1部上場企業の謝罪会見から6年、「ネットの医療情報」信頼性を巡る攻防 気になる医療系サイトの未来は
狙われていたネット検索
検索エンジンGoogleを、シークレットモードにして、「胃がん」と検索してみる。
2022年10月11日時点で、スマートフォンの検索結果のトップには、Googleが提供する「医療情報パネル」、つまり病気の概要や症状などについて整理されたコンテンツが表示されるようになっている。
その次は、国立がん研究センターが運営する「がん情報サービス」の「胃がん」のページ。以下、同センターの関連コンテンツ、国立病院機構四国がんセンターのサイトなどが続く。
パソコンであれば、がん情報サービスのページがトップに、医療情報パネルが右に表示される。いずれにせよ、胃がんという病気の検索結果の上位や目につきやすいところは、Google自身が提供するコンテンツや、国立の医療機関が提供するコンテンツが占めている。
病気についての情報は、命にかかわることもあるのだから、できるだけ信頼性の高い情報が上位に表示されるのは、当たり前だと思われるかもしれない。しかし、実は数年前まで、病気についての検索結果はこうなっていなかった。
例えば、2017年5月、「胃がん 末期」の他、「大腸癌 末期」「乳がん 末期」などの検索でトップに表示されていたのは、がんの代替医療を推奨するようなサイトだった。末期がんの代替医療として、ある特定の漢方薬を勧め、複数の「末期がんが治った」事例を紹介しているが、その内容は医学的に妥当とは言えないもの。
このサイトでは価格が表示されていなかったが、インターネット上では同一商品1カ月分が15万〜20万円で販売されていた。
「胃がん 末期」という検索をする人の中には、実際に胃がんの状態が進行し、わらにも縋る思いで情報を探している人や、その近しい人がいたことだろう。
その当時も、検索エンジンはすでに確固とした情報のインフラだった。ある種の公共性を持つ場で、切実な状況にある人たちを狙ったビジネスが展開されていたことになる。
そんな状況がいかに改善されてきたのか。「ネットの医療情報」というテーマでこの6年、取材を続けてきた記者の立場から、いくつかの転換点を振り返る。
DeNAが謝罪会見を実施
一番のきっかけは、2016年末にかけて社会問題となった健康情報サイト『WELQ』についての騒動だろう。
『WELQ』を運営していたのは1部上場企業のDeNA社。組織的に短期間で大量の医療記事を制作する手法で、医療についての検索結果を占領し、収益化していた。
しかし、記事内容に不正確な点が多いこと、一部に文章や写真の盗用があったことから、検索エンジンに詳しい専門家の辻正浩氏などが問題視し、『BuzzFeed Japan』のニュース部門などが追及を始め、ネット上で批判が集中。
『WELQ』は同年11月に閉鎖され、12月にはDeNA社経営陣が謝罪会見を開催した。この頃には社会問題にもなり、会見にはマスメディアも詰めかける事態に。こうして、国内で「ネットの医療情報」へは厳しい目が向くようになった。
しかし、以降も同様の手法で検索エンジンをいわばハックし、運営する医療系サイトが後を絶たなかった。前述したがんの代替医療を推奨するようなサイトはその一つだ。
筆者はWELQがネットで問題視され始めた頃、メディアに関わる者の一人として、ここYahoo!ニュース個人でその問題点を指摘する記事を執筆した。BuzzFeed Japanに取材され、その後、記者として入社。同メディアにおいて、WELQ的な手法で運営を続ける医療系サイトの問題を報じてきた。
前述したがんの代替医療を推奨するようなサイトだけでなく、たくさんのサイトが雨後の筍のようにWELQ閉鎖後の検索結果の上位に現れては、ネットの自浄作用と言うべき、利用者たちの監視により問題視され、順位を落とし、消えていった。
しかし、そのような流れに携わる筆者自身、いたちごっこのように感じていたのも正直なところだ。
そんな状況に一旦の終止符を打ったのが、他ならぬGoogleだった。
踏み込んだGoogleの対応
Googleを運営するグーグル社は、2017年12月に検索結果の表示ルールを変更した。
