異例のスピードで書籍化。バイク川崎バイクの文章が人の心をつかむ理由
“BKB”の愛称で知られるピン芸人・バイク川崎バイクさん(40)。新型コロナウイルスによる緊急事態宣言をきっかけに毎日SNSにアップし続けた短い小説が注目され、異例のスピードで「BKBショートショート小説集 電話をしてるふり」として8月12日に書籍化されることになりました。ポップな芸風からは想像がつかない、繊細かつ優しさにあふれた世界を展開。そのギャップが話題にもなりましたが、BKBと小説、両方の根底に流れるのは圧倒的な愛でした。
毎日午前8時19分に更新
きっかけは緊急事態宣言でした。家にいて、何ができるのか。多くの芸人さんがSNSでネタや面白い動画などを発信しまくっていた時期でもあったんですけど、僕がその中で、例えば“BKB”にちなんだ面白ワードみたいなものを発信するのも、何かしっくりこないなと…。
芸人なんだから、とにかく笑えるものをアップする。それが正攻法なのかもしれないんですけど、それはみんながやっているし、何か自分でも納得がいく方法がないか。
そんなことを考えていた中、後輩のお笑いコンビ「オズワルド」の伊藤(俊介)が文章や作品を投稿するSNS「note」を始めたという話を聞いたんです。それを聞いた時に、なぜかしっくりきたんです。「あ、文章があったか…」という感じで。
もともと、僕は星新一さんのショートショートとか、オチでいきなり話がひっくり返るような短い物語が好きでして。10年ほど前に、趣味的に短編小説を書いていた時期もあったんです。じゃ、まず、その時に書きためていた10本ほどの作品を「note」でアップしてみようと思ったんです。
毎日アップしていたら、自分で言うのもナニなんですけど、僕が感動というか、そういう味の文章を書いていることに意外性を感じてくださった方々が少しずつですけど、反応をくださいまして。
ストックが尽きても「これは新作を書いて、毎日続けてみよう」と思ったんです。そして、これはノリというか思い付きで、バイクだけに毎朝8時19分、819(バイク)の時間に必ず新作をアップする。それを自らに課したんです。結果、緊急事態宣言の翌日4月8日から宣言が解除されるまで毎日更新して、計50本ほどの作品ができたんです。
毎日8時19分にアップすることを課してしまったので、日によっては8時5分とかになってもまだできていないこともあって、そんな時はドキドキでした(笑)。でも、そうやって締め切りを決めて、何があっても毎日新作をアップする。それを決めたのが結果、良かったんだなと思っています。
1本の文字数は短くて1000文字くらい。長くて4000ほどです。書くのにかかるのは平均2~3時間。ある程度まとめて書いてストックしておくのが本当はいいんでしょうけど、それができず、結局、毎朝早起きして書いてました。
普段のネタとはテイストも方法論も違いますけど、人に分かりやすいように伝える。そこはしっかり共通していて、しかも、こっちは文字だけですから。もっと分かりやすいように伝えないといけない。それを毎日やることで、ネタを作る時のチェックポイントみたいなものの確認にもなりました。
ただ、言っても毎日のことですから、途中、気持ちが折れそうにもなったんです。ただ、ありがたいことに、少しずつ、少しずつフォロワーが増えていった。
そして、今回の書籍のタイトルにもなり、最も大きな反響をいただいた電話にちなんだ物語を書いた時に、峯岸みなみさんが「ホロリときました」とSNSで拡散してくださいまして。「こんなに遠いところから、見つけてくださったんだ」ということが嬉しくて、また頑張ろうと思えました。単純ですけど(笑)。
そこからはエハラマサヒロさんや「ロッチ」の中岡さんらが広めてくださって、気が付いたら「R-1」で決勝に行った時くらい、周りがザワザワしてきたという流れだったんです。
根底に流れるもの
それだけ皆さんが興味を持ってくださったのは、これも自分で言うのはナニなんですけど、ギャップだったのかなと思っています。いわゆるBKBのイメージにはない物語を僕が書いている。「BKBって、こんなのが書けるんだ」とか「こんなイメージ、全くなかった」「本当にBKBが書いているの?」といったことが広がっていく力になったんだと思います。
そう考えると、今のタイミングで書いたものを発表できたのは巡り合わせというか、これまでの芸歴があったからこそのギャップだろうし、そこはどこまでも感謝するしかないなと。
読んでいただいた方から「どこまでも優しいお話で癒されました」みたいなことも言っていただくんですけど、何より、書いている僕がそういう話が好きみたいですね(笑)。バッドエンドの話も、読むのは好きなんですけど、自分が作るものでバッドエンドというのは、なんとなく選ばないというか。もちろん、それをやる力が僕にないのだと思いますけど、最後は優しく、円く。そういうものを書きがちですね。
でも、BKBという存在も、自分の中ではすごく“平和の人”というか、ネタを見てくださった方に何かしら良い気持ちになってもらいたい。そのための方法論が、BKBと小説では違いますけど、思っていることは全く同じなんです。
あと、書いてみて、新たに自分の素性を知るというか、自分でも「あ、こんな人間なんや」ということを思ったりもしていました。何を書いたら、気持ち良く終われるのか。そこを考えると、どうしても、僕の場合は、その方向になっていきましたね。
ただ、ここがもう一つ、僕の人間性なんでしょうけど、あえて、バッドエンド的なものも少し入れてるんです。というのは、いつも良い終わり方ばかりだと、安心しきって読まれるというか、それが当たり前みたいになってしまう。なので、ストレートをより速く見せるための“チェンジアップ”として、バッドエンドも入れてみました。油断せんといてねと(笑)。
でも、まさか、こんな注目していただいて、しかも、こんなに早く書籍化が決まるなんて、思ってもみませんでした。もしかしたら、そういった僕が好きな“色”と、コロナもあって、今の世の中が求めている“色”が合致したとするなら、とてもありがたいことです。
あとね、もう一つ、書いてみて自分で驚いたのは、なんと恋愛の話の多いことかと。これだけ恋愛にまつわるものが多いということは、意外と自分が恋愛体質なのかなと…。それも発見かつ、気恥ずかしいことでした(笑)。
(撮影・中西正男)
■バイク川崎バイク
1979年12月17日生まれ。兵庫県出身。本名・川崎史貴。愛称はBKB。吉本興業所属。NSC大阪校26期生。美容師として働いていたが、友人に誘われお笑いの道に。コンビでの活動を経て、2007年からは本格的にピン芸人としてリスタートする。14年には「R-1ぐらんぷり」で決勝進出。同年、拠点を大阪から東京に移す。今年に入り、新型コロナウイルスによる自粛生活の中で連日作品投稿サイト「note」にアップした超短編小説が話題となり書籍化が決定。8月12日に「BKBショートショート小説集 電話をしてるふり」として発売される。