高裁が被害者の証言に「高度の信用性」を認めた理由ー12歳実子への強姦、父親に逆転有罪判決
【注意】記事の中に、性的虐待についての具体的な記述があります。
2019年3月に静岡地方裁判所で無罪判決となった12歳実子への強姦事件について、2020年12月21日、東京高等裁判所は懲役7年の逆転有罪判決を言い渡した。
判決で近藤宏子裁判長は、約45分間に及んだ判決文読み上げの中で、一審で信用できないとされた被害者の証言について「高度の信用性がある」と述べた。裁判所の評価が一転したのは、どのような理由だったのか。
●無罪4件のうち唯一、行為が行われていない可能性があると判断された事件
この事件は、2017年6月当時12歳だった実子Aさんが、入所していた児童相談所の職員に被害開示をしたことが発覚のきっかけ。Aさんは小学校5年生の冬頃から頻繁に被害に遭っていたという内容を証言していた。
被告人である父親は、姦淫したこと自体を否認。一審で父親は強姦と児童ポルノ禁止法違反に問われたが、強姦については無罪、児童ポルノ所持について罰金刑となった。
2019年3月には4件の性犯罪無罪判決が相次いだ。その他の3件と、この事件が異なるのは、行為自体が行われていない可能性があると判断されたことだ。他の3件では、性行為が行われ、その行為に被害者の同意がなかったことまでは一審でも認められていた。
【2019年3月に相次いだ性犯罪の無罪判決】
●3月12日 社会人サークルでの準強姦事件(福岡地裁久留米支部)
…2020年2月5日に福岡高裁で懲役4年の実刑判決。上告中。
●3月19日 路上での声かけによる強制性交致傷事件(静岡地裁浜松支部)
…検察が控訴を断念し無罪確定。※裁判員裁判
●3月26日 19歳実子への準強制性交等事件(名古屋地裁岡崎支部)
…2020年3月12日に名古屋高裁で懲役10年の実刑判決。上告が棄却され確定。
●3月28日 12歳実子への強姦事件(静岡地裁)
…2020年12月21日に東京高裁で懲役7年の実刑判決。
この事件の場合、被害者が事件当時、刑法の性的同意年齢を満たさない12歳であるため、行為があったと認められた時点で「強姦」(現・強制性交等罪)となる。しかし被害者の証言が認められず、姦淫の事実が認定されなかった。
4件のうち、同じく、父親による実子への性虐待事案である名古屋の事件(※)と混同されることがあるが、別の事件である。(※19歳実子への準強制性交等事件。名古屋地裁岡崎支部で無罪判決。その後、2020年3月に名古屋高裁で有罪。上告棄却により確定)
控訴された他の2件よりも報道が少なかったのは、被害者が10代前半の児童であることに加え、姦淫の有無という、法廷の外からでは判断がつかない点が争点だったということもあるだろう。
しかしこの件も、目撃者や物証が存在することが少ない性犯罪被害の立証の難しさという点では同じだ。
●被害者証言が「高度の信用性がある」とされた理由
近藤裁判長は、一審判決は被害者証言の信用性を基礎付ける事情を過小評価し、それを減殺する事情を過大に評価したと述べた。これはどういうことか。
一審「家族が気づかなかったのは不自然」←→高裁「前提に誤りがあり合理性を欠く」
一審判決では、被告人とAさんが住む家は狭小で、各寝室が完全に仕切られた構造ではなかったこと、またAさんが何度も「やめて」と言ったり、隣で寝ている妹の名前を呼んだりしたこともあったのに、「約2年間、週3回の頻度で」行われた行為に他の家族が気づかなかったのは不自然とした。
高裁はまず、約2年間ではなく1年8か月程度であるとし、週3回程度の証言についても「そのような週もあったという程度」と言ったに過ぎず、被害者の証言が「毎週、週3回」という意味とは取れないことを指摘。
また、Aさんは、
・「やめて」と言ったときに被告人からお腹を叩かれた
・(隣室の母には声が)届いていないと思う
・泣くと被告人から怒られるので周りに気づかれないように声を出さずに泣いた
などとも証言しており、家族にも伝わるように声を上げたとする前提に間違いがあると指摘。さらに、被告人からすれば、このような行為が発覚しないために物音を立てないようにするはずであり、被告人の行動について検討していない一審を「不合理」とした。
【注意】このあとに、性的虐待についての具体的な記述があります。
一審「被害者の証言は相応に具体的だが、情報を得て架空の被害を訴えた可能性は否定できない」←→高裁「被害者の証言は具体性及び迫真性がある。一審の判断は抽象的な可能性のみに基づいている」
被害者の証言は次のようなもの(一部要約)。被害者は被害当時12歳、一審の証言時は14歳で、軽度知的障害と自閉症スペクトラム障害があった。
