「安倍首相の意向」文書につき菅官房長官の記者会見をチェックしてみる
先日来、文部科学省の内部文書とされる文書が流出して以降、加計学園が愛媛県今治市に新設予定の獣医学部について、「安倍首相の意向」によって中立であるべき国家行政の執行が歪められたのではないか、という疑問が生じています。今日は、前文部科学省事務次官(事務次官は文部科学省の事務方のトップです。前川氏は政治家以外では日本国の教育行政のトップだったと言うことです)だった前川喜平氏が実名を公表して週刊誌や新聞のインタビューに答えており、この問題の画期を迎えたと言えます。
そのような中行われた菅義偉官房長官の5月25日午前の記者会見がどのような様子だったのか、該当箇所の文字起こしをしてみました。以下、囲いで逐次文字起こし部分を示しながら、筆者の考えるところを記そうと思います。菅官房長官の記者会見は首相官邸のサイトで閲覧できます。
記者会見の書き起こし
菅:お願いいたします。
記者1:朝日新聞のヒサナガと申します。加計学園についてお伺いいたします。獣医学部新設に関して、総理のご意向が会ったなどと記された文書について、全文科次官の前川氏が、在職に示された、実在する文書であるという旨の証言を致しました。17日の会見で、長官は、怪文書みたいな文書である、という言及をされましたが、怪文書との認識はお変わりないでしょうか。(0:43)
菅:え、まずですね、今日の報道で承知しています。で、今言われました文書について、文部科学省が行った調査結果では、存在は確認できなかった、こういうふうに報告を受けております。また、報道の内容に関連して、獣医学部の新設に関する一連のプロセスについて、内閣府と文部科学省に確認したところ、内閣府は文書に書かれているような、官邸の最高レベルが言ったとか、あるいは、総理のご意向とか、いうことを言った事実はないし、総理からそういった指示は一切なかった、こういう報告を受けています。ま、一方で、文部科学省の方でも松野文部科学大臣が国会で答弁したとおり、総理から文部科学大臣及び文科省に対し、指示を受けたことは一切なかった、ま、こういうふうに・・ま、説明をしております。また、文書の中に、私の関係が書かれている部分があります。私はそうした書かれているような説明を受けた覚えは全くありません。そして、私の補佐官にも状況説明したということですけれども、補佐官に確認しても、全く、そうした事実はない、というふうに聞いております。また、今回の報道で、前川氏は、文部科学省を辞めた経緯について、まあ、自分に責任あるので、えー、自ら考えて辞任を申し出た、こういうふうな記事がありましたけれども、私の認識とは全く異なっておりまして、前川氏は、今回の文科省の天下り問題については、再就職監視委員会、その調査に対して問題を隠ぺいした文部科学省の事務方の責任者であって、また、かつ、本人も文科省の再就職の、OBの再就職の斡旋に直接関与していた、こういう報告になっています。そうした状況にもかかわらず、当初は責任者として、自ら辞める意向を全く示さず、地位に連綿としがみついておりましたけれども、この天下り問題に対する世論からの極めて厳しい批判等に晒されて、最終的に辞任をされた方である、このように承知しています。私から、今の質問について以上です。(3:13)
冒頭の質問からして、菅官房長官は、前川氏が文書は本物であると証言したことを経て、当初の記者会見で怪文書呼ばわりしたことについて、認識に変わりはないか尋ねられているのに、それについて返事をせず、前川氏が文科省を辞職するに至った経緯について、前川氏の悪口を並べ立てています。政府の責任者が国民に対してものごとを説明する姿勢としては極めて行儀が悪いといわざるを得ないでしょう。
記者1:関連して朝日新聞のヒサナガです。前川氏はその証言の中で、加計学園を前提にして選定が進んでいた、行政が歪められた、ということも言ってるんですが、この点についてはいかがでしょうか。(3:27)
