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センバツ第10日 敗れてなお強し。横綱・大阪桐蔭のすごみとは

楊順行スポーツライター

「早く継投しておけば、というのは結果論。平沼(翔太)君がいいピッチャーというのはわかっていたことです。ああいう投手を打てないと、日本一にはなれません」

大阪桐蔭・西谷浩一監督はいった。昨夏準決勝の再現となった敦賀気比との一戦は、昨夏と同様に初回、敦賀気比に満塁ホームランが出て大量点を先制された。違ったのはここから。昨夏は初回の裏に3点を返して反撃し、結果的に12点を奪って攻略した平沼に牛耳られる。2回には、先発の田中誠也が、気比の六番・松本哲幣に、空前絶後・2打席連続のグランドスラムを浴びた時点で勝負あった。結果、平沼の前に4安打。11対0の大敗だった。

近年の大阪桐蔭は、高校球界の白鵬みたいなものだ。西谷監督はここ10年間で春夏4回の優勝を果たし、積み重ねた勝ち星が33勝(6敗)。この大会でも3勝を加え、勝率・857。「規定打席不足ですよ」と西谷監督ははぐらかしたが、PL学園の黄金期に6度の全国制覇を数えた中村順司元監督の、更新不可能といわれた・853を途中経過では超えていた。準決勝敗退で、その数字は下回ってしまったが……(なにしろ、4勝1敗でも通算勝率は下がるのだ)。

その横綱にとって、春夏15回目の甲子園で10個目の黒星は、最大得点差の屈辱だった。まあ、白鵬だって負けることはある。

玄人受けするとっさのスーパープレー

それでも、横綱らしさは随所に見せた。常総学院との準々決勝は初回に先制され、同点としてすぐの4回表に2点突き放され……と、立ち合いから押し込まれた。そして、5回。エラーで走者を出し、五番・荒原祐貴の打球が右中間を破った。追いついたライト・藤井健平からの送球は、中継に入ったセカンド・永廣知紀の頭を大きく越える。追加点か……。

その瞬間だ。セカンドキャンバス付近から中継のカバーに入ったショート・福田光輝が俊敏にこれをカットし、ホームへストライク送球。目立たないが、玄人受けするスーパープレーだった。つねに声を出して守備を統率する福田によると、

「中継の二枚目のカバーとして、うまくはまりました。狙ったプレーじゃないし、そもそも送球のミス。藤井が投げた瞬間、セカンドを越えるな、ととっさに反応し、捕った瞬間には周りから"4つ!"の声が聞こえて、夢中で投げたんです。あれで流れが来てほしいと思いました」

「日常的にケースノックなどで、送球がそれた場合のカバーリングは綿密にやっています」とは有友茂史部長。そして福田の意図通り、このプレーから土俵中央に押し返すのが横綱だ。無失点に切り抜けたその裏には、打撃不調で七番に下がっていたその福田自ら右翼にアーチをかけ、流れが桐蔭に向く。そして、7回裏。二死から福田の安打、吉澤一翔の二塁打などで逆転に成功するのだ。実はこのとき、吉澤の二塁打でホームを踏んだ福田はクロスプレー。ただ、外野からの中継に入った常総学院・宇草孔基のホームへの送球が、若干高く浮いた。もしストライクなら微妙なタイミングだっただけに、「送球が高いとレギュラーにはなれない、と日ごろからいってはいるんですが……」(入江道雄部長)。福田の送球とは、好対照というわけだ。ううむ、さすが横綱、である。

敦賀気比に夏のリベンジを果たされ、ベスト4で球場を去る西谷監督。「春の山をいったん下り、夏は頂点にたどり着くように準備します」。そう、締めくくった。

スポーツライター

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。85年、KK最後の夏に“初出場”した甲子園取材は64回を数え、観戦は2500試合を超えた。春夏通じて55季連続“出場”中。著書は『「スコアブック」は知っている。』(KKベストセラーズ)『高校野球100年のヒーロー』『甲子園の魔物』『1998年 横浜高校 松坂大輔という旋風』ほか、近著に『1969年 松山商業と三沢高校』(ベースボール・マガジン社)。

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