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「なつぞら」最終回 脚本家が明かすぎりぎりの創作秘話。「締めのナレーションには好き嫌いがあると思う」

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
広がる十勝の空と大地 モデル:帯広観光コンベンション協会 松田利奈 撮影:筆者

最終回を迎えた朝ドラこと連続テレビ小説「なつぞら」(NHK総合)。戦災孤児となり十勝の酪農家の家庭で育てられた主人公なつ(広瀬すず)が生きる夢と力を与えてくれたアニメーションを作る仕事を選ぶ。離れ離れになっていた兄妹とも再会し、これまでの数々の体験、出会った人々の想いを作品に込め、これらかも子供たちの幸福への祈りの物語を作り出していくであろう希望をもたせて終わった。最終回の仕掛けをはじめとして、「なつぞら」で何を書き何を書かなかったか振り返る。脚本家大森寿美男インタビュー

泰樹のラストカットはどう解釈したらいいか

ーー劇中アニメ「大草原の少女ソラ」は戸田恵子さんの歌に沢城みゆきさん。アニメーターには佐藤好春さん、才田俊次さん、石田祐康さん、語りが安藤サクラさんとものすごく豪華。そのうえ、千遥の複雑な家庭問題も出て来て……。終盤、エピソードが盛り沢山でした。

大森:最初から最後まで話の流れをだいたい計算して組み立ててきたので予定通りだったんですが、にもかかわらず、人物が膨らんでいったぶん尺が足りなくなってしまったという感覚はあって、そこは工夫しなければなりませんでした。それでも千遥のことは「家族」の話として大事な部分なのでしっかり描きたかったんです。

ーー時間が余って間延びするよりはいいですよ。では、最初から、後半まで構想が決まっていたんですね。

大森:『てるてる家族』(03年)では途中まで考えたところで、見切り発車的に脚本執筆作業がはじまって後悔したので、今回は全部最初から最後まで、1週間単位でざっくりとしたテーマというか流れみたいなものは決めてから入りました。ただ、クライマックスは泰樹さん(草刈正雄)の最期を見送って……と考えていたんですが、スタッフと相談して、はっきり死を描かないことにしました。

ーー台本を事前に読んだとき、泰樹のラストカットに「あしたのジョー」の最終回的な、生きてるの? 死んでるの? みたいな印象を受けました。

大森:その前の畑のシーンで、なつはちゃんと泰樹の遺言みたいなものを受け取っているので、物理的にどこでどういうふうに息を引き取るかは問題ではないし、悲しみを強調させたくもなかったので、あえて描かなかったというのはあります。一番伝えたいことは、亡くなった人の精神を受け継いで生きていくこと。天陽くん(吉沢亮)の死の描き方もそうで、人が死んで悲しむ場面を印象付けたくなかったんです。

最後のナレーションはいつから考えていたのか

ーー最後といえば、最終回のナレーションにはやられたと思いました。これは最初から考えていたんですか?

大森:そんなことはないです。毎回、「なつよ、〜〜来週につづけよ」はアニメーションの予告にあるような、ガンダムの「君は生き延びることができるか?」みたいな、なにかしら決めぜりふみたいにしようと思っていたけれど。それを逆手にとった「朝ドラよ、101作めにつづけよ」は究極のアイデアとして頭にストックしてはあったんです。それで具体的に最終回はどうしようと思ったときに、「未来に続けよ」じゃつまんないしなって。僕としては却下になってもよかったのですが、出演者の方々や内村光良さんにも気に入ってもらえたらしくて……。僕は無理をしないでと止めたんですよ、一応。言うタイミングが難しいでしょうし、どういう映像の上りになるかはわからなかったけど、たぶん、最後は「優しいあの子」が劇的に流れて終わるだろうから。あの曲の中でどうやって言うのか……。スタッフもそう思ったのか編集のとき入ってなかったんですよ。だからやめたのかなと思っていたら、やっぱり入れると。

