羽生結弦プロローグ千秋楽、プロとしての進化と、「東北の地だからこそ」伝えたかったメッセージ
「これは競技者的な観点かもしれないですけど、ちゃんとジャンプを決めてノーミスしてやれた事は、自分にとっても自信になりますし、良い演技を届けられたなという達成感にもなっています」
90分間を単独で滑りぬく羽生結弦のアイスショー「プロローグ」が12月5日、千秋楽を迎えた。横浜と八戸の全5公演を完走した彼は、その高揚感のなかで「ジャンプを決めた」「ノーミスした」という言葉を何度も繰り返した。これは単なるエンターテインメントではない。アスリートが本気で挑む大舞台であり、そして「東北の地だからこそ」伝えたかったメッセージを届ける大切な儀式でもあった。
この公演に向けて自分と向き合う日々の中、幾度となく考えたのは「プロとしての理想の形」だったという。アマチュア時代は、2分50秒と4分の2つの作品を、試合という場で進化させていくことを目指してきた。しかしプロとしては、ショーの中でいくつかのプログラムを披露するというよりも、90分間を1つの作品に仕上げていこうと考えた。アマチュア時代からこだわってきた「トータルパッケージ」の思想は、1つのプログラムから、1つの舞台という規模へと拡大したのだ。
「常に休むまもなく滑らなければいけませんし、プログラムによって色々な気持ちや届けたいメッセージがあるので、切り替えも大変でした。ちょっとでも気を抜いてしまえば、いくらでもボロボロになってしまう可能性がある演目達だったので、ちゃんと気を張ったまま1時間半、もっというと、練習から本番までの間も含めてずっと緊張したまま最後までやりきれた、という精神的な成長もあったのかな、と自分では評価しています」
羽生が5公演を通して「成長を感じた」という、その千秋楽。確かに、初演よりもさらに磨きのかかった演技と技術、そして重要なメッセージがあった。
2種類の4回転と3本のトリプルアクセル「フリーの演技を毎日やるより大変」
千秋楽のスタートは、初演と同じようにプロ転向会見の映像から始まった。ショー全体の構成は、現在地として自身の代名詞である『SEIMEI』を演じたあと、スケートを始めた過去に戻り、これまでの半生を追っていくストーリーだ。
アイスショーのスポットライトから通常照明に切り替わると、6分間練習が始まった。静寂の中、ザッザッと氷を削る音がエッジワークの深さを物語る。トロントのクリケットクラブで毎日練習していたウォーミングアップは、アマチュア時代と変わらなかった。8方向すべてのエッジを感じとるためのこのフットワークは、氷とエッジを吸い付かせる重要な儀式である。羽生はこのとき、こんなことを考えていたという。
「こうやって6分間練習込みで『SEIMEI』を滑るのはもしかしたら最後かもしれないなとか考えたら、力が入ってしまいました。この演技が、皆さんのなかに少しでも残ったらいいなと思っていました」
6分間練習では、4回転ジャンプがパンク気味になる時もあった。本番一発でどう調整するのか緊張感が高まるなか、『SEIMEI』の曲がかかると一糸乱れぬジャンプを披露。2種類の4回転も3本のトリプルアクセルも、あまりにも軽やかで、それが難しい技であることを忘れさせられる。「この角度以外はない」という完全な回転角度で着氷させると、ただ体をゆだねるだけでスーッと後ろに流れた。
羽生は、横浜の初演も、八戸での3公演も『SEIMEI』をパーフェクトで滑った。1度ではない。高難度のジャンプを5本入れたプログラムを何度でもパーフェクトで滑れる選手など、どこにいるだろうか。明らかにアマチュア時代とは違うステージに立ったことを感じさせた。
「正直、フリーの演技を毎日やるよりもっと大変な気持ちでやってきました。もちろん4回転の数は(試合の)フリーより少ないですけど、トリプルアクセルの回数(を3回にしたり)、ビールマンスピンを復活させたり、身体を酷使しています。そういう意味では(ノーミスの演技を繰り返したことで)体力がついたという感じはしました」
2曲目の『CHANGE』も全力で滑り終えると、息も整わないままマイクを握り、荒い息を飲み込みながら話す。
「僕はこんな感じの人間です。全部のプログラムで全力尽くしちゃうんで、最後まで持つか分かりませんが、今日は、いつもより一層力を込めてすべての演目を滑っていきたいと思います」
アドリブで披露曲を追加、「悲愴」に添えた思い
ファンから集まった22000通の質問に答えるトークショーに続いて、会場の観客のリクエスト曲を滑る「リクエストコーナー」では、千秋楽らしいアドリブもあった。5つのプログラムのうち、観客の希望が最も多かったのは『Otonal』。するとこんな提案をした。
