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曇天の違憲判決。もう一歩踏み込んでほしかった。「結婚の自由」福岡地裁判決を傍聴

松岡宗嗣一般社団法人fair代表理事
福岡地方裁判所の前で「旗出し」をする原告や弁護士ら(筆者撮影)

同性カップルが婚姻による利益を一切受けられず、法的に家族になる手段がない現状は、「個人の尊厳に立脚すべきものとする憲法24条2項に違反する状態だ」。

8日、法律上同性のカップルが結婚できない現行の法律が、憲法違反か問われている「結婚の自由をすべての人に」訴訟の福岡地裁判決で、実質的な違憲判断が下された。

同種の訴訟はすでに札幌、大阪、東京、名古屋で判決が下されており、福岡地裁判決によって、一次訴訟の地裁判決が出揃ったことになる。

判決を傍聴し、小雨が降るなか原告や弁護団による「旗出し」を見守った。

「違憲判決 国会、早よ立法せんね!」と書かれた横断幕が掲げられ、原告らは判決について「違憲の判断がされてホッとした」と語りつつ、その表情は晴れやかとは言えないものだった。

実質的な「違憲」の判断は、画期的で喜ばしいものだ。しかし、この日の天気のように、なんとも歯切れの悪い判決だとも感じた。

まくしたてるような判決要旨の読み上げ

「原告の請求をいずれも棄却する。」上田洋幸裁判長が主文を読み上げる。

形式上は国に損害賠償を求める訴訟だが、重要なのはあくまで憲法違反かどうかの判断だ。裁判長による判決要旨の読み上げに集中する。

これまで各地の地裁判決を傍聴してきたが、その中でも最も早口で、まくしたてるように判決要旨が読み上げられる様子に少し驚いた。

まず、婚姻の自由を保障する憲法24条1項について裁判長は「違反するとは言えない」と述べる。これまでの地裁判決でも、憲法24条1項で違憲が出たことはない。まだ落胆するには早い。

順当に考えると、次は憲法24条2項について述べられるかと思ったが、裁判長は「個人の尊重」をうたう憲法13条や、「法の下の平等」を保障する憲法14条1項について述べた。

しかし、いずれについても「違反するとは言えない」という判断が続く。このまま「合憲」で終わってしまうのだろうか。でも、飛ばされた憲法24条2項については、まだ何も触れられていない。

裁判長は、最後に憲法24条2項に反するかどうかについて、判決要旨を読み上げた。

憲法24条2項への実質的な違憲判断

憲法24条2項は、結婚や家族に関する法制度を作る際、「個人の尊厳」に基づいて作られなければならないと定めている。

判決では、結婚するかしないか、誰と結婚し、家族を形成するかを「自分の意思」で決定することは、「同性愛者にとっても尊重されるべき人格的利益」だと指摘。これが侵害されている現状は、個人の尊厳に照らして「到底看過することができない」とした。

国際社会を見てみると、海外では同性婚を導入する国が増加し、国連からは、同性婚が認められていない日本の現状に対して何度も勧告が出されている。国内でもパートナーシップ制度を導入する自治体が増加し、世論調査でも同性婚への賛成割合が年々増えている。

判決ではこれらの点をあげ、「婚姻は異性のものという社会通念に疑義が示され、同性婚に対する国民の理解も相当程度浸透している」と指摘。

その上で、上田裁判長は、同性カップルが婚姻制度によって得られる利益が一切受けられず、法的に家族になる手段がない現状は「憲法24条2項に違反する状態だ」と判断した。

これは「違憲」と言える判決ではないかーー。法廷で判決の要旨を聴きながらそう思った。

ただ、裁判長は「しかしながら」と続ける。

同性カップルの関係をどのような制度で保障するかは、例えば「登録パートナーシップ制度」など、婚姻とは別の制度の可能性もあり、国会に議論を委ねるものだ、と裁判長は述べる。

世論調査では、特に20〜30代など若年層で同性婚への肯定的な意見が多数にのぼっているが、一方で60代以上では賛否が拮抗していることなどから、賛成が多くなったのは「比較的最近」だとして、必ずしも国会が法整備を怠っていて違憲とまでは言えないと判断した。

同性カップルが法的に家族になる手段が何もない状況について、「憲法違反」の状態とした点は評価されるべきだ。しかし「60代以上の人々の同性婚への賛否が拮抗していて、賛成が多くなったのは最近だから、国会の裁量を逸脱するほどのものではない」とした点には、歯切れの悪さを感じる。

