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武藤にチェルシー、インテルなど複数クラブがオファーか。サッカー欧州移籍、日本人選手に最適な国は?

小宮良之スポーツライター・小説家
(写真:FAR EAST PRESS/アフロ)

FC東京の日本代表FWである武藤嘉紀(22才)に対し、プレミアリーグのチェルシーが正式オファーを出したという。移籍金は約400万ポンド(7億1000万円)とも言われ、もし成立した場合、Jリーグから移籍する日本人選手としては最高額になる。世界のメガクラブの熱烈なラブコールは、日本人サッカー選手への評価としては一つの誉れと言えるだろう。

もっとも、プロサッカー選手にとっては、最高の移籍金というのは"飾り"でしかない。選手の価値はいつだって、「所属するクラブでの活躍度によって決まる」ものである。どんなビッグクラブに所属して高給を稼いでいようとも、試合に出られない選手に大きな価値は与えられない。

「失敗しても戻ってくればいいよ。練習だけでも経験になる」

そうした声も聞くが、それはサッカーの欧州移籍においては考えとして甘い。

筆者が取材した多くの外国人選手たちは、「成功するまでは帰らない」という不退転の決意を漲らせていた。その強い意志があるからこそ、活躍もできたのだろう。半年や1年で帰国するケースは、その多くがキャリアを萎ませている。言い換えれば、自分の実力とプレーするチームレベルの均衡は冷静に考慮すべきで、決して無視してはならない。例えば、そこにマーケティング価値が上乗せされている場合、吟味することが必要になる。過去の日本人選手の欧州移籍で、その色合いが強い選手は十中八九、失敗しているからだ。

では、日本人サッカー選手が欧州へ移籍して成功するにはどんなケースがあるのだろうか?

一口に欧州移籍と言っても、各国にカラーがある。

例えば、スペインのリーガエスパニョーラでは一人の日本人選手も成功を果たしていない。マジョルカの大久保嘉人でさえも、爪痕は残したが、成功者とは言えないだろう。リーガエスパニョーラは世界最高峰のリーグであり、単純にプレーレベルが高く、語学力を含めたコミュニケーション力を求められることから、日本人は躓いている。

イタリアのセリエAは、中田英寿が門戸を開き、その後、数人の日本人選手が渡った。中村俊輔、森本貴幸は及第点と言えるだろうが、長友佑都の出現まで苦戦を余儀なくされている。スペインと同じくラテン的なコミュニケーション力、強い自己主張も必要。サッカーとも、フットボールとも言わず、カルチョと言われる独特のプレースタイルに日本人は適応できにくい。

イングランドのプレミアリーグでは吉田麻也が健闘し、過去には稲本潤一も結果を残している。しかし、高いレベルでのスピードとチャージをまず求められ、日本人の劣勢は否めない。動きのダイナミズムが特長。そのため、日本人は体のサイズを大きくし、強度を高めてコンタクトに挑むことで、それまでのプレーに狂いが出る。

翻って、 日本人選手のキャラクターがドイツの国民性と符合していたことは間違いないだろう。勤勉、真面目、忍耐力、秩序、協調性。それらの点を重んじる国柄は、両国とも共通している。そうした側面も手伝い、ドイツのブンデスリーガにおける日本人挑戦者たちは活躍の流れを作ることができた。

ドイツでは「軍曹」として知られ、数々の日本人選手を指導しているフェリックス・マガト監督は以下のように説明している。

「日本人選手は、常にチームの勝利のためにベストを尽くすというメンタリティーを持っている。忍耐強く練習するし、規律を守り、姿勢に誠意を感じる。向上心も持っているし、それはサッカー選手に欠かせない要素だ」

ヴォルフスブルグにいた長谷部誠(現在はフランクフルト)はドイツで複数のポジションをこなしている。交代枠を使い切った後にはGKを志願したことさえあった。従順さと順応性の高さに秀でた日本人選手の象徴と言える。マガト監督の絶対的信頼を得た長谷部は、所属するヴォルフスブルクがリーグ優勝を遂げ、チャンピオンズリーグに出場することで実績が広く知られた。

ブンデスリーガにおける長谷部は、スタメンとサブの中間のような扱いを受けている時期も少なくないが、彼の最大の長所はそうした状況でも、腐らずにプレーに打ち込む品格にあるだろう。シーズンを戦う中で苦しくなるチームを、彼は黙然として支えられる。その真似できない献身は、ブンデスリーガ全体で日本人選手の株を大きく上げることになった。

「日本人は諦めずに闘い続ける」と感心される徳が、ドイツ人が好む気質と合致していた。たしかに身体的にタフなリーグだが、その点は、日本人が適応する土壌があったと言える。ケルンなどに在籍し、チャンピオンズカップ(現行のチャンピオンズリーグ)にも出場した奥寺康彦氏に始まり、6シーズン、ドイツでプレーした高原直泰らが活躍を示し、土台を作った。

その点、日本人サッカー選手の欧州進出には、人柱となるような“人身御供”が必要なのかもしれない。

プロリーグとしてのJリーグ開幕後、日本人選手が海外でプレーすることは暗闇を歩くかのごとく不確かな行為だった。海外組と呼ばれた選手たちはその多くが結果を出せず、苦しみ抜いた。欧州で日本人が足場を固めるためには、誰かが身をもってその礎となるしかなかった。大袈裟に言えば、先駆者の海外組が屍を越えて歴史を作ってきた。ドイツにおける日本人の成功も、長谷部の奮闘が大きい。彼が激流の中に杭を打ったことで、香川真司、内田篤人、岡崎慎司らの活躍につながった。彼の地には今や、日本人サッカー選手のカントリーブランドが生まれている。

その観点から言えば、武藤が英国プレミアリーグで、稲本、吉田の築いた砦よりも先に進み、日本人ブランドを作るという可能性は否定できない。相手に体をぶつけながらボールを前に運べる能力やその鋭いターンからシュートに行くまでの力強さは、たしかに日本人離れしている。

しかし、プロとしてのプレー経験が1年半に満たない武藤にとって、強豪チェルシーは最適のクラブなのだろうか?

移籍はいつも博打的な側面を持っているが、楽観的観測はできない。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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