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【幕末こぼれ話】NHK「らんまん」終了! 坂本龍馬は本当にあんなにいい男だったのか?

山村竜也歴史作家、時代考証家
坂本龍馬

 NHK朝の連続テレビ小説「らんまん」が昨日、好評のうちに最終回を迎えた。大変出来のいい作品で、ラストシーンは私も涙しながら観た。

 この「らんまん」で特筆されるのは、物語の序盤に土佐の志士坂本龍馬が登場したことだ。龍馬は、少年時代の主人公・槙野万太郎に人が生まれてきた意味について語り、その後の人生に大きな影響を与えた。

 龍馬役はディーン・フジオカ。多くの俳優のなかでも極めつけの美男であるディーンを龍馬役にもってきたことは、オンエア当時大いに話題になった。

 龍馬にしては少しいい男すぎる配役のようにも思えるが、実際の龍馬は、はたしてどうだったのだろうか。

大男だった龍馬

 龍馬はどのような風貌をしていたか。同郷の土佐藩士・田中光顕は、晩年に龍馬の写真を見てこう語ったという。

「あれはよくできすぎちょる。ほんとは色が黒うての。背たけは大がらで五尺七寸ぐらい。あんなに好男子じゃなかった」

 龍馬をよく知る田中にしてみれば、写真の龍馬は写りがよすぎるらしい。身長は5尺7寸というから、メートル法に換算すると約173センチ。成人男性の平均が158センチの時代であるから、龍馬は並はずれた長身だ。

 また、龍馬と親交のあった越前府中藩士・関義臣は、こう証言する。

「龍馬の風采は、躯幹、五尺八寸に達し、デップリ肥って、筋骨たくましく、顔色鉄のごとく、(略)眼光炯々として人を射、ずいぶん怖い顔つきじゃった」

 眼光が鋭かったというのは、写真からもうかがえる。周囲の者からみれば、確かに怖い顔つきだったのだろう。こちらでは身長が5尺8寸とされているので、約176センチの大男ということになる。

 ほかにもう一点、龍馬と柔術の試合をしたことがあるという幕臣・信太(しのだ)歌之助が、貴重な談話を残している。

「坂本は大きな男でした。私は五尺二寸、かの男は五尺九寸で胴も太い。立ち上がると、私の口が龍馬の乳房のあたりに当たるのです」

 今度は5尺9寸(約179センチ)と、さらに大きくなった。ただ、柔術の試合で龍馬と胸を合わせて組み合ったという体験には、重みがあるように思える。

 これらの証言を総合すると、信太のいう179センチか、もしくは三者の平均値となる関義臣の176センチいったあたりが、龍馬の実際の身長であった可能性が高いといえるだろう。

顔が悪いと自認していた龍馬

 NHK大河ドラマ「龍馬伝」で福山雅治さんが演じて以来、龍馬役は美男が当たり前のようになっているが、実際にはどうだったのだろうか。

 誰よりも龍馬のことを知る、龍馬の妻・お龍の談話が残っていて、このように語っている。

「眉の上には大きな痣(あざ)があって、そのほかにも黒子(ほくろ)がポツポツあるので、写真は綺麗に撮れんのですよ」

 痣や黒子については撮られた写真からはわからないが、近くに寄って見ればかなり目立っていたのだろう。あるいは、前出の田中光顕が「あれはよくできすぎちょる」と評したのも、写真では肌の難点まで写っていないことをいいたかったのかもしれない。

 お龍はほかにもいろいろな談話を残しているが、海援隊士・新宮馬之助と龍馬の会話が記録されていて興味深い。美男で知られた新宮に対して、龍馬はこういったというのである。

「君は男ぶりがいいから女が惚れる。僕は男ぶりが悪いがやっぱり惚れる」

 龍馬は、自分でも男ぶり(容姿)が悪いことを認識していたのだ。ただ、そんな男ぶりが悪い自分に、なぜか女たちは惚れて寄ってくる。男というのは、こうでなくてはいけないぞと、龍馬は部下の新宮に誇らしげに語っていたのである。

 容姿がよかろうが悪かろうが、やはり龍馬は多くの者を引きつける、魅力的な男だった――。

歴史作家、時代考証家

1961年東京都生まれ。中央大学卒業。歴史作家、時代考証家。幕末維新史を中心に著書の執筆、時代劇の考証、講演活動などを積極的に展開する。著書に『幕末維新 解剖図鑑』(エクスナレッジ)、『世界一よくわかる幕末維新』『世界一よくわかる新選組』『世界一よくわかる坂本龍馬』(祥伝社)、『幕末武士の京都グルメ日記』(幻冬舎)など多数。時代考証および資料提供作品にNHK大河ドラマ「新選組!」「龍馬伝」「八重の桜」「西鄕どん」、NHK時代劇「新選組血風録」「小吉の女房」「雲霧仁左衛門6」、NHK朝の連続テレビ小説「あさが来た」、映画「燃えよ剣」「HOKUSAI」、アニメ「活撃 刀剣乱舞」など多数がある。

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