台湾オープン準優勝の土居美咲。「調子が良い訳ではない」中での好結果こそが、追い求めた「底上げ」の証
「私は初戦でマッチポイントまで追い詰められていた。だからとっくに、ドイツに帰る飛行機に乗っていたかもしれないの」
2週間前のメルボルン――世界1位のセリーナ・ウィリアムズを破り全豪オープンの頂点に立ったアンジェリーク・ケルバーは、表彰式のスピーチで、どこか夢心地な表情と上ずった声でそう言った。
メルボルンから遥か離れた日本で、土居美咲(24歳)はその模様をモニター越しに見ながら、熱い感情が身体を満たすのを感じていた。栄光の真っただ中に居るその全豪オープン優勝者を、初戦でマッチポイントまで追い詰めた選手こそが、他ならぬ土居なのだ。
「もちろん、そんなに簡単な世界でないことは分かっているから、あの試合で勝っていたら私があそこ(決勝)に行けたとまでは思わないけれど……」。2週間前の心境を振り返り、謙遜した笑顔を見せながらも、土居は断固たる口調で続けた。
「間違いなく言えるのは、全豪優勝者に勝てるところまで行ったという事実があること。連戦のトーナメントを勝ち上がっていけるかはまだ分からないけれど、それだけの実力はついてきているなと感じます」
昨年10月にルクセンブルグでWTAツアー初優勝しランキングを60位まで上昇させた土居は、11月のWTAチャレンジャー(ツアーよりも1ランク下部の大会)でも準優勝。そして先週の台湾・高雄市開催の台湾オープンでは、決勝こそ世界12位のビーナス・ウィリアムズに4-6,2-6で敗れはしたが、WTAツアー準優勝の好結果を残した。さらには先述した通り、1月の全豪オープンでは最終的に同大会を制したケルバーをあと1ポイントまで追い詰め、会場のファンからは幾度も大声援を引き起こした。土居は159センチと小柄だが、鋭く振り抜く左腕から放つ強烈なストロークで相手を振り回し、次々にウイナー(相手のラケットに触れず決めるショット)を叩き込む、超攻撃型テニスを身上とする。躍動感にあふれるプレーは戦地を問わず、常に観る者をひきつけるほどに魅力的だ。
ただしかつての土居は、豊かな才能と攻撃的姿勢がもたらす負の側面とでも言おうか、“当たり外れの大きな選手”であった。調子が良い時は誰が相手でも圧倒するが、得意の強打が入らない日は、ミスを重ねて敗れてしまう。安定しない成績が、ランキングの伸び悩みの要因でもあった。
それが現在の好成績頻発に到ったのは、決して一つの“契機”によるものではないだろう。過去の快勝からは自信と歓喜を、悔しすぎる敗戦からは課題と悔しさを、常に彼女は漏らすことなく持ち帰ってきた。そして、それら集めたファクターを一つにつなぎ合わせる上で大きな指南役となったのが、昨年4月から師事したコーチのクリス・ザハルカであるようだ。指導経験豊かなコーチの指導のもと、「一つひとつのショットの質をあげていくこと」に重点を置き、土居曰く「とても地味な練習」を繰り返した。一つのショットを何度も繰り返して打ち、その度に細かいチェックを受けて修正する。あるいは、スイングスピードを上げることに特化した練習を繰り返すことで、打てるストロークの幅や選択肢も広がった。
その結果としての「底上げ」を何より強く実感できたのが、今回の台湾オープンでの準優勝だと、土居は言う。実は今回は大会を通じて、決して調子がよい訳ではなかった。上下変動の激しい気温及び湿度と強風にも悩まされ、ラケットのストリングがボールを捕らえる心地よい感覚は得られなかった。それでも決勝までの3試合、土居は一つもセットを落とすことなく、スコア的には快勝を重ねていく。
「そんなに自分の調子は良くない中で決勝に来られたので、ボトムアップできた感じがする。こういうトーナメントも必要なので、そういう意味では、決勝では負けたけれど良い大会でした」
台湾での一週間を、土居はそう定義した。
「フィーリングが、最後までガチっとはハマらなかった……」
不服そうに首を捻る姿と、それでも残した準優勝という好成績――相反するこれら二つの陰陽こそが、彼女が歩んできた成長の足跡と、この先も続く道を浮かび上がらせていた。