ドイツ・バイエルン州の聖なる4週間 よみがえったクリスマスマーケットと伝統や風習を体験する旅 その3
キリストの降誕を記念するクリスマスまでの聖なる4週間、アドベント(待降節)は、ドイツが一番輝く季節です。灰色の空、夕闇も早く訪れるどんよりとした街中に、今年はクリスマスマーケットの輝きが2019年のようによみがえりました。
バイエルン州の旅も終盤になりました。バイエルンの森で日本でも話題のタイニーハウスを見学。住居としてではなく、休暇中に利用され始めています。最終日はミュンヘンでクリスマスマーケットと国立博物館を巡りました。(画像はすべて筆者撮影・トップはミュンヘンのマリエン広場クリスマスマーケットにて)
バイエルンのタイニーハウス
ドイツ人はよく森林へ行き、ハイキングやサイクリングを楽しみます。ルートを決めることもありますが、ゴールは決めず、ただ自然に囲まれてプライベート時間を楽しむのが好きです。コロナ禍から、以前にも増して自然の中に癒しを求めて出かけるドイツ人が急増しました。
バイエルンの森パールバッハタールでワイルドベルクホフ ブッヘットを経営するトーマス・グステッツテンバウアー氏。レストラン、納屋を利用したファームマーケットや宿泊施設を提供しています。
トーマスさんは、自然の中で休暇を過ごす客が急増する中で、自身の宿泊施設を増築して周囲の印象的な景観を損ねることはしたくなかったといいます。そんななか、移動可能なタイニーハウス(通称HYT)のアイデアが生まれたそうです。
バイエルンの森に隣接する広大な公園内で、ゲストは好きな場所に寝泊まりできるのです。自然の中、湖の近くなどHYTを設置できる場所は5カ所。トラクターで運び、HYTを移動しています。そうすることで200頭もの野生動物が暮らす自然の中で、休暇を過ごすことができるそう。
面積は2.5m×6m。2つの二段ベッド(2.01m x 0.7m)があり、これを改造することで小さいながらも、4〜5人分のスペースが確保されています。多機能な家具を設置し、キッチンもあり調理器具や冷蔵庫もトイレも完備しています。同時に、移動可能な寝床をより広く感じられるように明るい色の家具を設置しました。
トーマスさんの経営するレストランで朝食や夕食をとることもできます。趣のある納屋を利用したファームマーケットには、100近い地域の生産者や職人の商品が並びます。ジビエ料理、高級食材、陶器、木工品、民族衣装、カントリーファッションなど、幅広いジャンルの商品を取り揃えています。ソーセージや食材をここで入手して、食することも可能です。
バイエルン州の州都ミュンヘンのクリスマスマーケット
バイエルンの森を散策し、新鮮な空気を満喫した後、ミュンヘンに戻りました。夕方、出向いたマリエン広場クリスマスマーケットとヴィッテルスバッハ広場の中世のクリスマスマーケットの様子をご紹介します。
ミュンヘンは州都とあって、どこも人、人、人で大賑わいです。過去2年間は、マリエン広場にクリスマスツリーこそありましたが、コロナ禍で慣れ親しんだクリスマスマーケットの賑わいや音、匂いを感じることができませんでした。
2度の中止を経て、今年は、クリスマスマーケットがようやくよみがえり、特別な年になりました。新市庁舎前の伝統的なクリスマスツリーに3000個のLEDキャンドルが輝いています。そしてマーケットの屋台の屋根に積もった雪が無数の照明で明るく輝く頃、広場は最高の盛り上がりを見せます。
以前は午前中から光輝いていたキャンドルですが、今年は節電のため、夕方4時頃に点灯、午後11時に消灯です。
100 以上の屋台が今年も出店しています。新市庁舎のバルコニーから流れるアドベント音楽や子どもたちのための天国のワークショップなど、盛りだくさんのプログラムです。さらに新市庁舎の中庭ではクリッペ(キリスト降誕シーン)を見逃せません。
ヴィッテルスバッハ広場の中世クリスマスマーケットは、15年以上も毎年開催されていて、特別な雰囲気を持つマーケットです。もちろんこちらも3年ぶりに復活しました。
グリューワイン(ホットワイン)のカップは、ちょっと趣が異なる素焼きのカップ。ミュンヘン州立考古学コレクションのエレオノーレ・ヴィンターゲルスト博士の協力のもと、クリスマスマーケットでの演出用として、いわゆるトリヒターハルスベッカー(漏斗首カップ)のレプリカを制作したものだとか。
入り口は一つで、入場無料です。マーケット内の舞台では中世の歌や劇も楽しめます。
