元AV監督が描く「ミャンマーの過激格闘技」映画に人々が共感する理由〈後編〉
言い訳をする息子と叱責する母に思わず自分を重ねた
――ときに過剰なほど個性的な登場人物たちのなかにあって、私がとくに印象に残っているのが金子大輝選手(27)のお母さんです。息子のラウェイ挑戦を良しとしていないんですが、ある場面でその思いが一気に吹きこぼれて。
ぼくも、お母さんがあそこまで感情を爆発させるところは、あの時に初めて見ました。それまでは「本当にうちの大輝がすいません」みたいな感じだったのに。でもあの時って、じつはその場にいたみんなのフラストレーションがたまっていたんです。2時間、3時間と屋外で金子くんを待っているような状態で、さんざん待たされたあげくに戻って来た金子くんが「俺は肺炎で負けた」と言い始めて。
――試合に負けて、怪我も負って、病院で治療を終えたあとのシーンでした。
客観的にみれば言い訳を一生懸命している状態じゃないですか。だから、こっちは「カッコ悪いな」と思いながら撮っているわけですよね(苦笑)。こんなシーン、使えないよって。たぶん、あのシーンが活かせたのはお母さんが怒ってくれたからですよね。ちゃんと落ちをつけてくれたというか。
――カメラの前だと感情をこらえる人も多いと思います。こらえきれない気持ちがあふれ出てきたのでしょうね。
どっちなのかなと思いながら撮っていましたけどね。カメラがあるから逆に言っているのか、カメラなんていいやと思うぐらいの怒りだったのか。さすがに、あのタイミングでは聞けなかったけど。
――名優が演じたとしても、ここまで見る者の心に響くだろうか…と思いながら見ていました。それくらい、ドキュメンタリーならではの緊張感と激情がありました。ちなみに、お母さんから「あそこは使わないで」というリクエストは?
ないですね。ただひとつ、お母さんは“やはり母だなぁ”と思うエピソードがあって。「自分はどう思われてもいいけど、あの子のこういう(事件を起こしたという)シーンは消せないの?」と。「それは、ミャンマーの人がみんな知っている事柄だから、あそこを隠すと変になります」とお答えしましたが。とにかく、自分より息子がどう見られるかを気にしているんです。やっぱり息子のことを思っているんだな、素敵なお母さんだなと思いましたね。
――お母さんの咆哮には、綱渡りの人生を送る子供に対する親の複雑な感情がぎゅっと凝縮されている。私も親に心配をかけ通しですから、お母さんの言葉がすべて自分に刺さりました。
僕もそうですよ。うちの親だって、「映画を撮りたい」と言っていた息子がいて、ドキュメンタリー映画を1本世に出して、「これから頑張るのね」と思った矢先、いきなりAVに行っちゃったわけですから。ああいう風に怒っているお母さんを見ると、自分が怒られている風に思っちゃいますね。
――このシーンに限らず、格闘技を超えて普遍的なものが描かれているから、この映画に惹き込まれる人が多いのだと思います。もちろん、格闘家もこのシーンを見て心が動かない人はいないと思いますが。
やっぱり、格闘家の家族はああいう方のほうが多いんじゃないかな。「なんでやってるの? ワリに合わないじゃない、病院代でファイトマネー消えるじゃん」という。
「なぜ闘うの?」という問いは「なぜAVに出るの?」と同じ
――本作のテーマが、まさにそこですよね。痛みや報われない現状を顧みず「人はなぜ闘うのか――」。映画の製作を通して、答えは見つかりましたか?
いや、全然見つからない。というか、僕がAVを撮っていたときは、演者に対して「なんであなたはAVに出たんですか」と聞くようにしていたんですね。それと同じことで、「なぜ闘うのか」という問いに対する答えが欲しいというのはそんなにないんです。その意味では「あなたはなぜ生きるのか」という問いに近いかもしれない。それって、本当の答えが知りたいわけじゃなくて、その人がどう生きているかを聞きたくて投げかける問いですよね。
――私は格闘家が闘う理由がすごく知りたくて、実際に聞いてもみます。でも、答えを聞いても何となくモヤモヤすることが多いです。
たしかに「なぜAVに?」という問いの答えも、「え、それ?」というのが多いですね。もちろん本心を言っていない人も多いし。いろんな人に質問をするたびに、「その問いに対してどう向き合ってくれるのかを見たいだけなんだな、俺は」と思っていた気がします。たぶん、格闘家の人たちも、けっこうカッコつけちゃう人が多いと思います、この問いに関しては。
――そうですね。あとは、シンプルに「やめられないから」とか。
言っている本人も100%自分の心を言い当てられていないことが多いんじゃないかな。みんながしっくりくる答えをできていたら、この質問はずっとしていないと思うんです。
――最後に、映画に興味を持った方へメッセージがあれば、ぜひお願いします。
この映画はいろんな人の欲望だったり、生き方だったりがにじみ出ているドキュメンタリーだと思うんです。それは清々しい姿の場合もあれば、もっと味が濃いと思われる姿でもあると思いますが、それをわりと余すところなく描けたのではないかなと思います。ドキュメンタリーって、やっぱり面白い人が出てくるものが一番面白いし、いいんですよ。その意味で、この映画に出てくれた人はみんな面白いし、「みんな好きだな」と思って撮っていたので、それがちゃんと出ているような気がしています。
――毒々しく描かれた人々も含め、「愛すべき」というカッコ書きを端々に感じました。
はい。本当に映っている人たち、みんな大好きなんですよ。