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国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)をテロリスト扱いするのが的外れな理由

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 2023年10月7日の「アクサーの大洪水」以来(というよりは現下の力関係に鑑みて完全な「怠慢」だったイスラエル側の失態を糊塗するための主張として)何度も何度も繰り返される、国連をはじめとする国際的なパレスチナ人民(特にパレスチナ難民)を援助する諸団体への「テロと共犯」との発表や報道や論評が、またしても諸般の報道・情報発信機関の紙幅を占拠している。本稿は、そうした、政治的にも軍事的にも何の後ろ盾もないも同然に破壊と殺戮が猖獗を極める紛争地で人道援助に取り組む国際機関や援助団体に浴びせかけられる誹謗中傷の一部を、明確に「的外れ」と断じる稿だ。ここで誹謗中傷のマトにかけられているのは、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)である。ちなみに、筆者はシリア紛争の際のUNRWAやその周辺にいる人々の振る舞いに本当に不愉快な目にあわされ続けたので、ここで論じるのはUNRWA弁護ではなく、あくまで紛争地にて丸腰同然で活動する援助団体に必要不可欠な処世術や実践的な知恵についてである。

 2024年9月30日、イスラエルによるレバノン攻撃により、レバノン在住のハマース幹部が殺害された。この人物が、「UNRWAの学校の校長だった」由である。ここで問題なのは、UNRWAを敵視するイスラエル・アメリカ陣営だけでなく、自らを問題の部外の観察者であると誤認してアラブ・イスラエル紛争やその過程でこの世に現れたUNRWAの何たるか、ひいては紛争地で活動する援助団体の実践を理解しない、コメンテーター、「専門家」、報道機関までもがUNRWAをテロリスト扱いする言辞を繰り返していることだ。

 こうした言辞が的外れである理由の第一は、紛争地に丸腰同然に出かけていく国連機関や援助団体が、援助を渇望する人民にそれを届ける上で必要な振る舞いを全く理解していないことだ。当然のことながら、紛争地には武装勢力や民兵、占領者、抑圧者、犯罪組織などなど、様々な「違法な」武装集団や、内外に色々な不条理(注:当の本人たちにとっては現場の秩序にすぎない)を押し付けようとする地元の有力者が跋扈している。これらと上手に付き合わないと、援助団体はそもそも援助を必要とする地域や社会に物理的に存在することすらできない。極端な話、たとえ相手が民兵だろうが犯罪集団だろうが部族だろうが、彼らにちゃんと仁義を切らなければ、援助物資を山積みした配布場所に(飢え死に寸前でも)地元住民が一人も寄り付かないなんて惨状が現出する。しかも、現場の秩序を取り仕切る諸当事者は、援助団体やその受益者たちから直接資源を巻き上げるなんて頭の悪いことはしない。例えば、現地職員の雇用、事務所となる不動産の契約、果ては現地事務所で必要となる諸般の買い物への関与など、「テロ組織が資源を横領する」なんて幼稚な表現では収まり切れない賢いやり方で「援助機関とお付き合いする」。援助機関の方も、そういう「お付き合い」をしなければ、援助そのものが成り立たない。ハマースだろうが何だろうが、現場で有力な党派や個人の縁者と敵対したら、援助なんてできない。