バイエルン国立博物館でキリスト降誕コレクションを鑑賞
最終日の午前中は、バイエルン国立博物館に行きました。1855年にバイエルン王マクシミリアン2世によって設立され、瞬く間に博物館界の道標として発展したドイツで最大規模の博物館のひとつです。
この博物館には、ヨーロッパの古代から20世紀までの遺物や芸術作品の膨大なコレクションが収蔵されています。古代末期からアールヌーボーまでの絵画や彫刻、精妙なタペストリー、家具、陶器、金細工などの美術品を紹介しています。
なかでもコレクションの歴史的な中心はヴィッテルスバッハ王朝の美術品で、バイエルンの支配者だったこの王朝のヨーロッパとのつながりを反映しています。
クリスマスが近づくと、聖書の場面を再現したクリッぺ(キリスト降誕)のコレクションの展示(毎年11月から翌年1月まで)が注目されます。このコレクションには、3世紀以上にわたるキリスト降誕シーンが含まれています。アルプス地方やイタリアからの作品が多数見られます。
世界的に有名なキリスト降誕のシーンコレクションの専門家である同館民芸品部門長トーマス・シンドラー氏に館内を案内していただきました。
この展示には、約6000体の人形と、建物、家具、キリスト降誕の背景、植物など、約2万点の作品があるというから驚きです。
当館が所蔵するキリスト降誕のシーンの大半は、ミュンヘンの銀行家であり実業家のマックス・シュメデラー(1854-1917)により寄贈されたもの。彼は熱心なコレクターで、当初、ミュンヘン市民は年に一度、彼の私邸に招かれ、彼の聖誕コレクションに感嘆していたそうです。
ゲーテも1787年の『イタリア紀行』で、クリスマスの時期になるとナポリにキリスト降誕のシーンが設置されることを紹介しています。
彼は、ナポリ湾とヴェスヴィオ山を地形的な要素としてキリスト降誕シーンの背景を神聖な出来事に組み込むために、民家の平屋根に大きなキリスト降誕シーンが設置されていることに着目したのです。上の画像で見られるシーンは、まさにその演出をシミュレートしたものです。
また、シュメデラー氏はイタリアに骨董品商の優れたネットワークを築きました。例えば、ナポリとシチリアの旧王家の遺品であるキリスト降誕シーンは、現在でも同博物館の貴重なコレクションの一つ。
なかでも象牙彫刻家が副業として紙製のボヘミアのキリスト降誕シーンは、圧巻です。1000以上の人物や部品が使われているそうです。その生き生きとしたモチーフやユーモラスな言い回しに、しばし見入りました。
コミカルな表現は、特に子どもたちがキリスト降誕のシーンをよく見るように意図していると語るシンドラー氏。このシーンには、何か面白いものが隠されていることが多く、子どもたちはそれを探すのが大好きだそう。
ナポリでは「カッコーネ」といって、男がしゃがんで用を足すシーンがあり、ミュンヘンのキリスト降誕シーンでは犬が用を足しているシーン、ボヘミアの紙のキリスト降誕シーンでは牛が牛なで声を出しているシーンもあります。
「私たちには少し下品に見えるかもしれないが、自然の営みとして、失礼なこととは受け取られなかったのです。伝統的に、最初にその姿を見つけた子どもは小さな贈り物をもらい、その後一年間幸運が続くとされていました」と、シンドラー氏。
さらに18世紀には、キリスト降誕シーンは、ほとんど教会や修道院でしか見ることができなかったため、一般庶民には普及しなかったそうです。
「19世紀まで、キリスト降誕シーンは教会や修道院、貴族の館などにしか設置されず、一般庶民が見るのは到底無理な話だったんです。しかし、世俗化が進み、修道院や教会の財産が整理されると、中流階級にも飼い葉桶が普及し始めます。このように、多くの家庭(当初はカトリックの家庭のみ)で聖母像が見られるようになったのは、聖母像の大量生産が開始された1900年以降のことです」(シンドラー氏)。
膨大な展示作品を一日で鑑賞することは難しいかもしれませんが、是非一部だけでも鑑賞したいものです。
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コロナ禍はようやく小康状態になったと思いきや、ロシアによる長期のウクライナ侵攻、そして物価やエネルギーの高騰と、今年は一瞬先が読めないそんな体験を多くの人がしました。
来年もクリスマスマーケットが開催され、平和な日が続くことを願うばかりです。