Yahoo!ニュース

アンネ・フランクの親友ハンナ・ゴスラー93歳で死去:語り継いできたホロコーストの経験とアンネの思い出

佐藤仁学術研究員・著述家
(アンネ・フランク財団提供)

2021年には「私の大親友のアンネ・フランク」オランダで映画化

2022年10月、アンネ・フランクの親友だったハンナ・ゴスラーがイスラエルで93歳で逝去された。ご冥福をお祈り申し上げます。アンネ・フランクは「アンネの日記」として世界中で読まれており、日本でも有名だ。だが、アンネの親友でアンネが隠れ家に隠れるまでアムステルダムで一緒に遊んでいて、辛うじてホロコーストの地獄を生き延びることができたハンナ・ゴスラーのことは一般の方にはあまり知られていない。アンネ・フランクというと歴史上の人物で大昔の人だと思っている方も多いようだが、ホロコースト時代にユダヤ人だという理由だけで迫害され強制収容所で死亡しなければ、ひょっとしたらまだ健在だったかもしれない。

第二次世界大戦の時に、ナチスドイツが約600万人のユダヤ人を殺害した、いわゆるホロコースト。アンネ・フランクはユダヤ人だったために、ナチスの標的となり迫害を逃れてオランダのアムステルダムの隠れ家で約2年間、身を潜めて生活していたが、密告されて1945年にベルゲン・ベルゼン強制収容所で病気で死亡した。アンネが隠れ家生活で思いを綴った日記を戦後、ホロコーストから生き延びた父オットー・フランクが「アンネの日記」として出版し、現在でも世界中で多くの人に読まれている。アンネ・フランクはホロコーストを象徴するような人物で、欧米やイスラエルではホロコースト教育が行われることが多く、小学生の必読書にもなっている。

またアンネ・フランクは世界中の老若男女にも人気がある。世界中の若者に人気のインスタグラムには世界中のアンネ・フランクのファンがアンネの当時のモノクロ写真や、アムステルダムにある「アンネの家」を訪問した写真をたくさん投稿している。アンネ・フランクの生涯は「アンネの日記」をもとにした映画、ドラマ、演劇、アニメ、マンガなどで世界中で作品の題材として取り上げられ、演じられている。アンネの生涯を忠実に描いたノンフィクションである。

そして2021年にはオランダで初めてアンネ・フランクを扱った映画「Mijn Beste Vriendin Anne Frank」(英語に訳すると"My Best Friend Anne Frank"「私の大親友のアンネ・フランク」)が制作された。これはアンネと親友のハンナ・ゴスラーの話を中心に進められており、今までのアンネ・フランクの映画やドラマとは違った角度からアンネ・フランクを見ることができる。今までのアンネ・フランクの映画では、流暢な英語を話しているアンネや家族のシーンに違和感を覚える人も多かったようだが、今回のアンネ・フランクの映画はオランダで制作されたため、実際にアンネ・フランクが話していたオランダ語で話している。

▼「Mijn Beste Vriendin Anne Frank」

ハンナ・ゴスラーが伝えてきたアンネ・フランクとホロコーストの記憶と経験

戦後75年以上が経ち、ホロコースト生存者らの高齢化が進み、記憶も体力も衰退しており、当時の様子や真実を伝えられる人は近い将来にゼロになる。ホロコースト生存者は現在、世界で約24万人いる。彼らは高齢にもかかわらず、ホロコーストの悲惨な歴史を伝えようと博物館や学校などで語り部として講演を行っている。当時の記憶や経験を後世に伝えようとしてホロコースト生存者らの証言を動画や3Dなどで記録して保存している、いわゆる記憶のデジタル化は積極的に進められている。デジタル化された証言や動画は欧米やイスラエルではホロコースト教育の教材としても活用されている。

そしてハンナ・ゴスラーも積極的にホロコーストの記憶や経験、アンネ・フランクとの思い出を戦後になってからたくさん語ってきた。アンネ・フランクがホロコーストの象徴的な存在になっていたので、ハンナ・ゴスラーの証言は多くの人の注目が集まっていた。ホロコーストの生存者は記憶や経験を伝えようとしているが、欧米でのホロコースト教育以外では歴史家や研究者以外の人はほとんど見たり聞いたりすることがないのが現実だ。

だが、ハンナ・ゴスラーはアンネ・フランクの親友ということで多くの人が彼女のホロコーストの経験や記憶、アンネ・フランクとの思い出に耳を傾けていた。ハンナ・ゴスラーもそのことをよくわかっていたのかもしれない。そのため積極的にホロコースト時代の経験やアンネとの思い出を語っており、彼女の証言の多くが今でもデジタル化された動画として残っている。証言動画として記憶を語るだけでなく、テレビなどの取材にもたくさん応じてホロコースト時代のことやアンネ・フランクとの思い出を語ってきた。

現在、世界中の多くのホロコースト博物館、大学、ユダヤ機関がホロコースト生存者らの証言をデジタル化して後世に伝えようとしている。ホロコーストの当時の記憶と経験を自ら証言できる生存者らがいなくなると、「ホロコーストはなかった」という"ホロコースト否定論"が世界中に蔓延することによって「ホロコーストはなかった」という虚構がいつの間にか事実になってしまいかねない。いわゆる歴史修正主義だ。そのようなことをホロコースト博物館やユダヤ機関は懸念して、ホロコースト生存者が元気なうちに1つでも多くの経験や記憶を語ってもらいデジタル化している。だがホロコーストを経験した生存者は当時の悲惨な体験を子供たちや世間の人に語りたがらない人の方が多い。

▼ハンナ・ゴスラーの証言動画

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

佐藤仁の最近の記事