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大阪高裁付審判決定、東京の特捜検察にも大きな “衝撃” 「検事取調べ検証」は不可欠

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
(写真:西村尚己/アフロ)

大阪地検特捜部が逮捕・起訴した不動産会社社長が、248日間身柄拘束された後に無罪が確定し、「人質司法」が問題となったプレサンスコーポレーション事件で、弁護人側が付審判請求を行っていたのに対して、大阪高裁は8日、違法な取り調べをしたとして特別公務員暴行陵虐罪で告発されている田渕大輔検事を審判に付することを決定した(【付審判決定全文】)。

決定では、田渕検事による「威圧的、侮辱的な言動を一方的に続けた」取り調べを黙認した検察組織の姿勢を厳しく批判し、

「検察における捜査・取調べの運用の在り方について、組織として真剣に検討されるべき」

と異例の要請を行っている。

付審判請求は、公務員による各種の職権濫用等の罪について告訴又は告発をした者が、不起訴処分に不服があるときに、事件を裁判所の審判に付するよう管轄地方裁判所に請求することを認める制度だ。

審判に付する決定が行われると、検察審査会の起訴議決(いわゆる「強制起訴」)の場合と同様に、検察官ではなく、裁判所が指定した弁護士が起訴することになる。

2008年に検察審査会の議決に法的拘束力が与えられる起訴議決制度が導入されたが、それ以前から、検察官が公訴権を独占し、検察官による訴追裁量権を認める起訴便宜主義の例外として刑事訴訟法に定められていた制度である。

犯罪捜査において警察官の職務上の行為が違法と評価する程度に達していた場合であっても、検察官は、刑事事件の捜査において警察と協力関係にあることから(刑事訴訟法192条・193条など)、本来であれば起訴すべき警察官の職権濫用行為を公平中立に起訴することが困難な立場にある。そこで、特別公務員職権濫用、特別公務員暴行陵虐など、特定の公務員犯罪に限定して、裁判所が代わりに起訴することができるというのが、このような制度が設けられた理由である。特捜部などの検察独自捜査では、警察ではなく、検察官が自ら捜査を行うので、検察官による捜査の際の行為が、付審判請求の対象となり得る。

しかし、戦後、刑訴法施行後、2024年現在、付審判請求が認められた件数は23件に留まり、認容率はわずか0.07%と、再審請求の認容率0.4%より低く、実際に付審判決定が出されることは極めて稀だ。

ましてや、裁判官と同じ法曹資格者である検察官について付審判請求が認容された事例は過去にはない。それだけに、今回の大阪高裁の決定は、検察にとって衝撃であったことは間違いない。

そのうえ、今回の決定は、検察の取調べの在り方にまで踏み込んで厳しい批判を行っており、検察にとっては受け入れ難いものであるはずだ。では、それに対して、最高裁判所に不服申立てを行うことができるのだろうか。

不服申立てを行うとすれば、刑訴法433条の特別抗告だが、これについては、いわゆる身分帳事件(現職裁判官が、網走刑務所に赴いて日本共産党委員長の身分帳の開示を求めた事件)における判例がある。

この事件では、東京高裁の付審判決定に対して検察官が特別抗告を行ったのに対して、最高裁は、

「刑訴法266条2号の決定については、審判に付された被疑事件の訴訟手続において、その瑕疵を主張することができるものと解することが相当であるから、原決定は、同法433条の『この法律により不服を申し立てることができない決定』に当たらず、本件抗告は不適当である」

という理由で、付審判決定に対する特別抗告を否定した。(最高裁第1小法廷決定昭和52年8月25日)。

同判例は、検察は、告訴を受けて刑事処分を行うところまでは当事者であるが、付審判請求が申し立てられた後は、その手続の当事者ではないので、付審判決定に不服があっても特別抗告はできないと判断したものである。

これに従えば、今回も検察として特別抗告はできないことになる。検察としては、今回の決定における「検察における捜査・取調べの運用の在り方」の検討を真剣に行わなければならない。

特捜部における検察官の取調べの在り方が問題になったのは、村木厚子氏が大阪地検特捜部に逮捕起訴され無罪となった事件が契機だ。その事件での証拠改ざん、不当な取調べ等の問題を受け、法務省に設置された「検察の在り方検討会議」が、違法な取調べ防止のため「取調べの録音録画」制度の導入を提言し、その後の刑訴法改正で、検察の独自捜査について全過程の録音録画が導入された。しかし、その後も、特捜事件では長時間にわたる取調べの実態は基本的に変わっていないし、録音録画された取調べにおける検察官の言動が問題とされた事例も多数ある。

