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手術延期・救急搬送困難・受診控え 「新型コロナ以外」の医療が直面する医療逼迫の真実

倉原優呼吸器内科医
(提供:SENRYU/イメージマート)

「直接的逼迫」よりも怖い「間接的逼迫」

新型コロナの感染拡大により「医療逼迫」がマスメディアに連日取り上げられていますが、これは主に新型コロナ患者さんが入院できないという「直接的逼迫」のことを指しています。宿泊施設や入院病床をどのように配分するか、現在も議論されています。

そのような中、2021年8月6日、神奈川県は新型コロナを受け入れている県内の医療機関に対して、医師が延期可能と判断した入院や手術を3か月程度延ばすよう要請しました。

とうとう、「新型コロナ診療以外」の医療にも影響が出はじめてきたのです。これは、言うなれば新型コロナによって縮小を余儀なくされた「間接的逼迫」です。

新型コロナのこわいところは、感染者が急増するため、容易に「間接的逼迫」が起こってしまう点です。

間接的逼迫その1:外科診療・救急医療

新型コロナの患者さんが急増すると、集中治療室(ICU)のベッドが不足します。ただでさえ新型コロナのために縮小して運用している中、どうにか新型コロナ病床を確保してほしいということでICUを縮小せざるを得ない事態に陥ります。

そうなると、待機的手術のうち、生命予後に直結しないものについては延期せざるを得ません。たとえば、早期がんなどは時期を逸してしまうと転移がすすむこともありえるため、適切な時期に手術が必要です。しかし、生命には影響しないが生活の質を向上させるような手術に関しては、残念ながら延期することになります(図1)。

図1. 間接的医療逼迫(筆者作成)
図1. 間接的医療逼迫(筆者作成)

またICUベッドの空きが減ってしまうと、交通事故や急性の内科疾患などの救急搬送が滞るリスクがあります。搬送医療機関の決定までに時間がかかってしまい、本来であれば救えるはずの命が失われる可能性があります。

救急医療はどこの自治体もできるだけ維持したい最後の砦だとは思いますが、現時点でさえ、平時と比べると感染対策をしながら受け入れられる救急車の件数も減っているのが現状です。

感染拡大が急速に進むと、救急車を呼んでももはや搬送が約束されるかどうか分かりません。

間接的逼迫その2:がん診療・その他慢性疾患

大阪府の第4波では、がん診療の象徴的な位置づけであったがんセンターが、新型コロナ患者さんを受け入れるという決断をおこない、ニュースになりました。これは、がん診療の実質的な規模縮小につながります。

34研究・127万人のデータを統合したところ、手術・抗癌剤治療・放射線治療などのがん治療が1ヶ月以上遅れた場合、死亡リスクが少なくとも6%高くなる可能性があることが、海外の研究で示されました(1)。新型コロナのせいで、待機時間が長くなってしまうと、それに比例して死亡リスクが高くなるということです。たとえば乳癌の場合、手術が2ヶ月延期になると死亡リスクが17%、3ヶ月延期になると26%上昇しました。

今回の第5波においても、いよいよ病床がなくなってきたとなると、一般病床を新型コロナ専用に切り替えたり、がん診療や慢性疾患の診療に携わる施設・医療従事者に協力をあおいだりする、などの対応が必要になるかもしれません。

間接的逼迫その3:受診控え

コロナ禍に入って、すでに受診控えをする人が増えています。日本総合健診医学会と全国労働衛生団体連合会の調査(2)によると、2020年度の健診受診者数は 1935万7千人で、2019年度 2147万8 千人と比較して 212万人(9.9%)減少していることが示されています(図2)。

図2. 2019 年~2020 年度 健診実施実績比較(累積)(資料2より引用)
図2. 2019 年~2020 年度 健診実施実績比較(累積)(資料2より引用)

新型コロナの感染が急拡大すると、受診控えも急拡大します。

「医療崩壊」が現実化したニューヨークでは、心血管疾患による死亡率は、コロナ禍前とコロナ禍で2倍以上差があることが分かっています(3)。当院は結核診療をおこなっているのですが、2019年に比べて新規の結核患者さんが急減したことも気になりました。実際に、軽度の症状では病院に行かなくなった層がいるため、結核の診断も1ヶ月以上は遅れているだろうと推測されています(4)。

当院のコロナ病棟に、「コロナ禍で病院に行くのが怖くて、糖尿病の薬を処方してもらわなくなり、食事療法だけで頑張っていた」と言っていた、糖尿病コントロール不良の新型コロナ患者さんがいました。慢性疾患に対して投薬を受けている患者さんは、新型コロナがこわいという理由で、定期受診を遅らせることはオススメしません。

今後数年かけて、コロナ禍で受診が遅れたがんや慢性疾患に関する報告が相次ぐと予想されます。そして残念ながら、これらの受診遅延による死者は一時的に増えるかもしれません。これはまさに、「社会的な新型コロナ後遺症」と言えるでしょう。

とはいえ、新型コロナの波は、数週間で一気に過ぎ去ります。喉元過ぎれば熱さを忘れることは重要で、行こうと思って行けなかった人間ドックなどの健診は、その後しっかり受けていただきたいと思います。

(参考)

(1) Hanna TP, et al. BMJ . 2020 Nov 4;371:m4087.

(2) 新型コロナウィルス感染拡大による健診受診者の動向と健診機関への影響の実態調査結果 2019 年度~2020 年度. (URL:https://jhep.jp/jhep/sisetu/pdf/coronavirus_25.pdf

(3) Wadhera RK, et al. J Am Coll Cardiol . 2021 Jan 19;77(2):159-169.

(4) Gennaro F, et al. Antibiotics (Basel) . 2021 Mar 8;10(3):272

呼吸器内科医

国立病院機構近畿中央呼吸器センターの呼吸器内科医。「お医者さん」になることが小さい頃からの夢でした。難しい言葉を使わず、できるだけ分かりやすく説明することをモットーとしています。2006年滋賀医科大学医学部医学科卒業。日本呼吸器学会呼吸器専門医・指導医・代議員、日本感染症学会感染症専門医・指導医・評議員、日本内科学会総合内科専門医・指導医、日本結核・非結核性抗酸菌症学会結核・抗酸菌症認定医・指導医・代議員、インフェクションコントロールドクター。※発信内容は個人のものであり、所属施設とは無関係です。

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