市川海老蔵さんによる「勧進帳」商標登録出願が拒絶、拒絶理由は何か?
「海老蔵が人気演目の商標登録を乱発 特許庁が拒絶すると不服審判を…真意は?」というニュースがありました。
市川海老蔵さんが代表取締役を務める株式会社成田屋が2020年6月に「『勧進帳』、『助六由縁(ゆかりの)江戸桜』、『暫(しばらく)』という三つの『歌舞伎十八番』、を出願したが、特許庁から拒絶査定されてしまい不服審判の真っ只中」ということです。
特許情報プラットフォームで調べると、株式会社成田屋は特に最近になり積極的に商標登録出願を行っていることがわかります。たとえば、「海老蔵歌舞伎」、「市川ぼたん」、「KABUKU」等々を登録しています。これ自体は望ましい行動でしょう。
しかし、上記のような有名な歌舞伎の著名演目を「演芸の上演」等の指定役務で出願するのは話が別です。商標登録をするということは、その商標の独占的使用権(他人の使用を禁止できる権利)を出願人に与えることになりますので、当然ながら、審査官もそうなった場合に業界の協業秩序にとって好ましいかを考慮することになります。
「勧進帳」の出願(商願2020-071075)を例に取って拒絶理由を見てみることにしましょう(他の2件もロジックは同じです)。指定役務(サービス)は、41類の「演芸・演劇又は音楽の演奏の興行の企画又は運営、演芸の上演、演劇の演出又は上演、音楽の演奏」です。
審査官は、「今日、”勧進帳”の語は、歌舞伎の演目を表すものとして、一般に認識、理解され著名性を十分に獲得していると認められます」と認定して、指定役務のうち「勧進帳を内容とする演劇の演出又は上演等に使用した場合には、(消費者は)単に役務の質を普通に用いられる方法で表示したものとして認識する」ので役務の質を表示するに過ぎないため商標法3条1項3号に該当、勧進帳以外の演目で使用されると、役務の質の誤認を生じる恐れがあるので4条1項16号に該当するとして出願を拒絶査定としました。
これは、たとえば、「ジュース」を指定商品にして「APPLE」を商標登録出願すると、拒絶されるのと同じパターンです(消費者はリンゴが入ったジュースとしてしか認識しないので商標としての機能を果たし得ないですし、仮にオレンジジュースに「APPLE」という商標を使えば商品の質の誤認を生じることになります)。
ついでに書いておくと、(成田屋とはまったく別の)衣料品会社による被服等を指定商品にした「勧進帳」という商標登録が古くからあります。これは、指定商品との関係において「勧進帳」は商品の質を表しただけのものとは認識されないからです。「コンピューター」を指定商品にした「APPLE」が登録されているのと同じ理屈です(消費者はこのコンピューターにリンゴの成分が入っているのかとは思わないでしょう)。
さて、上記の拒絶理由に対して、海老蔵さん側が昨年の9月に拒絶査定不服審判を請求しており、現在審判が進行中です。審判では、たとえば、(ミュージカルの)CATS等の登録があるので、演劇の演目名が品質表示として認識されるという判断はおかしい等との主張がなされていますが、CATSは最初の公演から一貫してプロデュースし、権利を管理してきたThe Really Useful Groupという企業(劇団四季も同社のライセンスの元に公演しています)による出願なのでちょっと事情が異なるのではと思います。
また、仮に品質表示にあたるとしても、長年の使用によって商標としての機能を発揮するようになった(専門用語でセカンダリー・ミーニング)の主張もなされています。要するに「勧進帳」というとほとんどの人が市川宗家の演目であると認識するとの主張です。なお、この主張は審査段階でもされていたのですが証拠が示されなかったので認められていません。審判請求書では「勧進帳が七代目市川団十郎により初演されたこと」、「市川團十郎家のお家芸と評価されていること」、「他家で演ずる場合は、市川家に対して相当の敬意を表し、挨拶をするのが慣例となっていること」等が証拠を元に主張されています(全文を見たい方は出願のリンクから「経過情報」をクリックし、「経過記録」の審判記録の「審判請求書」のリンクをクリックしてください)。このあたりは、歌舞伎に詳しい方のご意見をお聞きしたいところです。