntr/ntaa267, 2020
※2-2:Nicholas D. Fried, Jason D. Gardner, "Heat-Not-Burn Tobacco Products: an Emerging Threat to Cardiovascular Health" American Journal of Physiology Heart and Circulatory Physiology, Vol.319(6), H1234-H1239, 2020
※3-1:Plyali Dasgupta, et al., "Nicotine induces cell proliferation, invasion and epithelial-mesenchymal transition in a variety of human cancer cell lines" International Journal of Cancer, Vol.124, Issue1, 36-45, 1, January, 2009
※3-2:Courtney Schaal, Srikumar P. Challappan, "Nicotine-Mediated Cell Proliferation and Tumor Progression in Smoking-Related Cancers" Molecular Cancer Research, Vol.12, Issue1, 14-23, 1, January, 2014
※3-3:Sergei A. Grando, "Connections of nicotine to cancer" nature reviews cancer, 14, 419-429, 15, May, 2014
※4-1:Takashi Nishioka, et al., "Sensitization of epithelial growth factor receptors by nicotine exposure to promote breast cancer cell growth" Breast Cancer Research, Vol.13, article number R113, 15, November, 2011
※4-2:Abhishek Tyagi, et al., "Nicotine promotes breast cancer metastasis by stimulating N2 neutrophils and generating pre-metastatic niche in lung" nature communications, 12, Article number: 474, 20, January, 2021
※4-3:Zhila Khodabandeh, et al., "The potential role of nicotine in breast cancer initiation, development, angiogenesis, invasion, metastasis, and resistance to therapy" Breast Cancer, Vol.29, 778-789, 18, May, 2022
※5:Esther Raura, et al., "Smoking as a major risk factor for cervical cancer and pre-cancer: Results from the EPI cohort" International Journal of Cancer, Vol.135, Issue2, 453-466, 15, July, 2014
※6:Itzel Calleja-Macias, et al., "Association of single nucleotide polymorphisms of nicotine acetylcholine receptor subunits with cervical neoplasia" Life Science, Vol.91, Issue21-22, 1099-1102, 27, November, 2012
※7-1:Bradley D. Holbrook, "The effects of nicotine on human fetal development" Embryo Today: Review, Vol.108, Issue2, 181-192, June, 2016
※7-2:Melissa A. Suter, Kjersti M. Aagaard, "The impact of tobacco chemicals and nicotine on placental development" Prenatal Diagnosis, Vol.40, Issue9, 1193-1200, August, 2020
※8:Yoshihiko Hosokawa, et al., "Association between Heated Tobacco Product Use during Pregnancy and Fetal Growth in Japan: A Nationwide Web-Based Survey" International Journal of Environmental Research and Public Health, Vol.19(18), 11826, 19, September, 2022
※9:Masayoshi Zaitsu, et al., "Maternal heated tobacco product use during pregnancy and allergy in offspring" Allergy, Vol.78, Issue4, 1104-1112, April, 2023
※10:Kenneth C. Johnson, et al., "Active smoking and secondhand smoke increase breast cancer risk: the report of the Canadian Expert Panel on Tobacco Smoke and Breast Cancer Risk (2009)" Tobacco Control, Vol.20, Issue1, 8, December, 2010
※11:Carmela Protano, et al., "Impact of Electronic Alternatives to Tobacco Cigarettes on Indoor Air Particular Matter Levels." International Journal of Environmental Research and Public Health, Vol.17, 2947, doi:10.3390/ijerph17082947, 2020
※12:Ayumi Onoue, et al., "Association between Fathers’ Use of Heated Tobacco Products and Urinary Cotinine Concentrations in Their Spouses and Children" Environmental Research and Public Health, Vol.19(10), 6275, 21, May, 2022
※13:Satomi Odani, Takahiro Tabuchi, "Tobacco usage in the home: a cross-sectional analysis of heated tobacco product (HTP) use and combustible tobacco smoking in Japan, 2023" Environmental Health and Preventive Medicine, Vol.29, 5, March, 2024

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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