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AI利活用で言語的バリアなしの国際交流授業は可能か?

鈴木崇弘政策研究アーティスト、PHP総研特任フェロー
メルバ・プリーア・メキシコ全権大使と院生たち 写真:城西国際大学GSIA提供

 筆者は、所属の城西国際大学大学院国際アドミニストレーション研究科(GSIA)で、同僚の黒澤武邦准教授と共に、AIの翻訳ソフトを利活用したオンラインおよび対面授業の展開に挑戦している。

 その科目は、国際交流の科目である「特別講義a:国際理解・展望」で、次の3つが目標およびテーマである。

1. 国際的な広い視野に立って各国の社会経済の動向について学習する。

2. 各国関係者らゲスト・スピーカーとの交流を通して国際的かつ学際的教養について理解を深める。

3. 「政策研究」「国際研究」「国際企業研究」「観光研究」の各自の研究テーマにおける学術的な示唆を得る。

 本年度秋学期では、本授業の対象の地域・国として、「カナダ・ケベック州」「エストニア」「メキシコ」を選んだ。同授業の参加院生が、グループに分かれ、対象の地域・国について事前に調査・研究し、ゲスト・スピーカー(GS)による講義の際の質問項目などの事前準備を行った。そして、別の日のGSによる講義の後、参加学生が様々な質問をして、講義の内容の理解の深化に努めるという形式をとった。

 なお、各講義の内容および講師は、次のとおりであった。

1.「Québec business destination」(同時双方向型オンライン授業)

ローラン・トレンプ氏(カナダ・ケベック州政府在日事務所広報・プレス担当官)

ローラン・トレンプ・カナダ・ケベック州政府在日事務所広報・プレス担当官と院生たち 写真:城西国際大学GSIA提供
ローラン・トレンプ・カナダ・ケベック州政府在日事務所広報・プレス担当官と院生たち 写真:城西国際大学GSIA提供

2.「e-Estoniaへようこそ 最もクールなデジタル社会」(GSオンライン・ハイフレックス型授業)

オリバー・アイト氏(在日エストニア共和国大使館商務官)

オリバー・アイト在日エストニア共和国大使館商務官の講義風景 写真:城西国際大学GSIA提供
オリバー・アイト在日エストニア共和国大使館商務官の講義風景 写真:城西国際大学GSIA提供

3.「Mexico and the Future of its Relations with Japan」(GS対面・ハイフレックス型授業)

メルバ・プリーア氏(メキシコ全権大使)

メルバ・プリーア・メキシコ全権大使の講義風景 写真:城西国際大学GSIA提供
メルバ・プリーア・メキシコ全権大使の講義風景 写真:城西国際大学GSIA提供

 GSの講義および質疑応答は、基本的に英語で行われたが、本授業の参加院生には、英語が得意な者もいるが、多くは必ずしも得意ではない。そこで、本授業では、AI翻訳ソフトを利活用し、英語の講義や質疑応答は日本語訳が画面で見られるようにした。同ソフトは、英・中・韓国語の他、フランス語・スペイン語などの世界110言語の音声翻訳に対応できるそうだが(注1)、本授業は飽くまで大学の正式な科目なので、筆者ら教員が、同翻訳ソフトの翻訳精度の確認をしながら、本授業の質をある程度確保する必要がある。そのため、GSの第一言語は必ずしも英語ではなかったが、使用言語を日本語および英語に絞った。

 また本授業の展開における準備作業の中で、翻訳ソフトは、オーディオ環境などの関係で翻訳に混線が生じたり、スピーカーの話しぶりなどにより翻訳精度にバラツキがでたりすることがわかった。そこで、スピーカーの方には、次のようなガイドラインを事前に提示し、翻訳精度が高まるような工夫も行った。さらに、GSには、AIソフトを活用した授業であることについても事前に説明し、了解を得るという対応もとった。

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        Special lecture a…General Guideline

 今回の講義では、AIによる同時翻訳システムを利活用して、運営しています。完ぺきな翻訳ではない場合もありますが、新しい国際教育の可能性を追求するトライアルとして実施しています。

 つきましては、講義の際には、次の点にご留意ください。よろしくお願いします。

 In this lecture, we are using an AI-based simultaneous translation system to manage the class. Although the translation may not be perfect, we are conducting it as a trial to pursue the possibility of new international education.

 Please keep the following points in mind during your lecture. Thank you very much for your cooperation.

