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ウクライナ戦争で不況の瀬戸際に直面する英国経済(下)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
下院でウクライナ戦争について答弁するボリス・ジョンソン首相=英スカイニュースより

英国の投資銀行・資産運用大手インベステックはウクライナ戦争が勃発した2月24日付の英紙デイリー・テレグラフで、「天然ガス価格が高騰するにつれ、英国の家計は年間3000ポンド(約49万円)超のエネルギー費用に直面する。英国の卸売ガス価格は2カ月間にわたり、過去最高値を更新したため、政府の消費者保護のためのエネルギー価格上限も10月の改定で、さらに1000ポンド(約16万円)超引き上げられ、多くの世帯が燃料貧乏に追い込まれ、多くの企業が限界点に達する」と悲観的な見方を示している。

英国のエネルギー価格上限は4月に1971ポンド(約32万円)と、約500ポンド(約8万円)引き上げられ、10月にも再改定される予定だ。インベステックのエコノミストであるマーティン・ヤング氏もテレグラフ紙(2月24日付)で、「(ウクライナ戦争前は)10月時点でエネルギー価格上限は2200ポンド(約36万円)超に引き上げられると予想されていたが、卸売ガス価格の急騰を受け、3000ポンド(約49万円)超に引き上げられるだろう。この増加は英国の家庭にとって壊滅的で、『食べるか、家を暖かくするかのどちらかだ』というジレンマに直面する。政治危機が激化し、政府は現在の家計支援を一段と強化する必要がある」という。

環境保護偏重がロシアの脅威を招く

急がれる軍事費の急増

一方、米ハーバード大学のケネス・ロゴフ経済学教授は、著名エコノミストらが寄稿するプロジェクト・シンジケートの3月3日付コラムで、ウクライナ戦争の勃発を受け、西側陣営の各国の軍事増強の必要性を指摘する。「ウクライナ戦争は西側諸国が外部からの攻撃を防ぐために十分な資金を残さなければならないことを思い出させる」とした上で、「現在の危機に対応するためにヨーロッパと米国がどのような短期的な戦術を使用するかにかかわらず、欧州の長期的な戦略は、エネルギー安全保障を環境の持続可能性と同等にし、社会的優先事項への資金提供と同等の本質的な軍事抑止に資金を提供する必要がある」という。現在、英国とフランスは国家収入の2%強を防衛に費やし、ドイツとイタリアは約1.5%だ。

さらに、同氏は、「環境保護対策が通常タイプの戦争の可能性を高めるという戦略的弱点に陥るならば、環境保護はやる意味がない」とした上で、「西側がさらなる自国のエネルギー戦略の失敗を避けることこそが助けになる」と主張する。天然ガス需要の50%以上をロシアに依存しているドイツは、2011年の福島第一原発事故以降、すべての原発を廃止するという歴史的な過ちを犯した。対照的に、原子力によりエネルギー需要の75%を賄うフランスはロシアの脅威に対する脆弱性が大幅に低くなっているという。

また、ロゴフ氏は、「今日、政策立案者は(多くのエコノミストとともに)、新型コロナのパンデミック(世界大流行)や金融危機などの大きな世界的な経済ショックが常に金利を押し下げ、巨額の借金を調達しやすくすると確信するようになった。しかし、戦時中は、巨額の一時的な支出を前倒しする必要があるため、借入コストが簡単に押し上げられる可能性がある」と、景気悪化リスクへの懸念を示す。その上で、「誰もが永続的な平和を望んでいるが、各国が持続可能で公平な成長をどのように達成できるか分析した結果では、外部からの攻撃を防ぐためのコストのために、緊急借入能力を含む財政余力を残す必要がある」という。

テレグラフ紙のコラムニストのジェレミー・ワーナー氏は3月8日付で、「リセッション(景気失速)が不可避なとき、リシ・スナク英財務相は春の予算演説前にもウクライナ危機対策を講じる必要がある」とし、「インフレが急上昇し、成長が打撃を受けているときに増税することは賢明とは思えない。財務省のドアをノックしているのはもはや医療費の増加問題だけではなく、軍事費と難民危機だ」と指摘。その上で、「我々は自由を抑圧する人々(ロシアのプーチン政権)から自由を守るためにかなりの苦労を厭わない。今のところ財政はより良い状態にあるように見えるのも事実。戦争時には財政保守主義は後回しにされなければならない」と語る。

英国では4月からガス・電気料金の末端価格の大幅上昇に加え、増税が貧困世帯の家計費を直撃する。今や英国は貧富格差の拡大だけでなく、ウクライナ難民の移民流入やウクライナ戦争に伴う軍事費の増大など新たな財政危機の火種となる問題が加わり、ボリス・ジョンソン首相やスナク財務相の政治手腕が問われる。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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