ーー内村さんがコメディアンであることがここで生きた気がします。制作統括の磯智明さんが初期のインタビューで、100作目のプレッシャーについてマスコミが聞くと「もう101作も102作も発表されていますしね」と笑って答えていらして、その頃からもうこの締めを考えていたんじゃないかと今となっては思えます(笑)。

「朝ドラはすでに102作まで発表されているので、そこにつなげていけばいいんです」

出典:週刊女性PRIME 2019年5月23日

大森:でもあれも結構賭けですからね。好き嫌いもあると思うので。

ーーお話もちゃんとあったうえに、100作記念のお祭っぽい感じにもなったと感じます。

大森:そうなっていればいいんですけどね……。確かに、何人もの歴代朝ドラヒロインの登場や、北海道出身のTEAM NACSが全員出演するところはお祭りのような雰囲気もありますね……(笑)。

ーー蘭子(鈴木杏樹)や亜矢美(山口智子)で1本の朝ドラが書けそうじゃないですか。富士子(松嶋菜々子)を主役にした開拓話だって書けそうです。光子(比嘉愛未)も。

大森:磯智明チーフプロデューサーが主役を張れる人ばっかりキャスティングするから。脚本家冥利に尽きました。

ドラマでにおいを描くこと

ーー話題性を狙ったもので終わらず、お話がちゃんと一本筋が通っているのは大森さんだったから。「家族」が軸になっていることを最後に「家族の一番だし」「人生の二番だし」と表したのは秀逸でした。あれも最初から考えていたんですか。

大森:二番だしは、料理人が書いた本を読んでいて、煮物の決め手は二番だしだとあったことから発想しました。だしがらに新たな材料を加えて、味の深みを出す。それを「風車」のおでんと絡めると、自然に、まるでこのドラマのテーマのようだと思ったんです。亜矢美さんの咲太郎を思う気持ち、なつの柴田家を思う気持ちに重なりました。それも、あの今では煮染めたような色の手紙の中の家族の絵、あの一番だしがあってのことだと。そう思うと人間はみんな二番だしの家族を求めて生きているようにも思います。

ーー「だし」といえば風味。一番だしの香りは格別で(二番だしは香りで勝負はしない)。その前に目玉焼きのにおいを吸い込むエピソードがあって、そこもつなげていたんですか。

大森:アニメで目玉焼きのにおいを吸い込むところは、アニメーターの方々のアイデアです。アニメをつくるにあたって、どういう絵が描けるか、または描きたいか、アニメのスタッフの方々と打ち合わせをしたときに出てきたものでした。それを「だし」と結びつけては考えていなくて、そこはたまたまです。ドラマでにおいを表現することは夢かもしれませんね。においまで届くように表現すること、それはとても大事なことのように思います。人間の感情にもにおいがあるように思いますし、いいドラマには、においがあるような気がします。

※台本を読むと、第一週には「上野の地下のすえたにおい」というト書きがある。酪農一家に生まれながら夕見子(福地桃子)は牛乳のにおいが苦手という設定だ。終盤、たまごのにおいが出てきて、最終週は「風と光で、夜明けのにおいを出そう」という坂場(中川大志)のせりふがある。ところどころににおいが出てきた。

最近の若い俳優はすごい

ーー大森さんが演劇経験者だからか、演劇とアニメの共通点に着目したところも面白かったです。私は演劇とアニメの仕事を両方やってきて、アニメーターと俳優を何人も取材してきたので、このふたつを合わせて描くかと興味深く見ました。アニメと演劇の本質に気付いてなつに両方やらせたんですか。

大森:脚本を書くにあたってアニメについて取材したとき、アニメーターは絵を描くときに、自ら動いて確認しながら描くことも当り前のようにあるらしいということと、あの時代、東映動画にいたアニメーターたちは「お楽しみ会」を開催しては、劇を作ってやっていたと知ったんです。演劇が好きなんですよ、みんな(笑)。紀元前から存在しているだけはあり、何かを表現することの原点はやっぱり演劇なんじゃないですかね。そして誰しも自分の体を使って何かを表現する欲求は少なからずあるんじゃないかな。僕もちょっと血迷って、芝居をやっていたこともあるからわかるんですよ。アニメーションを描く方々にもそういう欲求が備わってないと表現が広がっていかないだろうし、自然と演劇に興味を引かれていくものであるだろうと。じゃあどこでその接点をつくるかと考えたとき、当時、帯広農業高校で演劇が盛んだったという事実に行き当たったんです。

