Yahoo!ニュース

私たちはロボットじゃない! 世界で広がるAmazonストライキ、ついに日本上陸

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

 ボタンひとつで、その日の注文がその日のうちに届くAmazonの物流システム。その「速さ」「便利さ」に驚いた経験のある人は多いだろう。しかし、その注文ボタンの裏に、どんな労働が広がっているか想像したことはあるだろうか。

 Amazonの創業者、ジェフ・ベソスは2021年に、Amazonが「地球で最も優れた雇用主であり、地球で最も安全な職場」であることを約束すると宣言している。しかし、世界のAmazon倉庫や配達部門で働く労働者の置かれている実態を見ると、この約束が守られているとは言い難い。

 いまアメリカをはじめ世界各国で、Amazonの物流システムを支える労働者による抗議が広がっている。彼ら彼女らは、生活不可能な低賃金や過酷なノルマ、不十分な猛暑対策のもとで働くことを拒否し、生きていくのに十分な賃金や、命を守るための猛暑対策を求めて闘っている。

 そんな中、日本の20代の若者たちもアマゾンの倉庫でストライキを実施。賃上げの成果を実現し、世界的な注目も集めている。

千葉にあるAmazonの物流拠点 総合サポートユニオン提供
千葉にあるAmazonの物流拠点 総合サポートユニオン提供

猛暑対策などを求め、配送ドライバーが労働組合を結成

 アメリカではAmazonの配送ドライバーが、6月24日から、無期限のストライキを行っている。その理由は、低賃金と、歴史的な猛暑のもとでの危険な労働環境だ。組合によると、Amazonの配達員は気温が37度を超える日にも1日に400件の配達を強いらている。それにもかかわらず、持ち運べる水のボトルの数は制限されていた。

 また、エアコンが壊れたままの配送車もあり、車の後部座席が摂氏57度近くになることもあったという。昨年には、アメリカの配達大手UPSのドライバーが32度の気温の中で荷物を配達していた最中に突然倒れて死亡するという事故も起こっており、猛暑対策は労働者の命を守るための喫緊の課題となっている。

 この配送ドライバーたちの闘いには今年から、およそ120万人の労働者を組織する、全米トラック労働組合(チームスター)が支援に乗り出した。同労組は全米最大の労働組合の一つに数えられている。これを受け、今後Amazonドライバーの組織化がこれまでにないペースで進んでいくのではないかと注目が集まっているのだ。

火付け役は20代の若者たち

 いま、米国最大級の労働組合までをも巻き込みながらアメリカで大きく広がっている、Amazon労働者の組合結成の動きに火をつけたのは、ニューヨーク市の倉庫で働いていた20〜30代の労働者たちだった。

 きっかけは、2020年のコロナパンデミックだ。2020年の春以降、感染を恐れた顧客によってAmazonの注文は急拡大した。その結果、倉庫労働者たちは、非常に多忙かつ危険な状態のなかで働かざるを得なくなった。倉庫内の感染対策は不十分で、コロナに感染すれば休業手当も支払われずに自宅待機となる。また、賃金は非常に低く、生活賃金に満たない水準だった。こうした危険な倉庫で働く労働者の多くは黒人やヒスパニック系など、人種的マイノリティだった。

 Amazonに投資するジェフ・ベゾス氏が巨万の富を得ている一方で、同社のエッセンシャルワークを担う自分たちは命の危険に晒され、低賃金で使い捨てにされている。この状況に怒ったニューヨーク・スタテン島のAmazon倉庫で働いていた若者たちは、Amazon倉庫の組織化に乗り出した。

 アメリカでは、組合結成のために職場で働く労働者の50%の投票を集めなければならない。Amazonは組合結成を恐れて、組織化に取り組んだ数人を解雇したり、組織化の主導者を「凶悪犯」と名指しして非難したりといった組合攻撃を行ったが、若者たちはめげずに倉庫の労働者一人一人を説得し続けた。

 2022年の4月、ついに彼ら彼女らの努力は実った。組合結成に向けた従業員投票で従業員の過半数の賛成を勝ち取り、Amazon初の労働組合が結成されたのだった。

日本国内でも、Amazon倉庫で初のストライキ。担い手は20代の若者

 こうした動きに呼応するように、日本でも今年の3月、Amazon倉庫で「生活可能な賃金」を求める1週間のストライキが打たれた。立ち上がったのは、関西のフルフィルメントセンター(物流拠点)で働く20代前半の労働者、Yさんだ。

