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『鬼滅の刃』『五等分の花嫁』大ヒット、『ドラえもん』50周年、マンガ界の新たな 隆盛とは

篠田博之月刊『創』編集長
『鬼滅の刃』『五等分の花嫁』『ドラえもん』(筆者撮影)

文藝春秋と光文社に新たなコミックの部署が誕生 

 2019年、文藝春秋にコミック編集部が、そして光文社にコミック編集室が立ち上がったことが出版界で話題になった。両社ともかつて一時期、コミック誌を発行していた時期があるが、その後撤退していた。今回はいずれも紙の雑誌は出さずにデジタルで展開しようという方針だ。

 不況と言われる出版界でこのところ好調ぶりが改めて注目されているのがコミックだ。講談社・集英社・小学館の大手3社の経営の屋台骨をいまやコミックが支えていると言ってよい。しかも、この1~2年、紙とデジタルの連動だけでなく、アニメのヒットが紙の単行本に大きく跳ね返るという、ヒットの方程式が息を吹き返し、改めて注目されている。市場参入する出版社はこれからも増えそうだ。

  2020年1月7日発売の月刊『創』(つくる)2月号は特集が「出版社の徹底研究」。出版界の動向や話題を大きな特集にしているのだが、業界全体で注目されている昨今のコミックの隆盛について、ここで取り上げてみよう。

 一時期、海賊版問題もあって、やや苦戦していたコミック界だが、この1~2年、市場は再び活況を呈している。その象徴といえるのが、集英社『週刊少年ジャンプ』連載の『鬼滅の刃』と、講談社『週刊少年マガジン』連載の『五等分の花嫁』の大ヒットだ。2020年は小学館の『ドラえもん』も連載開始から50周年を迎え、2019年末から記念キャンペーンが展開されて話題になっている。息の長い作品だが、キャンペーンによって再び売れ行きに火が付くなど、世界的に知られるこのキャラクターの強さを改めて証明した。

集英社『鬼滅の刃』が2019年に5倍増の大ブレイク

 アニメ化がかつてのように紙の本のヒットにつながらないケースが増えてきて、この何年かはアニメ化効果に疑問を呈する向きもあったのだが、『鬼滅の刃』と『五等分の花嫁』のヒットについていえば、映像化が紙の本に大きく跳ね返った。

 特に『週刊少年ジャンプ』連載の『鬼滅の刃』は、TOKYO MXのアニメが大人気で、コミック単行本の売れ行きが1年間で5倍に跳ね上がるという大ブレイク。TOKYO MXがアニメ化して大ヒットというのは、かつての講談社の『進撃の巨人』のパターンだが、『鬼滅の刃』もよく似た展開をたどっている。

 『鬼滅の刃』はいわゆるダークファンタジーと言われる作品で、大正時代を舞台に、家族を殺害した「鬼」と呼ばれる敵と、鬼になってしまった妹を人間に戻すために主人公が戦うという物語だ。人がよく死ぬし、かなり血が流れるという作品だが、アニメの映像、声優や音楽も素晴らしいということで若い女性ファンを獲得した。アニメは2019年4月から放送されたのだが、主題歌もヒット。2020年に入ってからは、舞台化や劇場版アニメの動きもあり、さらに人気が加速しそうだ。

 集英社のコミックの売れ行きが大きく跳ね上がったことは前述したが、紙だけでなくデジタル版も大きく伸びた。公式ガイドやスピンオフ作品も集英社から刊行されている。

 集英社の場合、『ONE PIECE』という超ビッグな作品が存在はしているのだが、その下にかつて存在していた単行本初版100万部の作品は2013年頃に『暗殺教室』と『黒子のバスケ』が終了してからは途絶えていた。関係者も「もう紙の本で初版100万部というのは困難な時代になってしまったのかと思っていた」という。この『鬼滅の刃』の新刊初版部数5倍増というブレイクの勢いは出版業界全体でも話題になっている。

講談社『五等分の花嫁』もアニメ化で大ヒット

 ライバルの講談社でも、『五等分の花嫁』がかなりの勢いでブレイクしている。これは2017年から『週刊少年マガジン』に連載されている作品で、五つ子の女子高生とその家庭教師を務める男子高校生のラブコメだ。可愛い女の子が5人も出てくるという点などアニメやネットに親和性が高かったのだろう。5人の女の子にそれぞれのファンがついて盛り上がっているという。

 講談社販売局第三・第四事業販売部の高島祐一郎部長がこう語る。

「2019年1月クールにTBSの深夜枠でアニメが放送されたんですが、そこから各巻40万部くらい重版がかかりました。11月に出た最新12巻は、初版48万部ですぐに重版がかかり、12月に52万部になっています」

 ネットも含めて映像との連動は講談社も戦略的に考えているわけだが、この1~2年、アニメ化が単行本に跳ね返る事例が多くなったという。

「2018年夏に『はたらく細胞』、秋に『転生したらスライムだった件』、そして19年1月に『五等分の花嫁』と、いずれもアニメがヒットして原作に跳ね返るというパターンが続いています」(高嶋部長)

 講談社の2019年のコミック部門の売り上げを見ると、紙の雑誌は対前年94%、紙のコミックスは103%。デジタルコミック等の事業収入を含めるとコミック部門全体で114%になるという。

小学館『ドラえもん』も2020年は50周年で大展開

 小学館では『名探偵コナン』という大きな作品があるが、2019年12月から社をあげて「ドラえもん」50周年キャンペーンを展開しており、2020年は大きな期待がもてそうだ。