菅:あの、これについてはですね、え、全くそういう事実はないというふうに思います。国家戦略特区については、過去何年も、まあ、手がつけられていなかった規制の岩盤にドリルで風穴を開ける制度であります。今回の獣医学部新設については、国家戦略特区法に基づく手続を経て、行政が歪められたとは全く、指摘は当たらないと思います。例えば、今日まで、農業委員会の見直しだとか、一般企業による農地の取得、また、病床の緩和など、民主党政権でも閣議決定もされたにもかかわらず、棚晒しになっていたものであります。さらに獣医学部の新設でありますけれども、今治市が平成19年以降、十五回続けて、愛媛県と共同で構造改革特区を活用した提案を行い、提案の当初から加計学園が候補として記載されていたということも、これ、事実です。民主党政権の間にも、七回にわたって要望があり、それまで対応は不可とされてきた措置を、平成21年度の要望以降は、実現に向けて検討、と民主党政権でも格上げをされております。そして、それを、安倍政権が更に前進をさせて実現された。これが事実であります。なお、今治市は、今治新都市開発事業に着手した昭和58年から、すなわち加計学園による獣医学部の誘致を決める前から、今回無償譲渡する土地を、高等教育施設用地と位置づけて、歴代の首長が大学誘致を目指し、市議会も、将来的に市が土地を購入することを平成12年、平成19年、平成20年と三回にわたって議決をしていた、え、このように報告を受けております。(5:48)
国家戦略特区を用いた獣医学部の新設については、京都産業大学も応募を検討していたのに後付けの条件の追加で応募ができなくなったことがすでに報道されています(5.22朝日新聞「加計学園以外の応募、「原案」では可能 獣医学部新設」等)。一方、菅官房長官自身が述べるように、平成19年の段階から、加計学園を候補として、今治市・愛媛県共同で構造改革特区を活用した提案があったようです。そして、愛媛県知事に対して、内閣府から、国家戦略特区を用いた申請に変更するように助言があったことも報道されています(5.25共同通信)。政府の京産大に対する“塩”対応と加計学園に対する甘い対応の差は歴然としているといえるでしょう。安倍首相が加計学園の代表者を「腹心の友」と呼び、首相就任後、繰り返し会食やゴルフをしていると言われる状況で、安倍首相が諮問会議の議長を務める国家戦略特区で、このような対応の差があったことについて、民主党政権云々を言っても説得力はないように思います。
菅官房長官は土地の無償提供だけに言及して不正は無いように言いますが、獣医学部の新規設置許可自体が52年ぶりで、定員に不足はないとする獣医師会等の反対を押し切ったものである上、今後、加計学園が今治市に獣医学部を設置するについては、税金から数十億円の補助金が交付されるとされており、これらの点に言及しないのはフェアではないでしょう。
記者1:関連して朝日新聞のヒサナガです。あの、前川氏は、今回の当該文書はある、というふうに証言をしているわけですけれども、文科省は文書の存在を確認できなかったという調査結果を公表しています。再調査の必要についてはどうお考えでしょうか。(6:04)
菅:いずれにせよ文科省で、えー、適切に対応されるんだろうというふうに思います。(6:13)
記者1:最後に関連して朝日新聞のヒサナガです。野党側は、前川氏の国会招致を求めていますが、これについてはどのようにお考えでしょうか。(6:20)
菅:ま、国会のことは、従来通り、国会で決められることだろうというふうに思います。(6:25)
「安倍首相の意向」文書の問題が浮上した当初、菅官房長官は、文科省が調査中なのに「全く、怪文書みたいな文書じゃないか。出どころも明確になっていない」(5.18朝日)と決めつけたのに、前川氏が実名を公表して証言をして守勢になると「文科省が対応する」と対応を丸投げするのが不自然ですが、もともと文科省内の文書なのでこれが本来の対応で、当初の「怪文書」という決めつけが越権的な発言だったように思います。
国会での参考人招致について国会が決めること、というのもそれ自体は官房長官の回答としては教科書回答とも思えますが、記者が問うているのは、この件の糾明に関する政府の姿勢なので、聞かれていることをそらして回答していることになります。本来なら「政府としても参考人招致はやぶさかではないが、国会で決めて頂くことだろう」と答えるべきで、政府が真相究明に後ろ向きであることはこの菅官房長官の発言から言えるでしょう。
記者2:TBSのハシグチです。関連して伺います。え、前川前次官はですね、TBSのインタビューの中でも、えー、怪文書ではないというふうに証言しています。官房長官はこれまで会見で何度もですね、信憑性はないというふうに答えている中で、改めて、前川氏はこのような証言をしていることについてどう受け止めておられますか。(6:47)