「個人的にはすごく『悲愴』をやりたいんです」
会場から「Yes」の意味で拍手が起きると、こう続けた。
「ちょっと待って。構成変更します。『Otonal』を先にやります。その次のピックアップコーナー(の『Sing,Sing,Sing』)で、トリプルアクセルは体力が無理だと思うので抜いてステップからやります。その後に『悲愴』やります。ははは(汗)」
ただでさえ体力の限界に挑んでいる単独ショーで、予定よりも演目数を増やすというのだ。ただしアドリブで思いついた提案に対して、トリプルアクセルを1本抜くというセーブもかけた。そこがノーミスを出来る極限点であるということを、彼は瞬時に計算したのだ。
「千秋楽だからこそ、最後まで体力を残しつつ全力を尽くしきるということをやっていかないといけません。そのバランスは僕にしか分からないと思いますが、すごく大変なショーでした」
また、『悲愴』にこだわった理由をこう説明した。
「僕が3月に被災して、アイスリンク仙台が使えなくなったあとに八戸の地にお世話になり作っていただいたプログラムを、この地で出来たのは感慨深いものがありました。皆さんに見てもらうことで、震災を思い出して苦しむのは申し訳ないと思いつつも、それがあるからこそ今があるんだと思っていただけるように、そういう演技ができたらなと思って滑らせていただきました」
「傷をえぐりながら」選んだ東日本大震災の映像
「痛みたちと共に前に進んでいけるように」
東北の地で演じるこのショーの中で、『悲愴』は、クライマックスへと導いていく重要なファクターだった。東日本大震災を彼が今、どうやって受け止め、消化し、そして共有していきたいのか。そのメッセージを伝えることに、横浜公演とは異なる、重要な使命感を感じていた。だからこそ、悲愴の演技後、彼はマイクを握ると語り始めた。時に声をつまらせ、涙で頬を濡らし、言葉を紡いだ。
「ここから先、ちょっと辛い映像が流れます。この映像を選んだのは僕自身です。自分にとっても心の傷をえぐりながら選んだ映像たちです。(中略)それぞれが3.11という記憶を、傷を、持っていると思います。その傷を少しでも見つめ直して、たまには温めてあげてください。傷は、痛みは、それがあったことの証だと僕は思います。(中略)これからも、この痛み達と共に、皆さんで前を向いて進んでいけるように、そんな気持ちを込めて、映像とこれからのプログラムをご覧ください」
東日本大震災の地震や津波の映像が流れ、続いて、葛藤の末に再び立ち上がり、ソチ五輪、平昌五輪の頂点へと羽ばたいていく彼の半生のVTRが流れる。そして、すべての涙を受け止めたような哀しい青色の衣装で現れると、「いつか終わる夢」を演じた。感謝と、鎮魂と、傷を受け止める勇気と、いくつものメッセージをこめ、ラストの「春よ、来い」へと繋いだ。
プロローグは終わり、本編へ。「贈り物を受け取りに来てください」
アンコールは一転、ファンを盛り上げようという、プロらしい心意気に満ちていた。Tシャツ姿に着替えた彼は、反り返るニースライディングで登場。これでもかと反り返り過ぎて、重心が頭の方に傾いている。常に、技術の限界を超えていきたいという、いつもの彼らしいアグレッシブさが光っていた。
演者が本気だからこそ、その気持ちが皆の心に刺さる。満場の観客が光るバングルを振って感動を伝えると、羽生もまた幸せそうに笑う。進化させた技術と体力、メンタル、そしてファンの熱気――すべてが合わさり化学反応を起こしたかのような舞台だった。
「正直、アマチュアが終わったらこんな景色、二度と見られないだろうなと思っていました。すごく怖くて。でも皆さんが僕なんかの演技を待ってて下さってこれ以上ないくらい報われています。プロローグは終わります。でも終わりは始まりの始まり。まだ見ぬ本編に向かってどうぞご期待ください」
2度のアンコールで観客が熱狂し、名残を惜しむような空気感のなか、中央のスクリーンに新たなメッセージが流れる。
「2023年2月26日、ICE STORY 2023 GIFT at 東京ドーム」
文字を頭の中で変換し、事実を受け止めるまでに数秒かかった。そして会場内から地響きのような歓声が沸き起こった。
「どうか、これからの物語、プログラム達を、贈り物を、受け取りに来てください」
アマからプロへの進化を示し、東北の地だからこそのメッセージを伝え、そして本編への幕を開けた。プロスケーター羽生結弦の魂は、より強く、より美しく、輝いていく。