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山の上ホテル、学士会館、、、昭和の雰囲気を楽しめるのはあとわずか

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
建築家ヴォーリズが設計、1937年に建設された。(画像・筆者撮影)

 インバウンド観光客の誘致など、観光振興が国の重要課題とされる中で、東京都内にも次々と外資系をはじめとした高級ホテルが開業している。しかし、世界の多くの都市には、それぞれの都市を象徴する個性ある小ホテルが人気を呼んでいる。

 そんな中で、東京都内から、二つの個性的なホテルが消えようとしている。建て替えされ、新たなホテルとして再スタートする可能性があるにしても、これまでのような雰囲気は引き継げないかも知れない。観光振興の面からも少し残念な気もする。

・山の上ホテルは2024年2月12日が最終日

 JR御茶ノ水駅から、神保町に向かって坂を下る途中、明治大学のキャンパスの間にある小さな坂道を少し上がったところに山の上ホテルはある。

 作家や作家志望者などはもちろん、多くの人を惹き付けたそのホテルが、2月13日から休館する。休館後の予定は発表されていない。

 休館が発表されて以降、名残を惜しむ多くの人たちがホテルを訪れている。宿泊は、2月11日のチェックイン、12日のチェックアウトが最終となる。三島由紀夫をはじめ多くの作家や編集者が通ったというバーノンノンは11日夜まで。その他のレストランなどは12日夜までの営業となっている。すでにいずれも予約はいっぱいで、見学やホテルのオリジナルグッズを買い求める人たちが、たくさん訪れている。

35室の客室は全て間取りやレイアウトが異なっている。駿河台からの眺めは、まさに山の上を感じさせた。(画像・筆者撮影)
35室の客室は全て間取りやレイアウトが異なっている。駿河台からの眺めは、まさに山の上を感じさせた。(画像・筆者撮影)

・2019年に改修を終えたばかり

 丘の上に立つ個性的なアール・デコ様式の建物は、1937年の建設当時はホテルではなかった。福岡県出身の実業家である佐藤慶太郎氏が、衣食住、家庭経済、風俗習慣などの生活改善研究の拠点として開設した「佐藤振興生活館」の本部ビルとして、アメリカ人建築家、ウィリアム・メレル・ヴォーリズが設計したものだ。第二次世界大戦後は、戦後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)に接収され、「HILLTOP HOUSE」と呼ばれるようになり、接収が解除された後に1954年からホテルとして開業した。

 年月の経過で次第に本来の意匠が薄れていたこともあり、2019年に竣工時の図面を元に改修が行われた。それだけに、今回の休館の発表は多くの人たちに驚きを持って受け止められた。

美しく修復されたアールデコ調の階段のデザインも魅力の一つだ。(画像・筆者撮影)
美しく修復されたアールデコ調の階段のデザインも魅力の一つだ。(画像・筆者撮影)

・「カンヅメ」憧れた人々

 その後、わずか35室のこのホテルは、多くの出版社、書店、古書店、大学などが多くある地域にあったことから、文化人の利用が多く、出版社が作家に原稿を書かせるために「カンヅメ」(缶詰とも、館詰とも)にするホテルとしても有名となった。多くの作家が、いつかこのホテルで「カンヅメ」なることを憧れてきた。

 ホテルのある御茶ノ水界隈には大学も多くあり、このホテルに憧れと思い出を持つ人は多い。1月末の平日も、館内を見学する人たちも多く、バーノンノンは開店時間の前から多くの人が列を作っていた。

 休館後については、発表されていないため、どうなるのかは判らないが、建て替えとなれば数年から5年程度はかかるだろう。

右の4階建てが1928年築の旧館、左が後方が1937年に増築された新館。(画像・筆者撮影)
右の4階建てが1928年築の旧館、左が後方が1937年に増築された新館。(画像・筆者撮影)

・学士会館は、2024年12月で休館。新館は解体へ。

 山の上ホテルから、歩いて10分ほどのところにあるのが、学士会館だ。学士会とは、1886年に設立された旧帝国大学系大学の出身者等を主な会員とする組織であり、その親睦の場として1928年に建てられたのが学士会館だ。関東大震災後に建築された震災復興建築の一つとして知られ、国の登録有形文化財に指定されている。

 学士会館は、開館から100年近くが経過し、老朽化が目立ち、耐震補強の問題が深刻になっていた。また、白山通りの拡幅が計画されていることもあり、学士会単独事業ではなく、隣地所有者との共同事業での再開発が行うこととなった。

 こちらも最終的な計画は発表されていないが、1928年築の旧館は曳家技術を利用し、保存されることになっているが、1937年築の新館は解体されることが発表されている。

 2029年8月には、道路の拡幅による7メートルのセットバックと、周辺との一体開発になり、旧館は残されるものの景観は大きく変わるだろう。

宿泊者用談話室。クラシックな館内は、映画やドラマなどでも利用されてきた。客室も今のホテルにはない雰囲気。(撮影・筆者撮影)
宿泊者用談話室。クラシックな館内は、映画やドラマなどでも利用されてきた。客室も今のホテルにはない雰囲気。(撮影・筆者撮影)

・昭和初期の雰囲気を体験することができるのは、あと少し。

 ホテル、結婚式場、レストラン、美容室を備え、昭和初期の雰囲気を色濃く残す館内は、ドラマや映画などのロケにも使われてきた。近年では、2013年のドラマ『半沢直樹』の最終回で大和田常務が半沢直樹に土下座する場面で登場し、話題となった。

 学士会館は、2024年12月で休館し、2025年1月から工事が始まり、2029年8月に再開発事業の完成が予定されている。工事期間中は全面休館となる。レストランの一つである「ラタン」は、すでに閉店しており、中華料理と和食、コーヒーショップの三店は2024年12月まで営業の予定だ。昭和初期の雰囲気を体験することができるのは、あと少しの間だ。

学士会館の談話室。ゆったりとした時間が流れている。(画像・筆者撮影)
学士会館の談話室。ゆったりとした時間が流れている。(画像・筆者撮影)

・都市観光の魅力の一つでは

 日本を訪れる富裕層の観光客と話をすると、「有名高級ホテルチェーンは、どこで泊まっても大差がない。特徴ある小規模なホテルに宿泊したい」と言われることが多い。日本の場合、その条件に合うのが高級日本旅館であることは確かだが、都市部に歴史的な建物を利用した小規模なホテルが、都市観光の魅力となることも確かだ。

 耐震補強工事や都市の再開発事業などの理由から、山の上ホテルや学士会館のような古い施設が失われていくのは、経営的な問題もあり致し方のないことだろう。しかし、山の上ホテルも学士会館も、今後については詳細がまだ発表されていないが、都市観光の魅力の一つとして、営業が再開された時には、せめてこれまでの雰囲気やサービスをできるだけ引き継いで欲しいものだ。

神戸国際大学経済学部教授

1964年生。上智大学卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、京都府の公設試の在り方検討委員会委員、東京都北区産業活性化ビジョン策定委員会委員、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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