たとえどのような法律を整備するかは国会に裁量があるとしても、いま実際に法的に家族になることができない同性カップルの現状と真摯に向き合えば、札幌地裁や名古屋地裁と同じように、より一歩踏み込み、明確な違憲判断が出せたはずではないだろうか。

憲法24条1項には「違反しない」

判決では、「婚姻の自由」を保障する憲法24条1項、「個人の尊重」をうたう13条、「法の下の平等」を保障する14条1項の判断において、「違憲ではない」という判断が下された。

憲法24条1項に「両性の合意」と書かれていることから、憲法は同性婚を禁止しているという誤解が今なお根強い。しかし、今回の福岡地裁判決でも、他の地裁判決と同じく、同条は「同性婚を禁止する趣旨とは言えない」と指摘がされていた。

しかし裁判長は、世論調査を見ると、同性婚をめぐり「価値観の対立」があり、同性婚が異性婚と変わらないという「社会的承認」が得られているとまでは言えないと語った。

そのため、同性婚を憲法24条1項の「婚姻」に含むと解釈することは「少なくとも現時点においては困難」であり、憲法24条1項に違反しないと判断した。

福岡地裁は、「社会的承認」を得られるまでには至っていないというが、何をもって社会的承認と言えるのか、その基準は不明だ。

そもそも「社会的承認」という名のもと、多数派からの"お許し"がなければ少数であるマイノリティの人権が認められないという考えは、少数派の人権擁護という司法の役割を放棄してしまっている。

同性婚をめぐって「価値観の対立」「60代以上では賛否が拮抗」というが、例えば札幌地裁判決では、長らく同性愛が「精神疾患」と教えられてきてしまった歴史を考えると、60代以上など、高い年齢層の中で同性婚に否定的な意見が多い点などについて、「限定的」に捉えるべきだと判断している。

そもそも、「同性婚」が法制化されることは、制度を利用する人にとっては安心に繋がるが、制度を利用しない人にとっての生活は変わらない。「価値観の対立」があるというが、例えば名古屋地裁では、自治体のパートナーシップ制度の現状を見ると「弊害が生じたという証拠はなく、伝統的な家族観を重視する国民との間でも、共存する道を探ることはできる」と述べている。

むしろ性的マイノリティにとっては、多数派の誤った認識や差別的な考えから、「家族とはこうあらねばならない」と日々押し付けられ、排除されているのが現状だ。求めているのは、この押し付けをやめて、ただ平等に扱ってほしいということだけだ。裁判所にはそうしたマイノリティの立場に寄り添った判断を下してほしかった。

憲法13条にも「違反しない」

さらに、福岡地裁では「個人の尊重」や「自己決定権」を保障する憲法13条についても判断が下された。

福岡地裁は、制度によって「家族だと公証」されることは、例えば医療における家族への説明や同意、保険の受取人の指定、職場の異動等における家族の状況への配慮など、法的な権利だけでなく、私的な関係においても利益がある仕組みだと指摘。こうした点は、「同性愛者にとっても尊重されるべき人格的利益」だと示された。

しかし裁判長は、そもそも婚姻制度の要件や効果は、自分の意思のみによって決められるものではなく、あくまで国家によって、一定の関係に権利義務を発生させる制度であると指摘。「個人の尊重」や「自己決定権」を保障する憲法13条が、同性間の婚姻の自由や、家族の形成まで保障しているとは言えないと判断した。

婚姻制度は、たしかに国がその要件を定めるものではあるが、そもそも家族のあり方は国が決めるものではない。

実態として、すでに家族のあり方は多様であり、同性カップルが婚姻から排除され、家族としての公証を受けられないことで、個人として尊重されず、社会的にさまざまな不利益を受けていることは明らかだ。その点と向き合った判決を下してほしかった。

憲法14条1項にも「違反しない」

憲法14条1項は「法の下の平等」を定め、合理的な理由のない差別的取り扱いを禁止している。

裁判長によると、性的指向は自ら選べず修正することができない事柄であり、同性カップルが婚姻による法的な権利や利益を受けられず、私的な関係でも家族として認められない現状は「重大な不利益を被っている」という。

しかし、明治民法で定められた婚姻制度の目的は、男女の生殖と子の養育を保護するためだとして、このような目的は「現在においても重要なもの」だと指摘。さらに「婚姻は男女のもの」という社会通念が、「変わりつつあるとはいえ、失われていない」ことから、この区別には合理的な根拠があるとし、憲法14条1項にも違反しないと判断した。

