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バズった医師求人プロモーション - メディアによるPRは地方病院の人手不足を解消するか

朽木誠一郎記者・編集者
7/19に東京ビッグサイトで開催された倉敷中央病院の研修医実技トライアウトの様子

「5mmの折り鶴をつくれ」「バラバラになった昆虫を治せ」「米粒大の寿司を握れ」と言われたとして、あなたはどのように思うでしょうか。一見して荒唐無稽なこの指示を、医師という職業は、笑い飛ばすわけにいかなくなりました。

国内でもっとも入院患者数の多い倉敷中央病院が、本年度の初期研修医募集より、他院に先駆けて実技試験を導入します。上記3つのミッションは、全国の医学生に告示されたトライアウトの課題です。その内容のユニークさによって、トライアウトはネットで話題になりました。

研修医採用に折り鶴 倉敷中央病院、手先の器用さや集中力 - 日本経済新聞

お客様の中に米粒大の寿司を握れる方はいらっしゃいませんか! 岡山・倉敷中央病院が導入する実技試験がカオスで美しい - ねとらぼ

日本で最も患者数が多い病院の研修医たちの実技試験がハードすぎる - THE HARDWORKERS

地方病院の医師不足は深刻です。人材は今も都市部に集中し、地域枠の奨学金制度などの施策だけでは歯止めが効かない現状があります。このような課題に対して、ユニークな企画をネット上で話題にして、幅広い認知を獲得するのはまさにメディアを使ったプロモーションと言えるでしょう。

しかし、医療業界は参入障壁が高く、閉鎖的な印象があります。実際に、さいきんは多数のITベンチャー企業・スタートアップが医師向けのビジネスを指す“to D(octor)”領域に着手し、医師との調整や業界の体質そのものに頭を悩ます様子もよく見かけます。

今回、思い切った求人プロモーションに踏み切り、7/19(日)にトライアウトを開催した倉敷中央病院は、インターネット、そしてメディアについて決して先進的とは言えない医療業界にあって、どのような経緯と展望でこの企画を実現したのでしょうか。

倉敷中央病院救命救急センターのセンター長、兼人材開発センターのセンター長である福岡敏雄医師にお話を伺いました。

――世界でも類をみない採用試験と伺いましたが、導入の経緯を教えてください。

福岡敏雄医師(以下、福岡):地方の病院では、全国の医学生に病院の名前を知ってもらうことすら容易ではありません。特に、当院のように全国から広く医学生を集めている病院は、まずその存在を知ってもらうことが採用の必要条件になります。

例えば当院は平成20年度から継続して入院患者数が日本で最多となっており、研修医にとっては学びの機会が豊富に提供されていますが、地方にそのような病院があること自体、発信をしなければなかなか認知されないのです。

また、私自身に、医師としての適性を測るのは決して簡単ではないという実感があったことも理由です。これまでの採用の手順では、何か見落としがあるのではないかと反省していました。新しい試みに取り組むことで、今までは見えなかったその何かが見えてくるのでは、という期待があります。

――試験内容がかなりユニークですが、それぞれどのような意図や目的があるのでしょうか。

福岡:一般的なことを言えば、医療行為の基本は手元の安定です。手元を安定させることができなければ、ふつうの採血でさえ上手くできないでしょう。折り鶴について言えば、紙の柔らかさ反発力、厚みに対して、指先の力の方向と入れ具合を調整した集積が折り鶴というかたちになるわけです。

しかし、一番の目的は、筆記試験や面接では測れない、重要な何かを測りたいと思ったことです。単に手先の器用さを測るのではなく、命を預かる場面での集中力や判断力、医療の現場という極限状況でも諦めない精神力を見ることが目的です。

――特設サイトがかなり作り込まれている印象ですが、どのようなこだわりがありますか。

特設サイトにはトライアウトの内容がビジュアライズされている
特設サイトにはトライアウトの内容がビジュアライズされている

倉敷中央病院|研修医実技トライアウト

福岡:多彩な視点と前向きな意識を持つ学生を対象にした取り組みですので、ウェブサイトもシンプルで見やすく、スタイリッシュなものにすることを心掛けました。また、メディアに取り上げられた際に、医学生以外のみなさんが見ても、当院に興味を持ってもらえるところまで意識しております。

実際にウェブメディアで取り上げられ、実技トライアウトの内容を目にした医学生や、紹介されていたこのサイトにアクセスして興味を示してくださる医学生がたくさん来場しました。サイト自体のアクセスにより、当院の認知も進んだのではないかと思います。

――医療業界は閉鎖的とよく聞きますが、広告業界と連携してPRをするという手法に異論や反対はありましたか。

福岡:当院そのものが、開かれて変化を厭わない前向きな組織ですから、大きな異論・反論はありませんでした。私自身としては、この取り組みの新規性にばかり注目が集まるのではなく、初期研修医の採用における多面的な人間性の評価というメッセージがきちんと伝わるように、配慮しました。

――実際に試験をしてみていかがでしょうか。

福岡:意欲的でチャレンジングな医学生たちと出会うことができました。はじめは試験に手も足も出なかったのが、回数を重ねるに連れて状況に応じて工夫をするなど、医療現場で本当に役に立つ素質の部分が垣間見えました。ただし、この先の本採用試験では、課題の難易度を調整する予定です。

倉敷中央病院の事例からわかることは、先進的な取り組みをする際には、まず自分の抱える課題を正しく把握・分析すること、その課題を解決するために施策を立案し、常に最適化することが成否を握るということではないでしょうか。また、その施策を許容できるバックグラウンドも重要です。

本件はトライアウトの難易度を高く設定し、話題になることが課題解決につながるのだと思いますが、話題ばかりが先行する可能性もあり、バランスは非常に難しかったはずです。では、ネット上で話題になり、学生も集まったこの求人プロモーションは成功かと言えば、そうではないでしょう。

倉敷中央病院の実技トライアウトは組織としてのブランディングにあたり、ブランド形成とは一朝一夕でできるものではありません。しかし、地方病院が全国に先駆けてこのような取り組みに乗り出したことは、閉鎖的な医療業界の体質を改善し、社会と医療の結び付きをより強固にするはずです。

記者・編集者

朝日新聞記者、同withnews副編集長。ネットと医療、ヘルスケア、子育て関連のニュースを発信します。群馬大学医学部医学科卒。近著『医療記者の40kgダイエット』発売中。雑誌『Mac Fan』で「医療とApple」連載中。

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