 UNRWAの活動を「テロ支援」扱いする言辞が的外れな理由の第二は、「難民」としてパレスチナだと信じられている場所の内外に数百万人存在するパレスチナ人の政治的・社会的関係を全く理解していないことだ。現実的なお話をするのならば、このよう「パレスチナ難民」、特にみんなが「パレスチナ」だと信じている場所の外に住んでいるパレスチナ人が、「元のおうち」に帰ることは不可能だ。しかし、この現実は彼らが侵略と占領によって不当に権利を剥奪された人民であることまでも否定する根拠にはならない。その結果、シリアやレバノンを中心に(注:筆者の浅薄な知識と経験ではヨルダンのパレスチナ人の状況を論じることはできない)数十万~数百万人いることになっているパレスチナ人民は、いつか何かの形で自分の権利を「清算」すべく、パレスチナ民族の解放運動、反イスラエル抵抗運動の党派のどれかと「そこそこ」お付き合いせざるを得ない。あらゆる権利について普遍的に言えることだが、知識や資源の乏しい個人が単独で権力や資本と対峙するのと、権利を主張する個々人が連帯して権力や資本と対峙するのとどっちがいい結果をもたらすのかと問われれば結果は明らかだ。その結果、レバノンやシリアに住むパレスチナ難民は、パレスチナの解放運動の諸党派のいずれかと「そこそこ」お付き合いすることを余儀なくされる。当然のことながら、そうした諸党派のうち「必要な時に」力になってくれるのは、パレスチナ自治政府の与党の座に安住して在外のパレスチナ人を「いなかったことにする」決心をしたファタハではなく、ハマースやパレスチナ解放人民戦線(PFLP)、パレスチナ解放民主戦線(DFLP)、パレスチナ解放人民戦線総司令部派(PFLP-GC)や、サーイカ、ファタハ・インティファーダのような過去・現在に「闘争の実績」や何かの政治的後ろ盾を擁する諸派になる。ハマースだろうが何だろうが、現場で有力な党派や個人の縁者と敵対したら、援助なんてできない。つまり、UNRWAをはじめとする国際的支援に頼るパレスチナ人民のうち、相応の割合の者たちは紛争の当事者の一部から見れば「敵」となる党派に依存せざるを得ない弱々しい人類なのだ。筆者は「パレスチナを支援する」と称する団体や運動は軒並み嫌いなのだが、それでもその種の団体に依存せざるを得ないパレスチナ人民の窮状を顧みない言辞には全力で反対する。

 UNRWAの活動を「テロ支援」扱いする言辞が的外れな理由の第三は、レバノンやシリアのパレスチナ難民キャンプでの社会サービスの提供についての無知だ。理由第二で述べた通り、難民キャンプで暮らすパレスチナ人民にはまともな社会・行政サービスを提供する主体はいない。となると、パレスチナ人民は自らなにがしかの機能を担う機関を作って、UNRWAなどの国際的支援の窓口や現場でのサービス提供の担い手を提供せざるを得ない。シリアやレバノンでは「テロ組織」も含む現場で有力なパレスチナ人の党派が何らかの執行・調整機関を作り、教育や医療・福祉どころかキャンプの治安に至るまでのサービスを提供している場合が多い。ちなみに、某所でパレスチナ難民に保健サービスを提供する委員会(注:当然国際機関にとっても不可欠な窓口である)の責任者は、泣く子も黙る「テロ組織」(注:立場によっては有力なパレスチナ解放闘争党派)の大幹部の奥さんだった。つまり、パレスチナ人民にとっては、国際的な認知のいかんを問わず、パレスチナ解放闘争を担う諸党派は、人民の日常生活を支えるために不可欠な政治・行政機関の担い手でもあるのだ。UNRWAだろうが大国の傘下の機関だろうが、現場で円滑に活動するための「かうんたーぱあと」や現地職員の少なくとも一部に、パレスチナ解放運動の闘士やその親族が含まれることは不可避なのだ。ハマースだろうが何だろうが、現場で有力な党派や個人の縁者と敵対したら、援助なんてできない。繰り返すが、これは「みんなで助けてやるべき」パレスチナ人民にとって最低最悪の窮状だ。

 中東の紛争の中心から見れば、遠僻地に過ぎない日本からパレスチナ解放運動諸派や、パレスチナ人民を支援する国際機関への評価を論じることは居酒屋で酔っ払ってやる政治談議程度のものでしかないかもしれない。しかし、現在パレスチナ人民の生活を支えるための活動をしようというのなら、現場の有力者と仲良くしない活動はあり得ない。その途上では、「テロ組織による横取り」でなくとも汚職やズルやえこひいきを根絶することは残念ながらできない。むしろ、それらと上手に付き合わないと紛争地での人道支援なんてできない。何度も繰り返すが、筆者は別にUNRWAや「パレスチナ支援」を支持するわけでも好きなわけでもない。しかし、日本にいるという立場を「安全地帯」と誤認して問題の当事者を非難するだけでは何も解決しないとも強く思う。「援助機関のテロ支援」という言辞をうのみにして現行の支援の枠組みを後先考えずに否定した結果、「パレスチナ人数万人を日本に帰化させよ」なんて割当表が回ってくる場面を考えもしない、というのもやっぱり無思慮なことだ。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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