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108年ぶりの世界一を目指して。カブスのマドン監督が、試合前の練習を大幅削減した理由。

谷口輝世子スポーツライター
数々の常識を覆してきた球界の魔術師、マドン監督。(写真:USA TODAY Sports/アフロ)

シカゴカブスが15日、2位のカージナルスに17ゲーム差をつけてナ・リーグ中地区優勝を決めた。1908年以来108年ぶりの悲願であるワールドシリーズ優勝を目指して、ポストシーズンに臨む。

カブスを率いるのは、常識にとらわれず、多彩な策を繰り出すことで知られる球界の魔術師、ジョー・マドン監督。エンゼルスのコーチ時代に守備のシフトを導入したことでも知られている。守備のシフトは、例えば引っ張ることが多い左打者というデータがあるのならば、一、二塁間に遊撃手を配置するといったものだ。

レイズの監督時代から、試合前の打撃練習を減らしてきたマドン監督は、今シーズンは、カブスでも試合前の打撃練習を大幅に減らしている。デーゲームの試合前には打撃練習をしないチームが多いが、カブスは、ナイターの前でも、選手たちが全員揃って試合前に打撃練習をすることは時々だけ。カブスの番記者が「今日は打撃練習があります」とツイートするほどで、本拠地リグレーフィールドでの打撃練習はむしろ珍しいくらいと言ってよいだろう。

春先から勝ち続けたカブスは、7月には12勝14敗と負け越したが、8月は22勝6敗と圧倒的な強さを見せた。暑い日が続き、開幕からの疲れが溜まってくる8月に、カブスが力を発揮できた理由には、試合前の打撃練習を減らしたことも挙げられる。

マドン監督は9月2日の試合前の会見で、こんな長話をした。

話はマドン監督がエンゼルスでコーチを務めていた94年から05年までの時代にさかのぼる。

「何年のことなのかは忘れたけれども、メジャーのコーチになって間もないころだったと思う。なぜ、エンゼルスはシーズン終盤に勝てないのだろうか、と考えた。いろいろ考えて、観察した結果、試合前の打撃練習を毎日やっていて、練習をやり過ぎていると。バッターだけでなく、ピッチャーも打撃練習の間、フィールドに立っていることで疲れていることが分かった」

2月半ばからのスプリングトレーニング。広い北米大陸で移動を繰り返しながら、4月から10月初めまでに162試合を戦うレギュラーシーズン。そして、優勝をかけてのポストシーズンへと突入する。いかに疲労を蓄積しないかが、選手のパフォーマンスにつながることは自明の理だろう

試合前の打撃練習で恩恵を受けるのはごく一部の選手だけだと、マドン監督は説く。

「試合前の打撃練習で練習しているのは、その時に打席に入って打っている選手ひとりだけ。その選手でさえ、技術が向上しているかどうかは分からず、体をほぐすだけのものかもしれない」

ほとんどのアスリートが、上達するため、コンディションを維持するために、練習が必要だと思っている。そして、それは事実でもある。しかし、どのような練習が、どのくらい必要かを、マドンは常に自分自身に問いかけている。

「人は、自分の好きなやり方をやりたいと思う。でも、それが適切なことかどうかは分からない。誰よりも早く球場に来て、最後に家へ帰ることが成功につながるのだろうか。私は、シーズン毎に異なる集団の監督をするだけでなく、敵地へ行った時には、そこで他の球団がどんなことをしているのか、なぜ、そのようなことをしているのかを観察してきた。そういった観察や経験から、選手たちは疲れている、という結論に至った」と、打撃練習を大幅削減した理由を語った。

試合前の打撃練習をルーティンのようにこなすのではなく、「土・日は完全に休みにし、月曜日から金曜日までは曜日ごとにテーマを決めた打撃練習をするというようなアイデアもある」とも言う。

筆者が、カブスの広報担当者に話を聞いたところ、選手全員が参加する形での試合前打撃練習は、他の球団に比べて半分以下か、大幅に少ないが、個人で練習できる打撃ケージは常に使用可能になっているという。

最近のプロスポーツ界では、選手がウェアラブルデバイスを着け、それによって運動量や疲労を計測する傾向が強い。テクノロジーにも明るいマドン監督はどうしているのだろうか。カブスの広報担当によると、そういった機器はあるが、チーム全体での打撃練習を取りやめるかどうかは、マドン監督が選手たちの疲労度を観察して判断しているそうだ。

マドン監督はただ単純に試合前の打撃練習や長時間練習を忌み嫌っているのではない。地区シリーズを制し、ポストシーズンでも勝ち進むという目標から逆算して、パフォーマンスの妨げとなる疲労を避けるため、練習を大幅に削減したのだ。

公式戦の試合数が少ないスポーツなら、事情も異なるだろう。育成年代ならば、大きく育っていくためという目標から逆算して、何が、どのくらい必要かを考えなければならない。

そういえば、守備のシフトを生みだしたマドン監督だが、今シーズンのカブスは守備のシフトを使う頻度が少ない。これも、自分の成功体験にしがみつかず、勝つためにはどうするか、を合理的に考えた末のことだろう。

来月からのポストシーズンで、カブスは108年ぶりの世界一を勝ち取ることができるか。

メジャーの魔術師マドン監督は、鋭い観察眼を光らせながら、マジックの仕込みをしているはずだ。

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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