※なつのヒントになったアニメーター奥山玲子さんも彼女について書かれた書籍などを読むと演劇が好きだったようだ。

ーー演劇をやっていた分、演劇のことは書きやすいですか。

大森:いや、逆に書きにくいですよ。無知なほうが知り得たことのみから発想して、こうだろうと思い込んで描けますが、なまじ足を突っ込んでいると、自分の体験まで掘り下げずにはいられなくなってしまって、エンターテインメントの域を越えてしまいかねないです。

ーーお仕事ドラマが好まれるといっても本格的過ぎると視聴者を狭めますよね。倉田先生(柄本佑)や雪次郎(山田裕貴)や蘭子(鈴木杏樹)が語っていた「演劇論」は大森さんの考えるものではない?

大森:まあ一面であってそれが全てではないです。時代が違うし、いろんな表現欲があっていいと思うし。ただ、「なつぞら」の時代の思想と密接に結びついていた演劇は面白そうですよね。

ーー先日、「なつぞら」で東洋動画社長を演じた角野卓造さんも所属している文学座(新劇の代表的な劇団)の取材をしたら、「テーマを語るのではなく、瞬間、瞬間のリアリティーを大事にしている」と教わりました。

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大森:文学座出身の中村伸郎さんが新劇で一番大事なものは「アマチュア精神」とよく言っていたらしいんですよ。それを雪次郎に言わせたら、「僕の考えていたことと同じで、大森さんは僕のインタビューかなにかを読んでくれたのかな」というようなことを山田裕貴さんが番組で言っていた(笑)。名優・中村伸郎と同じ考えであることに自信を持っていいよと思います(笑)。

ーーすごいですね。

大森:演技に関する精神的な心構えを今の若い俳優たちは感覚でつかんでいるんじゃないですかね。吉沢亮さんにもそれを感じます。格好つけた芝居や“自分”を見せるための芝居をしない俳優が増えているような気がします。

ーー確かに、吉沢さんも山田さんも自意識が見えない気がします。

大森:昔は、もっと「俺が」という意識で出ていかないと埋もれちゃうよと思うこともありましたけど。今は、そこに自然にいるっていうことを一番大事にしている印象がありますね。

ーー「爪痕を残す」という言葉がありますよね(笑)。

大森:レミ子を演じた藤本沙紀さんや、松井役の有薗芳記さんは僕の昔から好きなタイプの俳優ですが、いつも爪痕を残そうとしてくれる気がします。僕も好きだから、彼らの爪痕を求めて書いたりするんですが、あまり本筋とは関係なかったりするので、たいていはカットされちゃうんですよね。

カットされてしまったこと、あえて書かなかったこと

ーー松井やレミ子たちが風車で新宿が変わってきたっていう話をして、映画館で演劇やっているというセリフが台本にはありました。アートシアター新宿文化(ATG)とアンダーグラウンド蠍座のことかなと思いました。

大森:そうそう。でもそこもカットされちゃった。アングラ出身の有薗さんに「アングラが流行っている」というセリフをわざわざ言わせたのにね。尺調整でまずそういうところから切られちゃうんです。亜矢美さん(山口智子)がいなくなる回だから、彼女の話をたっぷりやったら尺が足りなくなることは分かっていたんですよ。でもあれは使ってほしかったなあ。

ーーそもそも面白いのが、そういう個人に寄せた出来事はカットされるにしても書いてあって、誰もが知っているオリンピックだとかオイルショックについては一切出て来なかったことです(※最終回だけ北海道で当時実際に起こった台風が描かれた)。

大森:時事ネタをやる余裕がなかったんですよ。描きたいことが多すぎて。

ーー全国区の時事ネタよりも、中村屋(川村屋のモデル?)のカレーとか紀伊國屋書店(角筈屋書店のモデル?)とかムーラン・ルージュとか、その時代、新宿で生きた人にとって思い出深いもの、そういうところを大事にしたわけではない?