この点も非常に大きな問題を含んでいる。

福岡地裁は、国側の「婚姻制度は生殖のため」という主張を肯定してしまっている。多数派である異性カップルは、果たして「生殖」のために結婚するのだろうか。そうではないだろう。

この論理は、子どもを持たない/持ちたくても持てないカップルでも結婚ができる現状と矛盾している。「生殖」は、同性カップルを婚姻制度から排除する合理的な理由とは言えない。

憲法14条1項について明確な違憲判決を下した札幌地裁や名古屋地裁の判決では、婚姻の目的や本質について、生殖のための関係の保護"のみ"ではなく、親密な二人の共同生活を保護することだとし、異性カップルと同性カップルの違いは性的指向のみで、生活実態に違いはなく、同性カップルに何も法的な保障がないのは不合理だ、という当然の判断を下している。

福岡地裁の「婚姻は男女のもの」という社会通念が「変わりつつあるとはいえ、失われていない」という点にも根本的な認識に疑問を抱く。

そもそも平等かどうか、不合理な差別かどうかを判断する際に、「社会通念」という名の「多数派の理解」を判断基準にしてしまうと、いつまでも少数派の人権を守ることはできない。

繰り返しになるが、少数派への権利侵害が多数派の認識という名の"許可"によって左右されてしまうこと自体が問題であり、福岡地裁の判断は、司法の役割から逃げ、マイノリティへの差別に加担してしまっている。

名古屋地裁が「伝統的な家族観を重視する国民との間でも、共存する道を探ることはできる」と述べているように、子どもを持つ人も持たない人も結婚できること、法律上の男女だけでなく、同性であっても結婚できることはどれも矛盾しない。福岡地裁はこの点から逃げることなく正面から判断してほしかった。

欠けている「平等」という視点

裁判所が違憲判断を下すことは非常にハードルが高いと言われている。そんな中、改めて今回の福岡地裁判決で、憲法24条2項への実質的な違憲判断が下されたことは画期的だと言えるだろう。

しかし、もう一歩踏み込んだ判決を下してほしかった。やはり福岡地裁に欠けているのは、「平等」という視点ではないだろうか。

そもそも性的マジョリティとマイノリティの間に立場の不均衡があるにもかかわらず「同性婚への賛否が拮抗している」と安易に述べてしまうことや、登録パートナーシップ制度のように「別の制度でも良い」かのような考え方では、差別を是正し、平等を実現することはできない。

少数派の人権の問題において、多数派による"承認"を重視することは、結局、多数派に"許し"を得なければ、マイノリティの権利は保障されないことになってしまう。

人権を守る最後の砦と言われる司法が、多数派による承認が必要と言ってしまうと、多数決である国会に追従するのみで、司法はいったい何のために存在するのかと疑問を抱かざるを得なくなる。

ただ、今回の福岡地裁判決を含め、各地の判決を見てみると、札幌、東京、名古屋、福岡の4つの地裁で実質的に違憲の判断が下されたことになり、国会に対するメッセージとして非常に大きな意味を持つと言えるだろう。

多数派の賛成の割合によって性的マイノリティの人権が左右されるべきではないと留意しつつも、この間の自治体や企業、学校などでの取り組みの広がりによって、性や家族の多様性をめぐる人々の認識が変わり、今回の違憲判決に繋がったことはとても意義がある。

国は各地裁の判決やこの間の世論の変化などを真摯に受け止め、「訴訟の行方を注視する」と逃げ続けるのではなく、国会での議論を進め、婚姻の平等(同性婚の法制化)を早急に実現すべきだ。

一般社団法人fair代表理事

愛知県名古屋市生まれ。明治大学政治経済学部卒。政策や法制度を中心とした性的マイノリティに関する情報を発信する一般社団法人fair代表理事。ゲイであることをオープンにしながら、HuffPostや現代ビジネス等で多様なジェンダー・セクシュアリティに関する記事を執筆。教育機関や企業、自治体等での研修・講演実績多数。著書に『あいつゲイだって - アウティングはなぜ問題なのか?』(柏書房)、共著『LGBTとハラスメント』(集英社新書)、『子どもを育てられるなんて思わなかった - LGBTQと「伝統的な家族」のこれから』(山川出版社)など

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