菅:今、私が申し上げたとおりであります。文書については、あー、文科省が行った調査では存在を確認できなかった。そしてあの文書に書かれているように、官邸の最高レベルがいっているとか、総理のご意向がとかいうことは内閣府は言った事実はないということを、報告を受けております。(7:11)
菅官房長官はここでも「今まで怪文書だ、信憑性はないと言ってたのに前川氏は本物と言ったじゃないか。それをどう思うのか」という趣旨の記者の質問に答えていません。
記者2:関連して伺います。先ほど、調査については文科省に、あのー、任せるというふうに仰いましたけれども、政府として、その、こういう証言をしている前川氏にですね、直接話を聞いたりする機会を設けるというお考えはないでしょうか。(7:25)
菅:いずれにせよ、あの、文科省の方で対応するんだろうと思います。(7:29)
先ほどと同じように、押し込まれると、文科省に責任転嫁します。
記者2:関連して伺います。さらに、あの、インタビューの中ですね、あの、先ほども長官がお答えになっていましたけれども、前川氏は、文科省の力が及ばずにこういう形になっている行政の形はおかしいんだと説明する責任はあると、あるものを無いと言ったり、知っていることを知らないというのはこれ以上やるべきではないということを述べています。国家戦略特区をめぐって、文科相の元トップがここまで証言されていることについて、政府としてどうお考えになりますか。(7:56)
菅:ご自身が・・責任者のときに、もしそういう事実があるなら堂々と言うべきじゃなかったですか。(8:04)
国家公務員は職務遂行について守秘義務を負っているので、菅官房長官の言う「堂々と言う」というのは、記者会見とかではなく、安倍首相の方針に、国民には見えない霞が関の省内で、政府に対して異を唱えて抗命すれば良いじゃないか、という趣旨になると思われますが、それは無茶苦茶な話だと思われます。菅官房長官は、事務次官がそんなことをできる訳がないことを知りながら言っているように思えてなりません。この点について記者が突っ込みを入れないのは何故なのでしょうか。
記者3:ジャパンタイムズの???と申します。あの、官房長官が先ほど言われたことはですね、まあ、内閣府なり、担当者はそう言ってるだけで、はっきり言えば証拠は何もないわけですよね。ですからまず、この文書がちゃんとあるのかどうかと、まず確認するのが先決で、まあ、それにじゃあ、文科省のですね、まあ、総理のいわれたような発言がちゃんとあったらどうかとはまたちょっと若干別の問題だと思うんですけれども、その、前川さんは朝日新聞のですね、インタビューの方で、あのー、文書を専門教育科の職員から貰ったと。それから、昨年の9月9日から10月31日の間にですね、あの、そういう説明を受けたと、文書は9月28日、10月4日にまあ二つ貰ったと。日時と、貰った人まで特定して答えているんですけれども、これに対して、文科省の調査はですね、共有ファイルを見ているだけで、個人のパソコンは何も見てない、ということで、はっきり言って、これはもう、何も子供だましに等しい調査だと思うんですね。ですから、まあ、ここら辺を踏まえて、例えば、専門教育科の人に聞くなりですね、個人のパソコンを調査するなりですね、そういう物証の調査がしっかりないとですね、あの、水掛け論になると思うんですけれども。こういった調査は必要じゃないですか。(9:15)
菅:文部科学省で調査した結果、無かったって言ってる訳ですから、それはやはり、文科省を尊重する、文科省で対応する、話だというふうに思います。それと同時に、ご自身が事務次官のときですから、そこについて・・そこはあのー当時のあの新聞報道によれば課長ですか?あーどなたかの説明を受けたということを言われてました。あの、文科省においても適切に調査している。こういうふうに思っています。(9:48)
この菅官房長官の回答は文字の上でも混乱しており、動揺が見てとれます。筆者が考える、この場合の菅官房長官の教科書回答は「前川氏の公然とした発言を受け、そのような文書が存在しないか、個人のパソコンまでチェックするよう、文科省に再度求める。」ですが、そのように言えない事情があるのでしょう。
記者3:ジャパンタイムズの???です。確認ですけど、、文科省が対応されるって話ですけれども、専門教育科の職員に聞き取りを行うなりですね、個人のパソコンを調べるなり、ということに関してはしないんでしょうか。(10:01)