大森:そうです、登場人物の日常に関わる大事なところだけ書きました。わざわざ時事ネタに寄せてエピソードを作るやり方ももうやり尽くしているでしょう。とくに昭和はそういう作品がたくさんあります。「てるてる家族」もそうで、昭和30年代の時事ネタを拾って、そこから物語を発想するようなことは散々やったので、また同じことをやってもなあと思ったことは確かです。

家族の人数

ーー「てるてる家族」では、それこそ「まんぷく」(18 年)がモチーフにした日清のラーメンを思わせるものが出てきました(ニコニコめん)。

大森:主人公の一家と安藤百福さんがたまたま同じ池田町で、線路を挟んで近所だった事実があって、もしかしたら会っていてもおかしくないなと思って描きました。

ーー「てるてる家族」は四人姉妹の物語で、「なつぞら」は三人兄妹の話。さらに育ての家族も三兄妹。登場人物がいっぱいでエピソードが盛りだくさんでしたね。

大森:最初に主人公の家族構成を考えたとき、あの時代に一人っ子ってことはないだろう。といって、大人数過ぎても描ききれない。子どもが3人ぐらいいるのが妥当であろうと設定しました。もう一つの主人公の家族といえる柴田家も同じ設定にしようと思っていたので、主人公のきょうだい3人が生き別れになったことで、3人の人生に関わる人たちが増えてしまった。かつ、アニメの仕事がまた大変で、2~3人で作れるものではなく大人数が必要。そうしたら、どんどん人数が増えて、その人数分の人生を考えると描きたいことが増えてしまったんです。

ーー本当の家族、育ててくれた家族、みんな成長して結婚して子供ができて、さらに人が多くなり。朝ドラではやっぱり結婚して子どもを産み育てるところまで描かなきゃいけないものなんですか。

大森:若い女優がお母さんまでやることも朝ドラらしさかと思い、それも避けずに描いてみようと、広瀬すずさんの場合、40歳ぐらいまでは演じてくれるんじゃないかと思って描きました。

奥山玲子さんは「モデル」ではない

ーーそもそもは戦災孤児の喪失と再生の物語で、アニメーションは主人公の生きる支えということですよね。

大森:僕が子供の頃に見ていた70年代頃のアニメーションにはみなしごものが多かったことに気づいたとき、見る側なのか作る側なのかはわからないけれども、時代の空気として孤児を身近に感じる人がたくさんいたからだろうと思ったんです。当時は子供だったから、そんなことは意識せずに、単純に感動して見ていたのですが、大人になって改めて、そういうアニメーションを作った人たちの精神のようなものを描いてみたいと、孤児のヒロインが黎明期のアニメーションと出会うことにして、なつが、当時、実際、活躍していた女性アニメーターの草分け的存在・奥山玲子さんのような立場になったらどういうふうな反応をするかという発想で話を考えました。奥山玲子さん自身を描くつもりではなくて、当時の女性アニメーターの参考例として旦那さんの小田部羊一さんに取材させて頂いたんです。

ーーモデルかモチーフかというのは朝ドラではしょっちゅう話題になります。

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「なつぞら」では「ヒント」という言葉が使われて、ますます実在の人物と距離をとってることを感じました。有名な東映動画、日本アニメーションなどの制作会社や作品、そこで活躍した人たちの偉業を参考にしたことで、注目度が高かったでしょう。

大森:故人である奥山さんについては、旦那さんの小田部さんに取材して、そのエッセンスは入っています。例えば、レミ子は女優が少年の声をやるようになった走りの人物として描いていて、野沢雅子さんや小原乃梨子さんがモデルなのか? という声もありますが、特定のモデルはいません。当時のそういう方々の要素を取り入れたオリジナルの人物で、アニメーターもみんなそういう感じです。