 小学館第二児童学習局ドラえもんルームの徳山雅記編集長がこう語る。

 「『ドラえもん』は50年前の1970年1月号に連載が始まるのですが、引き出しからドラえもんが『あけましておめでとう』と言って出てくるんですね。大阪万博が開かれた年だし、前年にはアポロの月面着陸がありました。新しい時代の始まりを感じさせる年で、そこに未来からロボットがやってくるというお話なんです。でもそこに作者の藤子・F・不二雄先生のひねりもあって、その未来のロボットがずんぐりむっくりで、ドラえもんという敢えて古臭い名前なんですね」

 

 小学館では2019年12月から1年8カ月にわたるキャンペーンを開始した。まず11月末に刊行されたのが、「ドラえもん」のシリーズである「てんとう虫コミックス」の0巻だ。第二児童学習局プロデューサーの松井聡ドラえもんルーム室長がこう語る。

「てんとう虫コミックスは藤子・F・不二雄先生が、どういう作品を収めるかなどご自身で作られていたもので、1巻から45巻まであるんですが、今回それに収録されていない作品を、46巻でなく敢えて0巻として刊行しました。これはドラえもん誕生の物語で、それが始まった時に先生は『めばえ』『幼稚園』、『小学一年生』から『四年生』までの6誌で描かれていたんです。それが6誌とも別々のお話なんですね。

 今回それらを1冊にまとめて0巻として11月27日に発売しました。初版は10万部でしたが、発売前に二度の重版がかかっており、発売後も既に二度の重版。12月11日現在、5刷40万部という大きな部数になっています。重版も5刷目は15万部と、初版より大きな部数になっています。もちろんそれにあわせて既刊の1~45巻も重版がかかっています。誕生から50年ですから、ドラえもんは、いまや3世代に親しまれるキャラクターになっているのですね」

キャラクターが紙の枠を超え、ライツビジネスとして展開

 ドラえもんは作者の藤子・F・不二雄さんが1996年に亡くなった後も、キャラクターとして生き続け、いまや世界中で親しまれている。テレビアニメは今も放送されているし、毎年3月には劇場版アニメも公開される。そうした著作権の管理運営は藤子・F・不二雄プロで行っているのだが、小学館でもドラえもんのキャラクターは様々な出版物に登場するため、各部署の連絡会議を随時行い、「ドラえもんルーム」と呼んできた。それが常設の部署になったのが2004年だった。

 2020年3月公開の映画は『のび太の新恐竜』。ドラえもん50周年キャンペーンとあわせて期待がもたれている。小学館としても様々な商品展開を予定しており、映画公開時期には小学館の全ての雑誌で表紙にドラえもんを載せる予定だ。

 「50周年企画として既に発表しているひとつは、『100年ドラえもん』という愛称で、てんとう虫コミックスの愛蔵版を刊行することです。既に3世代に読まれているドラえもんを、さらに3世代4世代で読んでいただこうという企画です。長く保存していただくために特別な紙を使った上製本にするのですが、全巻で6~7万円という金額になります。3月から予約を受け付け、刊行は12月になる予定です」(松井室長)

ドラえもん未来デパート(創2月号の表紙として小学館提供)
ドラえもん未来デパート(創2月号の表紙として小学館提供)

 50周年記念企画が12月から始まった理由の一つは、藤子・F・不二雄さんの誕生日が12月1日だったことからだという。てんとう虫コミックス0巻発売とともに、ニュースにもなったのがお台場ダイバーシティ東京プラザにオープンした「ドラえもん未来デパート」だ。ドラえもん関連商品を一堂に集めた初めてのオフィシャルショップだ。12月1日にはオープン前から1000人も行列を作っていたという。前述したように月刊『創』2月号は出版社の特集なのだが、表紙はこの「ドラえもん未来デパート」だ。

「未来デパートというのはドラえもんのマンガに出てくるもので、未来の秘密道具を売っているんですが、ドラえもんは時々、そこからいろいろなものを買うんですね」(徳山編集長)

 藤子・F・不二雄ミュージアムも2019年7月から50周年企画を始めており、ドラえもんの誕生をテーマにした第1期が1月まで、第2期が2月から、第3期が9月から展示される。

 3月6日公開の映画『のび太の新恐竜』は、1980年に公開された第1作『のび太の恐竜』を踏まえた作品で、40作目にあたる。それにあわせて2月1日から3月5日まで小学館が運営する「神保町シアター」で、これまでのドラえもんの映画39作品を順次上映するという。

 辞典や学習まんがも含めると、小学館から刊行されているドラえもん関連出版物は400点以上にものぼるという。てんとう虫コミックス0巻が重版を重ねている影響を受けて、そういう既刊の関連書にも重版がかかるものが出ている。てんとう虫コミックスの既刊についても、全巻買えば特典がつくといったサービスを含めて、小学館としては店頭キャンペーンを行っていくという。

 文藝春秋や光文社が2019年に新たにコミックの部署を作ったことは冒頭で紹介した。紙のマンガ雑誌はいまや大半が赤字でリスクが伴うのだが、デジタルであればそのリスクが格段に小さいため、新規参入が容易になったのだ。日本が世界に誇るマンガについては、今やコンテンツとして注目されており、LINEなどのIT企業も積極的に乗り出している。

 2020年、マンガを取り巻く状況はどうなるのだろうか。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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