菅:あのー、いずれにせよ文科省で対応<メモの差し入れ>・・することですけれども、文科省の調査では、担当課の職員にも聴取を行った上で、えー、該当する文書の存在を確認できなかった、こういうふうに報告をしているところであります。<メモを演台に置く>(10:25)
記者3:ジャパンタイムズです。それは先ほども聞きましたし、前から聞いてるんですが、要するに、今回の事態を受けてですね、個人のパソコンを調べたり、改めて職員から聞くということは、しないんでしょうか。(10:37)
菅:ですから、そのえー、担当課があの説明してるようだということですけれども、先般の調査において、担当課の職員にも調査を行った上で、(ママ)担当する文書の存在は確認できなかった、とされている。えーそういう報告を受けているということであります。
記者3:ジャパンタイムズです。恐縮ですけれども、先般の調査の話は聞いてますし、先般の調査はパソコンも調査してないでしょうと、今回の前川さんの証言も出ていない時点ですと、改めて専門教育科の人に聞いたり、個人のパソコンを調べたりはしないんでしょうか。(11:16)
菅:ですから、そこはあのー、文科省において適切に考えるだろうというふうに思います。(11:22)
ここで事務方からメモの支援が入りますが、前川氏の発言の前の調査に関することを繰り返して答弁しており、言い間違えもしており、回答に窮して動揺しているように見えます。そして、またしても文科省に責任転嫁しています。
記者4:東京新聞のウキシマです。あのー先ほどあのー冒頭の質疑の中で、えー前川前次官がですね、辞められた経緯について、まあインタビューで答えられていることと私の認識は全く異なる、とご説明がありましたけれども、これを踏まえてですけれども、まあ、前川氏がインタビューで答えている、まあ今回の一連の証言についての全体の信憑性についても政府としては疑っているというか、まあ高くない<回答に遮られる>(11:51)
菅:ですから文科省の調査と結果と違うと言われてるんじゃないでしょうか。(11:56)
これも記者の質問に対する回答になっていません。結局、前川氏が実名を公表して文書が本物であると証言した今日の時点で、菅官房長官は、切り抜ける方策がなく、最後は「文科省が対応する」と予告せざるを得ないのだと思います。そして、このあと、記者会見は別の話題に移っていきました。
まとめ
すでに、文科省のメモが世に出てから一週間ほど経っており、当初から調査の不十分さが指摘されているのに、文部科学省の前事務次官(事務方のトップ)が実名で告発していることに対して、事実関係の確認すらできないのが今の安倍政権だと言えるでしょう。筆者には、事実を確認せずに切り抜ける方策を考えているように思えてなりません。
そもそも、国民主権の下、政府が国民に対して行政の執行状況について説明責任を負っていることは言うまでもなく当然のことです。一方で、野党議員が本当に虚偽の文書を持ち出して政府を追及した、というのなら、その議員の政治生命にかかわる問題で、実際、過去には虚偽メールに基づいて政府を追及してしまい、自ら命を絶つことになった議員もいた訳です。「安倍首相の意向」が記載されたメモについて、本物だとも、ニセモノだとも言わず、「存在を確認できない」と断言を避ける安倍政権の姿勢は、それ自体が、国民に対して不誠実だといわざるを得ないでしょう。
菅官房長官の記者会見での答えも、質問に答えず、聞かれたことと違うことを答え、都合が悪くなると責任を他に転嫁するという、国民に対して非常に態度の悪いものです。マスコミの記者は、もっと、厳しく追及して頂く必要があるのではないかと思います。このような官房長官の態度の悪辣さ自体を、もっと報道すべきでしょう。また、情報の受け手の側でも、「その指摘は当たらない」などと格好良く答弁しているように見える菅官房長官が、実は、記者会見でアップアップしていて、決めぜりふの部分だけ切り取られて報道されている、という事実はもうちょっと浸透しても良いのではないかと思います。
追記(2017.5.26)
昨日来、NHKがこの菅官房長官の記者会見に基づき、非常に偏った報道をしているので、続編を書きました。合わせてご覧下さい。
追記2(2017.5.26)
5月26日の午前の菅官房長官の記者会見をNHKがどう報じたのか、さらに文字起こしして分析しましたので、こちらも合わせてどうぞ。