・小学5年生の冬頃、布団に入ってきた(被告人が)胸や股を触ってきた
・最初は触っただけで部屋に帰っていったが、その後、下を触ってきて、ちんちんを股の下あたりの穴に入れてきた
・股の下の穴の近くに白くてぬるぬるする液体がついていたからトイレで何回も拭いた。拭いても直らなかった
・小学校を卒業したらもうやらない、嫌だと言ったけれど、(被告人は)嫌だと言った
一審でも上記のような証言は「相応に具体的」と評されているものの、最終的には「タブレット端末や知人の話、自己の経験などを通じて、架空の性被害を訴える程度の性的知識を獲得していた可能性は否定できない」と判断された。
高裁では、被害者の年齢と障害を念頭に置いてみれば、高度な具体性及び迫真性があると評価し得るとし、特に「小学校を卒業したらもう嫌だと言ったのに被告人が嫌と言った」という具体的エピソードは、架空とは到底考え難いとした。また、一審の推測には根拠がなく「抽象的な可能性」に基づいていて不合理とした。
一審「被害者の証言は重要部分で変遷」←→高裁「重要な要素について供述が変遷しているとは言えない」「一審裁判官の尋問は不適切」
一審では、Aさんの証言が「毎週金曜日に被害があった」から、「前は金曜日だったが、その後は金曜日じゃなくなった。週3回程度だった」などと変わり、重要部分について変遷しているとされた。
高裁は、最初に被害開示を受けた児童相談所の職員が「金曜頃に被害に遭っていたが、学校の宿泊行事が重なった時は金曜より前の日だった」という証言を聞いていることなどを示し、重要な要素に変遷があるとは言えないと判断した。
また、Aさんの主治医である精神科医は、「(自閉症スペクトラム障害の特徴として)こういう事件の時に、後のことを考えて回数を数えておこうとかできない。怖かったこと、感情の方が先走る」「年齢・知的にも性的なことの頻度や曜日に関する質問は難しい」といった証言をしていた。
このような証言と合わせ、一審での裁判官による被害者への証人尋問は、「複合的で難しい問いをした上で、最初から週3回の被害に遭っていたことを肯定するかのような答えを引き出したに過ぎない」「尋問の仕方は不適切」と批判した。
高裁「一審判決は被害者証言の信用性と矛盾しない証拠の存在に触れていないが、無視して良い事情とは言えない」
高裁の公判では、一審判決後に撮影したAさんの身体の画像を検察が証拠として提出し、証人として出廷した鑑定医が、処女膜に損傷があることや「相当頻度で男性器の挿入が行われたと考えられる」ことを証言した。一方、弁護側の証人となった鑑定医は、損傷は後天的と考えられるものの、何によって損傷したかまでは断定できないと証言していた。
私は公判を傍聴し、一審では鑑定が行われなかったのか、行われなかったとすればそれはなぜなのかと疑問に思っていた。証拠とするのであれば、事件から1年以上が経過している一審判決後ではなく、被害開示直後の鑑定である方が良いに決まっている。Aさんの心身に負担のあることを踏まえての措置なのかとも考えた。
高裁判決で明らかになったのは、被害開示直後に処女膜の鑑定は行われ、一審でも損傷があると認められていたこと。ただし、出廷した鑑定医が、先天的に破綻していた可能性も排除できないと証言していた。
高裁判決では、被害者証言と矛盾しない証拠であるにもかかわらず判決で言及されていないことについて「無視して良い事情とは言えない」とし、検察側証人の鑑定医の証言を、Aさん証言の信用性を支える一事情と判断している。
上記のような事情を総合し、高裁では「被害者証言には高度の信用性が認められることは明らか」と判断された。
●性被害に詳しい専門家は判決をどう見たか
判決ではこのほか、児童相談所でのAさんの被害開示までの流れが自然であること、児童相談所職員の証言が信用できること、一審での尋問よりも検察官からの司法面接での供述に信用性が認められること、被告人に不合理な供述があることなどにも触れられた。
判決について、子どもや障害児者への性被害に詳しい専門家は次のようにコメントしている。
【虐待事件に詳しい寺町東子弁護士のコメント】
「性犯罪の事実認定は、密室での出来事についての当事者双方の供述に依拠しなければならず、非常に繊細な証拠評価、事実認定が求められます。
にもかかわらず、原審が、被害者供述を裏付ける被害者の身体所見に関する鑑定結果という客観証拠に一切言及していなかったことが高裁判決で明らかになり、驚きました。
また、原審は、知的障害のある人や子どもにとって時間という概念が抽象的であることによる記憶の困難性、それを的確に表現する言語能力の発達の課題など、供述特性に対する理解が乏しいと感じていました。