一面的な「悪人」は書きたくなかった。でも……

ーー奥山さんのことを書いた本や記事を読むと会社の待遇改善などに積極的に取り組んでいたとあります。視聴者的にはそういうふうに登場人物が適度に苦労をしたうえでいいことがあるという流れを求める傾向がありますよね。

大森:ちょうど「おしん」(BS で再放送中)という物差しを突きつけられて、おしんの苦労と比べたらどうなんだみたいなね(笑)。最近の朝ドラでは不幸は除外したい要素なんですよ。いや、朝ドラに限らずかな、日常がしんどいのにドラマまでしんどいものは見たくないという反応があるので、スタッフ側は排除しよう排除しようとする。暗いほうにいかないようにいかないように、早く明るくしましょう、早く前向きにしましょうみたいに。ところが、今年の空気は「おしん」のせいかわからないけれど、潮目が変わってきているような気もします。

ーーよく主人公が光だとして影になる人物を描くやり方がありますが、主人公に立ちふさがる悪い人がほとんど出てこないのもそのせいですか。

大森:それも、「なつぞら」に限らず、最近の朝ドラの傾向かもしれません。といって、記号的な悪者を描いて、勧善懲悪的に簡単に悪が駆逐されるという展開に進むのもねえ……と思いますし。

ーーそういうのは書かなくていいと思います。

大森:人間くささを出したいと思うんですよ、どの人にもね。現実にいるような人間味を出したいと思うと、どうしても両面描きたくなっちゃうんですよね、いいとこと悪いとこと、たとえ悪い人でも一瞬でもいいからかわいげみたいなものがないと。日常では、この人、嫌な人だなと思うと、もうそういうふうにしか捉えられないっていうコミュニケーションはたくさん存在していますが、俯瞰して見たら決して嫌な部分だけじゃないわけでしょう。むしろ、ドラマだからこそ、ひとりの人間の多面性を描きたいですよね。

ーーそれは仲さん(井浦新)が語ったキャラクターの描き方に近いですよね。大森さんの描きたいことなのかなあと想像して見ていました。

大森:無意識にそういう気持ちが出るんだと思うんですよね。小田部さんに取材したとき、キャラクター検討会をやって、仲さんの参考にさせてもらった森康二さんの描いた悪役キャラを見たら、ただ怖い顔をしたいかにも悪役ふうなものとは全然違うものだったそうです。悪役なのにすごくお茶目で、多面性も奥行きもあるキャラになっていてすごいと思ったという体験を聞いて、それをやりたいと思ったんですね。やっぱりどのジャンルでも、面白い物語で深みを与えようと思うと、同じところに行き着くのだと思います。いかにも悪人顔した単なる悪役を出しても、それだけで終わっちゃう。とはいえ、少しは「いびり」もあったほうが良かったのかなあ(笑)。(注:「おしん」もさすがに佐賀の嫁いびり編では視聴脱落する人も出ていた)

ーー「無理して笑わなくていい」とか「堂々としてろ」とか最初に泰樹に言われて、なつは媚びないし、わりと堂々としていましたが、ちょっと弱い部分も人は見たいものなのでしょうか。

大森:かつて大島渚が、主人公の被害者意識を描くことは、一番卑しい表現だというようなことを言っていて共感したことがありました。僕はそれをいつも意識しています。同情を強要するなんて一番安い行為だと思いながらいつも書いているんです。共感と同情は違うのに、この頃は混同されている気もしますね。

ーー広瀬すずさんの表情がシンプルな喜怒哀楽に収まらないところがあります。

大森:不思議な魅力のある方ですよね。前向きに元気にはつらつと爽やかな女の子もできると思うけれど、それだけじゃないものがにじみ出ちゃうというか、奥深いものを描きたくさせるなにかがある。

”なつぞら”に込めたもの

ーー今の朝ドラでたくさんの視聴者たちから求められていることを気遣いつつ、ご自分の信念も大事にすることはまったく大変な作業ですね。

大森:今の朝ドラって、お客さんを呼ぶというより、いきなり、すでにお客さんが満員の大劇場に立ち、虎視眈々としているお客さんを帰らせないようにしなきゃいけないみたいな感じがします。このプレッシャーは「てるてる家族」のときには感じなかったし、ほかの映画やドラマでもないかな。今の朝ドラならではの感覚のような気がします。