過酷なノルマ 生活不可能な賃金

 Yさんは大学を卒業後、半年間IT系の会社で働いたのち、Amazonの倉庫で派遣社員として働き始めた。倉庫での仕事は、棚入れの業務だった。倉庫では8秒に1つ、1時間で400個のペースで棚に荷物を詰めなければならないという過酷なノルマが課されており、ノルマの達成度合いは手元のスキャナーで厳しく管理され、ノルマに達しない場合はすぐに注意を受ける

 倉庫労働者の間では、自分のペースで仕事をすることを許されず休みなく重い荷物を運ぶために腰痛が多発していたが、Yさんの話によると、腰痛に対する有効な対策はほとんどとられていなかったという。

 また、それだけハードな仕事を8時間こなしても、時給1150円、フルタイムで働いても月18万円しか手に入らない。到底生活できる賃金水準ではない、とYさんは言う。

話し合いに誠実に応じない派遣会社とAmazon

 そこでYさんは2月、一人から入れる労働組合「総合サポートユニオン」に加入し、雇用主である派遣会社とAmazonに対し、雇用するすべての非正規雇用労働者の10%賃上げを求めた。

 ところが3月に行われた派遣会社との団体交渉では、会社側は「賃上げの予定はない」と回答した。またアマゾンジャパンは、「直接的な雇用関係がない」として、話し合いすら拒否した。

 派遣会社、派遣先やサプライヤーであるAmazonがそろって誠実に交渉に応じようとしない現状を受け、Yさんは1週間のストライキを決行した。組合によると、これはAmazon倉庫で行われた、日本初のストライキだという。

退勤後の倉庫労働者に声をかける、ユニオンのメンバー 総合サポートユニオン提供
退勤後の倉庫労働者に声をかける、ユニオンのメンバー 総合サポートユニオン提供

生活可能な賃金を求める闘い

 Yさんがストライキを実行している1週間の間、20代の若者たちが、Amazonの組織化をさらに進めようと支援に乗り出した。

 ユニオン(労働組合)でボランティアやスタッフを務める大学生ら8人が、千葉にあるAmazonの倉庫前で労働者一人一人に呼びかけ、組合に加入して賃上げを求めないかと呼びかけたのだ。

 こうした、日本で始まった若者たちによるAmazonに対する闘いは、世界で注目を集めている。5月には、月間300万ビューを誇る、アメリカの代表的な左派系WEBマガジン「JACOBIN」に、Amazonでストを行った経緯についてのインタビューが掲載された。

JACOBINに掲載された記事
JACOBINに掲載された記事

 それだけではない。4月末には、派遣会社から組合員が勤務している倉庫の労働者全員に対し、50円の賃上げを行うという連絡が来た。このような形で、ストライキの成果は着実に見え始めているのだ。

 日本では、Amazon倉庫で実際に闘った経験を持つ人はまだたった一人だ。しかし、心細いと感じたことはないと、倉庫前でのビラまきに参加した学生のXさんは話している。

「世界を見渡せば、アメリカ、イギリス、ドイツ、バングラデシュなど様々な国に、同じ企業の、同じ労働問題と闘う数万人もの仲間がいます。

私たちが日本で闘っている課題は、世界中の労働者と共通する課題です。これから日本で組織化を進めることができたら、生活できる賃金を勝ち取ったり、倉庫業務や配送に関わるアルゴリズムを開示させたりすることができるかもしれません。それは、世界中で貧困や過酷なノルマに抗するAmazon労働者の闘いに資する成果となるでしょう」

 とはいえ、労働者の組織化を進めるためには地道な活動が不可欠だ。Xさんらはこれからさらに工夫した取り組みを展開するつもりだという。

「倉庫前でチラシを渡し、労働環境に問題がないか聞き、改善のためにユニオンに入って闘おうと一人一人の労働者を説得する。すごく地道な活動ですが、それがやがて、世界のAmazonのストライキに並ぶ大きな闘いに繋がると思います。アメリカではこうした組織化の役割を多くの学生や20代の労働者たちが担っている一方、まだ日本では、こうした取り組みを担う若者が少ないです。ぜひ多くの学生に、仲間に加わって欲しいですね」

 日本でも今後、Amazonでストライキの波に火がつくことになるのだろうか。ユニオンでは今後、#MakeAmazonPayなど、グローバルなキャンペーンとの連携も考えているという。

 世界と連動する、若者たちの新たな挑戦に期待したい。

Amazon倉庫の前で組織化に取り組んだ若者たち。総合サポートユニオン提供
Amazon倉庫の前で組織化に取り組んだ若者たち。総合サポートユニオン提供

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

今野晴貴の最近の記事