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「命を狙うぞ」刑務所から検察官に脅迫状 知られざる「お礼参り」の怖さ

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

 服役中の松山刑務所から高松地検の男性検察官に対して「命を狙うぞ」「死ぬほど、後悔させてやるぞ」と書いた手紙を送った男が、出所日の9月30日、脅迫容疑で逮捕された

恨まれるのも仕事のうち

 刑務所では発信前に受刑者の手紙を検査し、不適切な内容であれば書き直させたり発信を差し止めたりしているが、今回はきちんと検査できておらず、スルーされた模様だ。

 ただ、検察官が事件関係者から脅されるといった事態は、取調べ室や法廷などで時折見られる。表に出てきていないだけで、裁判官や弁護士も同様ではないか。

 現に取調べ中、興奮した被疑者から机を何度も叩かれ、怒鳴り上げられたことがあるし、別の事件では急に立ち上がった被疑者から机越しに襲われそうになったこともある。護送を担当する警察官が被疑者を羽交い締めにし、事なきを得た。

 法廷でも、若い女性裁判官から「前に来なさい」と言われた中年の男性被告人が、急に「なめんじゃねえぞ」と言いながら証言台の椅子を抱え上げ、ひな壇に座る裁判官に向かって投げつけようとした場面に遭遇した。

 護送担当の拘置所職員らが必死に飛びついて防御したが、それでも勢いで被告人の履いていたサンダルが脱げ、裁判官のところまで飛んでいったほどだった。

 示談が成立していない交通死亡事故の裁判では、被害者にも落ち度があったなどと主張した弁護士が、閉廷後の廊下で興奮した遺族や被害者の友人らから詰め寄られ、「お前もひき殺してやろうか」と脅される場面に遭遇した。

 また、著名な組織暴力団の幹部を被告人とする裁判では、警察の捜査に協力した検察側証人の組員を弾劾するため、反対尋問に立った弁護士がこの組員を指して暴力団関係者の最も嫌う「チンコロ」(密告者のこと)という隠語を使った。すると、この証人は激高して「てめえのツラだけは絶対に忘れねえからな。出たら覚悟しとけよ」と大声で怒鳴り上げた。

 ただ、こうした場面では、相手の興奮が収まるまで黙っておくというのが基本だ。人に感謝されるよりも恨まれることのほうが圧倒的に多く、それもまた仕事のうちだし、相手も一時的に興奮しているだけで、何か言い返したりすれば火に油を注ぐ結果となるからだ。

検察官が切りつけられたことも

 それでも、度が過ぎていたら立件に至る。現に2010年には、和歌山地検の庁舎1階で男性検察官が切りつけられる事件が起きているからだ。

 この時の犯人は、旅館の放火事件で全面否認のまま逮捕・起訴され、一審の和歌山地裁で懲役6年の実刑判決を受けた女性被告人の父親だった。娘の量刑が重すぎると検察に恨みを抱いた父親は、地検1階の受付で女性の身内だと告げ、公判を担当していた男性検察官との面談を求めた。

 この検察官が受付近くの部屋で父親に対応していると、この父親はいきなり刃物で検察官の左腕を切りつけ、全治10日間のケガを負わせた。父親は逮捕されて傷害罪などで起訴され、懲役3年6か月の実刑判決を受けた。

 また、2015年には、強制わいせつなどで大津地裁から懲役7年の実刑判決を言い渡され、法廷を出て行く際、公判を担当していた大津地検の男性検察官に対し、「7年後、覚えておけよ。殺したるからな」などと言って脅した男が逮捕されている。この男は、大津地裁から懲役10か月の実刑判決を受けた。

 2019年7月にも、東京地検立川支部で自身の事件を担当していた女性検察官に対し、電話で「今から日本刀持って、お前んとこ行くぞ」と脅した男が逮捕されている。

いつどこで起きても不思議ではない

 脅迫罪に対する最高刑は懲役2年だ。

 今回の男は、逮捕容疑について「脅すつもりはなかった」と否認している模様だ。しかし、手紙の文面から脅迫の事実は明らかであり、司法制度に対する大胆不敵な挑戦であるうえ、反省悔悟の日々を送るべき服役中の犯行だということで、起訴されるのではないか。検察の求刑は懲役1年程度だろう。

 特に地方の小規模な検察庁舎は極めてセキュリティが甘く、いつどこで検察官が襲撃されるような事件が起きても不思議ではない。庁舎内には法務局などが同居しており、一般人が自由に出入りする機会も多いし、人手不足から警備も手薄になりがちだからだ。

 検察官は住所などを明らかにしていないが、家族とともに入居する「合同宿舎」と呼ばれる官舎がどこにあるのかは、調べれば簡単に知ることができる。それこそ官舎を専門とするプロの窃盗犯まで存在するほどだ。

 出勤途中や帰宅途中に尾行されて襲撃されるとか、留守中に家族が狙われるといった危険性もあるが、公安色の強い事件の捜査にでも従事していない限り、警察の警備が付くことなどない。電車に乗るときはホームの最前列に立たないなど、自己防衛を図るほかない。

 一般市民の中から選ばれる裁判員にも同様のリスクがある。裁判員の氏名や住所などは明らかにしないというルールだし、裁判所の送迎サービスもあるが、裁判所からの帰途、被告人の関係者が尾行することで、自宅を特定することなど容易に可能だからだ。

 欧米や南米諸国などと違い、治安の良い日本では検察官ら司法関係者が事件関係者に殺害されるといった形での「お礼参り」はないだろうという前提に立っている。しかし、その保証などどこにもなく、現に離婚紛争の代理人である弁護士が相手方当事者から殺害されるといった事件も起きている。それでもこれといった具体的な対策がとられていないというのが実態だ。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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