ーー今回、また朝ドラを書いてくださいと言われたときはどういうお気持ちでしたか。

大森:最初はごく普通に朝ドラをもう一回やってみようと思っただけで、たまたまそれが100本目だったのですが、あとからどんどんプレッシャーが(笑)。

ーー改めて。「なつぞら」というタイトルですが、磯さんはガイド本などで十勝の空について語られていました。でも最後まで物語を見ると、終戦記念日8月15日の空のイメージも含まれているのかなと思ったんです。

大森:……やっぱりそれは浮かびますよね。最初は漢字だったのが平仮名になったことで、いっそういろいろなイメージが託せるようになったと思います。

戦争をはじめとして体験してない歴史をどう描くか

ーー今期、「おしん」再放送と「やすらぎの刻〜道」(テレビ朝日系)と戦時中のエピソードが出てくる連ドラが多いんですよね。

大森:「おしん」と「やすらぎの刻」に挟まれていたのも変にプレッシャーでした。橋田壽賀子さんと倉本聰さんや、アニメーション映画「火垂るの墓」を監督した高畑勲さんは戦争体験者です。戦争体験のある世代の方々の書くものと、戦争経験のない僕らの書くものは明らかに違います。大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺」も戦時が描かれますが、宮藤官九郎さんも志ん生と落語を通して、自分なりに歴史や戦争を描くことと向き合っているんじゃないでしょうか。「なつぞら」はアニメを通して描きました。戦争そのものではなく、体験者の生活を体験するような、そういう二段構えでなければ、なかなか戦争や歴史にアプローチできない世代なのかもしれません。となると、この先、さらに若い世代はどう戦争や歴史を描こうとするのでしょうね。

ーー天陽くんが描いた「白蛇伝説」の舞台美術は台本では “天陽版「ゲルニカ」”とありました。放送日4月26日は、ゲルニカ空爆の日でした。

大森:ゲルニカ空爆の日のことはまったく意識していませんでした。偶然とはいえすごいですね。天陽の空襲体験をさりげなく重ねたいと思って倉田のセリフで「ゲルニカ」という言葉を使うかどうか迷いましたが、実際にはどんな絵が完成するかまだわからなかったものでやめました。僕の中ではどうしても「これはまさに、山田天陽のゲルニカだな」と聞こえてきます。

ーー唯一明確に天陽くんのモデルのようになっている神田日勝は、大森さんが前からお好きな画家なのですよね。

大森:神田日勝は、僕が二十代前半の頃、ある美術雑誌で見た「室内風景」という絵(ドラマでは天陽がなつの絵を塗り込めて自画像を描いたものがそれに近い)が他人とは思えず、その絵を立体的に再現した舞台装置を造って芝居にしたことがあります。誰も知らない完全に自己満足の世界でしたが、「なつぞら」の取材で十勝に行って、再び神田日勝の絵に出会って、三つ子の魂百までじゃないけど、人間は、ちゃんとそうなるように生きているものなんだなと思いました。

ーー「なつぞら」は好きなドラマでしたけれど、ひとつだけ心残りなのは、この絵(天陽版ゲルニカ)が燃やされてしまったことなんです。もったいない。

大森:ドラマや映画やアニメと違って演劇は残らないのが美学でしょう(笑)。

Sumio Omori

1967年、神奈川県生まれ。10代より演劇活動をはじめ、97年脚本家デビュー。2000年、当時最年少で向田邦子賞を受賞した。大河ドラマ「風林火山」、連続テレビ小説「てるてる家族」、大河ファンタジー「精霊の守り人」シリーズ、「TARO の塔」「悪夢ちゃん」、「フランケンシュタインの恋」などがある。映画「アゲイン 28年目の甲子園」「風が強く吹いている」では監督もつとめる

大森寿美男さん 写真提供:KUGEL LLC.
大森寿美男さん 写真提供:KUGEL LLC.
フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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