今回の決定でも、録音録画に記録された違法な取り調べについて、決定では、

「検察庁内部で問題視されたり、適切な対応が取られたりした形跡はうかがえない」

と指摘している。

村木氏の事件も、今回の事件も、大阪地検特捜部の事件であるが、大阪地検ばかりで問題が起きているということではない。東京地検特捜部の事件でも、検察官の見立てに沿った供述を強要する取調べなど、違法な取調べや、それをめぐる検察の違法な対応が、弁護側に指摘される事例が相次いでいる。

五輪談合事件では、検察官が在宅の被疑者取調べで、供述していない内容の供述調書を作成し、訂正にも応じなかったことについて、弁護人が最高検察庁監察指導部に申立てをした。すると、検察官は、その被疑者が役員を務める会社の親会社の代表取締役を取調べに呼び出して、申立ての取下げと詫び状の提出を要求し、会社はそれに応じた。このような経緯を被告人が公判廷で陳述した。この件については、事実関係を調査し結果を公表することを求める日弁連会長談話が出されている。

日弁連会長談話の契機となったのが、今年4月9日の参議院法務委員会での鈴木宗男参院議員の質問だ。

鈴木議員は、

①「弁解録取手続で被疑者が自白していないにもかかわらず自白しているかのような内容の弁解録取書を検察官が作成したとして、監察指導部に申入れがされた事案があるかどうか」
②「録音、録画されていない在宅のこの被疑者の取調べで、被疑者が言ってもいないことを調書に取ったり、一部を切り取って事実を歪曲して調書に取ったということで弁護人から抗議を受けたのに対して、特捜部側がその被疑者の会社の社長を呼び付けて、書面を撤回しろとかわび状を出せというようなことを要求して、実際にわび状を出させた、そういう事例があったか」

と質問したのに対して、4月11日の同委員会で、松下裕子法務省刑事局長(当時)が、①について、

「御指摘のような申入れがされた事案があるということは確認できました」

②について、

「被告人が委員の御指摘と同様の主張をしたと言われているものがあることは報道やインターネットで把握しました」

と答弁した。

①の方は、松下刑事局長が最高検監察指導部に直接確認して答弁したものと思われる。

②が五輪談合事件で発生した問題であることは会長談話でも言及されているが、①も五輪談合事件における取調べに関する事実であり、しかも、逮捕後の弁解録取なので、刑訴法上、録音録画が義務づけられており、検察当局が録音録画を確認すれば、問題とされている取調べの状況は、すぐに確認できるはずだ。

このように、五輪談合事件では、別々に審理されている多くの被告人・被告会社の公判で、検察官による違法・不当な取調べが指摘されている。しかし、その多くが、録音録画が義務づけられていない在宅被疑者や参考人の取調べであるため、違法な取調べを客観的に明らかにすることが難しい。そこに、今回の決定での大阪地検特捜部の問題との違いがある。

それにしても、検察の不当な行為を訴える被告人の言葉に全く耳を貸さず、検察の主張を丸呑みして有罪判決を言い渡す東京地裁の裁判体の姿勢は、今回の大阪高裁決定と、問題認識のレベルに大きな差がある。実際に、東京地検特捜部の事件について裁判所が否定的な判断を下した例は殆どない。このような特捜部の事件に対する東京地裁の裁判体の対応が検察寄りであることが、検察官の違法・不当な取調べや捜査に歯止めがかからない現状の背景となっていることは否めない。

それだけに、今回の大阪高裁の決定が、特捜部の事件全般の捜査・取調べの在り方について組織として真剣に検討を行うことを求めていることの意義は極めて大きい。それを受けて、検察庁、法務省がどのような対応をとるのか。

最低限必要なことは、これまで、最高検監察指導部に調査要請が行われた検察官の違法・不当な取調べの問題について、録音録画記録に基づいて、徹底調査を行うことである。それを基に、検察官の取調べ全体について検証した上、人権侵害にあたる取調べの抜本的な是正を行うことが不可欠である。

身柄拘束の期間、取調べの時間が、欧米と比較して異常に長いことも、今回事件での田渕検事のような、「威圧的、侮辱的な言動を長時間継続する」などの問題が発生する背景となっている。

そこには、欧米では当然とされている弁護士の取調べへの立会いが日本では認められていないという根本的な問題がある。

前記「検察のあり方検討会議」には私も委員として参加したが、取調べ録音録画は議論される一方で、弁護人立会は、日弁連側からも求める声はほとんどなかった。「長時間の取調べへの弁護人立会は困難」というのが理由のようだったが、逆に言えば、弁護人の立会が認められれば、長時間の取調べが抑制されることになるのであり、取調べによる人権侵害をなくすためにも、弁護人の立会が有効だと言える。

いずれにせよ、今回の大阪高裁決定を機に、検察独自捜査の逮捕・勾留中の被疑者の取調べにおける問題を徹底検証すること、全ての被疑者及び参考人の取調べについて、全過程の録音・録画を義務付けることは不可欠であり、それに加え、取調べへの弁護士立会を認めることも法律上明記することを真剣に検討すべきだ。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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