高裁が障害の特性理解の上に立ち、原審での裁判官の尋問の仕方が不適切だと指摘し、重要な要素について供述が変遷していると直ちに捉えることは不合理だと結論付けたのは相当だと思料します。
供述の信用性を評価するにあたっては、精神医学や心理学の知見を踏まえた経験則を用いるよう、法律家も勉強していく必要があると思います」
【障害児者への性暴力撲滅に向けた啓発活動に取り組むNPO法人「しあわせなみだ」中野宏美理事長のコメント】
「障害のある方が性暴力に遭うリスクは高いことが指摘されています。その理由のひとつに、被害を訴えても周囲に信じてもらえないことに、加害者がつけ込む点が、挙げられます。
被害者に障害がある場合、証言の信憑性が問われることが多いため、
(1)物的証拠
(2)第三者の目撃証言
(3)被疑者が行為を認めていること
の3つのうち、2つ以上が揃わないと、そもそも裁判を起こすことが困難な傾向があります。
今回の場合は物的証拠(被害者の身体所見)に加え、証言の困難性を的確に判断して有罪とした極めて重要な判断であり、今後障害のある方が裁判をする上で重要な判決となるのではないかと感じます。
今回は被害者が児童であることから司法面接が行われたようですが、障害があるなど、証言が困難な人に対しては、諸外国同様、年齢を問わずに、司法面接が行われることが望ましいと考えています」
司法面接とは……虐待を受けた子どもなどに対して行われる面接方法。子どもの場合、何度も質問を繰り返すことにより「記憶の汚染」などの混乱が生じたり、精神的な二次被害を受けることがある。その結果、証言が裁判で信用されないことも過去に起こってきた。このため、事実のみを簡潔に聞く司法面接が必要とされている。
●高裁の公判を傍聴して
一審判決後に判決要旨を読み、そこに綴られたAさんの証言に心を痛めた。これほどの証言をして、一審でも「相応に具体的」と評価されながら、それでも性被害の立証は難しいのかと思わされた。
高裁では身体の鑑定結果について時間が割かれた。検察側証人となった女性の鑑定医は、タンポンの挿入や自慰行為での起こった損傷の可能性を聞く弁護人に、「他の裁判でも同様のことを聞かれたことがあるが、タンポンで傷がつくなら商品としての責任があるし、自慰行為は自身の体に痛みを与えたり傷つけるものではないと理解している」と、はっきりと証言していた。他の性犯罪裁判でも、このような被害者にとって酷なやりとりは行われているのだと思った。弁護人側の証人となった鑑定医も、尋問の中で損傷の程度が大きいことは認めていた。
ただ、性暴力被害に詳しい人たちから、同様に処女膜損傷の証拠があっても無罪や不起訴となった子どもへの性虐待事件がこれまでにもあったことを聞き、先に高裁で逆転有罪となった2件と比べて、有罪判決は難しいかもしれないと感じていた。
ときどき、「性犯罪は被害者の証言だけで有罪になる」などと言われるが、被害者側から司法の状況を見れば、これはまったく事実とは異なる。被害者の証言に虚偽の疑いがかけられ、ネット上で被害者がバッシングに晒されることは決して珍しくない。物証の乏しさから起訴が断念されることも多い。
あまりの悲惨な内容に、あるいは性被害へのタブー感から被害者の証言や証拠が報道で伏せられ、具体的ではない情報が拡散されることによって「被害者の証言だけで」と言われたり、被害者の証言がまるで価値のないもののように言われるのであれば、それは変えていかなければいけないのではないかと感じる。
高裁判決は、被害者の年齢や障害、また、性被害に遭った子どもの心理状況を考慮しながら、丁寧に証言の信用性を認定していると感じた。一審裁判官による被害者への尋問の仕方を「不適切」と批判したのは驚いたが、子どもの性被害の聞き取り方には十分な配慮が必要で、間違った誘導にもなり得ることを踏まえれば、当然の指摘とも言える。
一審とは異なり、児童相談所職員の証言を尊重した点にも心配りを感じた。
●2017年6月16日
この事件でAさんは約1年8か月にわたって被害を受けていたとされるが、その最後の被害のみが公訴事実となった。最後の被害があった日は、2017年6月16日だとされる。
2017年6月16日。この日は、刑法性犯罪の改正案が衆議院本会議で可決され、改正が成立した日だ。改正を求める人たちは、今この瞬間にも被害に遭っている人がいることを訴え続けていた。私たちが改正を喜んでいたその日にも、Aさんが被害に遭っていたと思うとやりきれない。
改正には附帯決議がつき、この中で、検察官や裁判官に対して被害者心理の研修を行うことなどが求められた。実際にこの研修はいま各地で始まっている。
(記事内の写真は全て筆者撮影)