1. 可能なら、音声認識を高めるために、PC標準搭載のマイクではなく、ヘッドセットでお話しください。

1. If possible, please speak with a headset instead of the standard PC microphone to enhance your speech recognition.

2. 「ゆっくり」、そして「はっきり」とお話しください。

2. "Speak slowly and clearly.

3. 特に固有名詞等は、単語を切ってお話しください。

3. For proper nouns in particular, please separate the words.

4. お話しされる際のセンテンスはできるだけ短く、区切ってお話しください。

4. Keep your sentences as short as possible, and break them up.

 なお、このような言葉の使い方を、「Machine Readable」というそうです。

Note:The term "Machine Readable" is used to describe the way the above is used.

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 このような形で授業を展開したところ、次のようなことがわかった(注2)。

・翻訳ソフトの活用と事前学習を的確に組み合わせれば、このような授業において必ずしも大きな問題や課題は生じない。また学生も、言語的に多少のハンデがあっても、事前学習ばかりでなく、AI翻訳ソフトのサポートがあれば、積極的に学ぶことができた。つまり、AI翻訳ソフトの利活用で国際交流授業は可能であるといえるだろう。

・このような授業では、事前学習および講義のフォローアップ(今回の当該授業では事後の学習やグループワーク、その成果のグループあるいは個人による発表など)が必要かつ必須である。

・翻訳ソフトの翻訳精度は、現時点では必ずしも完ぺきとはいえないが、言語的にハンデのある学生の心理的負担の抑制や理解度の向上には役立つと考えられる。

・翻訳ソフトの翻訳精度を高めるための事前準備とGSとの事前打ち合わせ、GSのためのガイドラインなどが必要である。

・翻訳ソフトの利活用に関する学生等への充分なガイダンスも必要である。

・このような授業の運営は、教員1名ではかなり厳しく難しい(本授業では2名の教員で対応した)。複数の教員か教員をサポートするスタッフ等の存在が必要である。

・当該翻訳ソフトを利活用すると、講義および質疑の内容の日英の議事録も作成されるので、それも利活用して、学生は事後の振り返り等も可能である。

 以上のことからも、AI翻訳ソフトなどの新しいテクノロジーやシステムなど(注3)を活用すれば、ある程度言語的バリアをコントロールした教育プログラムをつくることができ、新しい教育機会を創出できることもわかった。

 今後、このようなテクノロジーはさらに進展し、言語的バリアはさらに低くなる可能性が高い(注4)。そのことを踏まえると、今後の国際教育、国際交流、言語教育のあり方を再考し、新しい教育の可能性を探求していく必要があるといえるだろう。

 筆者も、今後もその可能性を探りながら、新しい教育の構築にチャレンジしていきたいと改めて考えている(注5)。

(注1)このことは、現在は無理だがAIの翻訳精度がかなり向上すれば、多国籍の学生が母国語のみで授業を受けることができるようになることを意味する。

(注2)本授業に関する成果については、黒澤武邦准教授が、今後その教育成果のデータなども踏まえた形で論文にまとめて、発表の予定である。

(注3)本授業では、リモート用のシステムを活用すると共に、対面およびリモートによるハイフレックスの場合には、AIが360にわたり対応ができる会議室用webカメラなども活用した。同カメラを使用すると、移動する講師の追っかけや質問者への画面切り替えもある程度可能となり、授業の臨場感は格段に高めることができ、講義でも有効な機能を果した。

(注4)日本におけるAIの第一人者のある方は、数年前に「AIのテクノロジカル進展で、2025年には言語的バリアはなくなる」と指摘していた。

(注5)筆者は、その一環として、今後のAIなどのテクロジー活用におけるコミュニケーションの日常化の高まりを踏まえて、学校教育において、生徒の多くにとっては、外国語教育(その意味がなくなるわけではないが)よりも「マシーンリーダブル(機械が判読可能)な日本語」や「AIの翻訳・通訳精度向上となる日本語」の学習機会・科目を設けることが必要であると考えている。

[NOTE]本記事のタイトル画像の撮影時のみ、マスクを外した。

政策研究アーティスト、PHP総研特任フェロー

東京大学法学部卒。マラヤ大学、米国EWC奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て東京財団設立参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・阪大FRC副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長・教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。新医療領域実装研究会理事等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演多数。最新著は『沖縄科学技術大学院大学は東大を超えたのか』

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