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石原慎太郎氏の死去を米有力紙はどう報じたか 日本のメディアが報じない性差別、人種差別、南京事件否定

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
米有力紙は総じて石原氏をナショナリストと呼んでいる。(写真:ロイター/アフロ)

 作家で元東京都知事の石原慎太郎氏が死去した。

 石原氏は、アメリカでは、ジャパン・バッシングの嵐が吹き荒れていた日米貿易摩擦時代、ソニーの創業者盛田昭夫氏と共同執筆した『「ノー」と言える日本』の中で、日本の技術の優位性やアメリカにある人種的偏見を批判し、アメリカに対して立ち向かうよう訴えたことで知られる。

 そんな石原氏の死去をアメリカの有力紙はどう報じているのか?

 日本のメディアの報道を見ると、ほとんどのメディアが同氏は偉大な政治家だったというような賛美に終始している。それは“死者に鞭打たない”という気遣いからなのか、何かに忖度しているからなのか、あるいは日本の報道の自由度が低いからなのだろうか。

 一方、アメリカの有力紙は容赦なく、石原氏の負の側面も報じている。

差別発言で思い出される

 米有力紙ワシントン・ポストは、石原氏が東京五輪招致に尽力したりディーゼル車を規制したりしたことに触れつつも、「しかし、石原氏は、議員として、主に自民党のメンバーとしての30年の在任期間中、女性や人権団体をしばしば怒らせる性差別発言や人種差別発言をしたことで、より記憶されていた」と石原氏が差別発言の方でより知られていたと冒頭部分で指摘している。

 米有力紙ニューヨーク・タイムズは、具体的な性差別発言も紹介している。それは、2001年のインタビューで、石原氏がした「閉経して子供を産めない女が生きているのは無駄」という発言だ。この時、女性グループは発言の撤回と損害賠償を求めている。

 また、両紙はともに、石原氏が、2011年に起きた東日本大地震や津波は日本のエゴイズムに対する天罰だと言って波紋を呼んだ“天罰発言”にも言及した。

扇動者として認知されていた

 米有力紙ウォール・ストリート・ジャーナルは「彼はアメリカ人や中国人、そして自国民を何度も怒らせた扇動者としてのキャリアで国際的に認知された」と石原氏の扇動者的側面が世界的には知られていると指摘。

 また、その極右的側面について、「石原氏はフランスのジャン=マリー・ル・ペン(フランスの極右政治家。フランスの政党である国民戦線創始者、初代党首)のような人物だと例えられた」とし、同氏が1973年に若い政治家たちと国粋主義グループ青嵐会を結成して憲法改正や核武装というイデオロギーを主張したこと、青嵐会は1970年代、灯台をつくるために、尖閣諸島の一つに大学生を送ったことにも言及している。

アメリカを挑発

 同紙はまた、石原氏は著書『「ノー」と言える日本』を出すまで海外ではほとんど知られていなかったとし、「多くの日本の政治家は日本が防衛で米軍に依存していることに気づいて緊張を抑えようとしたが、石原氏はアメリカを嘲って挑発した。彼は当時日本がセミコンダクター分野で優勢だったため、日本が今やより力のある同盟国であるとにおわせた」「彼は、アメリカの人々が他国に伝統的価値観を捨てるよう強いることは野蛮行為であり、日米貿易摩擦の根幹にはアメリカ人の人種的偏見があると主張した」とアメリカに挑戦的な姿勢を見せていたと指摘しつつ、「政界の既成勢力をあきれさせながらも、石原氏の発言は日本の多くの大衆にうけ、彼らはポリティカル・コレクトネス(政治的公正)を無視して外国に抵抗する同氏に高得点を与えた」と人々が石原氏を評価していた点にも触れている。

 さらに、「日本におけるアメリカに懐疑的な右翼の短い繁栄は、日本経済とともに、1990年代、色あせた。日本企業が結局世界を乗っ取れないことが明確になったからだ」と日本が“失われた30年”に突入し、右翼の繁栄が終わったことを示唆している。

南京事件を否定

 エンターテインメント紙バラエティーも「石原氏は極端に国粋主義的見方や物議を醸す発言をしたにもかかわらず、1999年から2012年まで、3度再選されて都知事を務めた」とし、「2000年4月のスピーチで、彼は、かつて、日本に在留していた朝鮮の人々や台湾の人々を軽蔑的に言うのに用いられた“三国人”という言葉を使ったが、辞任を免れた」と差別発言をしても在任し続けたと指摘。

 また、「彼は、南京事件=1937年に起きた日本軍による包囲攻撃と大虐殺は作り話と言う大虐殺否定論者でもあった。2007年の映画「南京の事実」を支援した」と石原氏が南京事件を否定していたことにも言及している。

ALS患者を傷つける発言

 通信社のロイターは「石原氏の都知事としての在任期間は物議にまみれたものだった。同氏が歯に衣着せぬ右翼的見方をしたり、中国や、LGBTQ、外国人、高齢の女性に対する物議を醸す発言をしたりしたためだ」とし、前述の“天罰発言”に加えて、2020年8月のエッセイの中で「ほとんどすべての日本人政治家は子供っぽい」と書いたことや、ツイッターでALS(筋萎縮性側索硬化症)患者を傷つける発言をして大騒ぎとなったこと(2人の医師がALSの女性患者の依頼で、女性患者を死に至らしめた事件について、石原氏が自身のツイッターに「業病のALS」と投稿した問題)を紹介している。

 さらに、「彼の最大のレガシーは、東シナ海の尖閣諸島は重要な日本の資源だと言って東京都が購入すると提案し、中国との煮えたぎる喧嘩に新たに火をつけたことだ。政府は最終的に島を国有化したが、その動きは裏目に出て、中国で反日運動やボイコットが起きた」と同氏が日中対立を悪化させたとしている。

“石原節”でうやむやに?

 米メディアが指摘する石原氏の様々な問題発言。しかし、そんな同氏の問題発言も、日本では“石原節”という一言でうやむやにされているように感じられる。

 人の一生は様々な功罪に彩られている。賞賛されることもあれば、批判されることもあるだろう。石原氏にも、人々の教師のようなところもあれば、人々の反面教師のようなところもあったと思う。

 日本のメディアは、石原氏の一生が回顧されている今、教師だった石原氏ばかりに目を向けるのではなく、反面教師だった石原氏にもフォーカスし、人々に自由に議論する場を与えることで、問題に気づかせ学びを与えることもできるのではないか。

 歯に衣着せることなく発言していた石原氏である。同氏なら、自身に対する歯に衣着せない容赦ない報道も空の上で歓迎し、それに対してまた歯に衣着せず反論することだろう。その発言は問題視されたものの、自由に発言し議論することこそ石原氏が求めていたものではなかったのだろうか。

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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