従来、同社は公平性を重視し、なるべく人の手を介さずに検索順位を決定していた。サイトは「アルゴリズム」と呼ばれる特定のルールに基づき自動的に評価され、「質が高い」と判定されたものが上位に表示されていた。
ただし、これには問題点もあった。例えば、信頼性の高い医療情報であるほど、「がんが絶対に治る」と断言することはない。しかし、利用者としては「がんが絶対に治る」と書いてある情報を探し求めてしまう。その結果、信頼性の低い医療情報に利用者が集まり、「質が高い」と判定されてしまう、という事態が起きえた。
そこで、日本において、医療分野について同社は方針を変更。医療従事者や専門家、医療機関等から提供される情報が上位に表示されやすくする、異例の対応をしたのだ。
それから何度も調整がなされているが、基本的に、WELQ的な手法で検索順位を占領しようとする医療系サイトが検索上位に表示されることは、ほぼなくなったと言っていいだろう。
いわゆる「患者の闘病記」などが上位に表示されにくくなり、検索結果の多様性が失われたなどの問題は残ったが、検索結果の信頼性を重視する上で、仕方がない面もあった。
一方、こうした変化の中で、止まっていた動きもある。それが冒頭で紹介した「医療情報パネル」だった。
検索結果に特定の医療情報を優先表示するこの機能の導入は、2015年2月から英語圏で先行。当時、グーグルはこの意義について「病気の一般的な状態について利用者が学ぶことによって、健康に関する選択において利用者の助けになることを望みます」と発表していた。
以降、世界的に医療情報の優先表示を展開する予定であるとし、2016年にはインド、2017年にはアフリカでも導入された。
日本でも「ジカ熱」という特定の病名について表示されたことが2016年頃から話題になっていたが、本格的な導入は実現していなかった。『WELQ』の問題からの特異的な経緯が影響したとみられる。
英語版のコンテンツではアメリカを代表する医療機関の一つであるメイヨー・クリニックと提携している。日本国内にそれをローカライズするのか、日本独自のパートナーを探すのかなど、その動向は長らく注目されていた。
そして2022年4月26日、グーグル社がついに、医療分野の日本語の検索結果に「医療情報パネル」を表示することを発表したのだった。
特定の企業が情報提供
医療情報パネルでは、「喘息」「インフルエンザ」「貧血」などの一般的な疾患について検索すると、検索結果の上部に疾患の概要、症状、治療法が表示される。
実は『WELQ』の問題を指摘した2016年のYahoo!ニュース個人の記事を、筆者は下記の形で締めていた。
<このように、特定の病気に関しては、Googleが独自のコンテンツを表示することもある。検索結果を司るGoogleが、医療のような特定の分野の検索結果について、独自のコンテンツ提供を推し進めていくのであれば、このような問題は、いずれ一定の解決を迎えるのかも知れない。>
今回のグーグル社の対応には、それゆえ感慨も深い。
ただし、検索結果の目立つ位置にあることで、膨大な表示回数が見込まれ、前述した辻氏は「日本最大級の医療情報サイトが誕生することになる」と指摘。このコンテンツの医療情報の質に問題があった場合の影響も大きくなる。
そして、この「医療情報パネル」の情報が、特定の医療メディアを運営する企業により提供されることにも留意したい。
「医療情報パネル」の情報は、国内で医療メディア『Medical Note』などの医療・ヘルスケアサービスを運営するメディカルノート社から提供されるものだ。Googleは「医師の監修を受けた信頼性の高い情報となります」とする。
検索サービスのように、ネット上に無数にある情報を整理して提供する事業者はあくまで「場を貸す」プラットフォームであり、個別の情報については直接、責任を問われにくい立場にあった。今回、特定の医療メディアの情報を優先的に表示する以上、Googleはプラットフォームという立場からもう一歩、踏み込んだとも言える。
また、今回の展開により「医療情報パネル」が表示されるキーワードについては、Google以外ではサイトへのアクセスが減少することになる。
収益を目指して医療情報を展開している医療系サイトには大きなダメージだろう。公益性を鑑みて情報提供を行っているサイトにとっても、アクセス減少はその意義を問われるものだ。
医療系サイトはどうなる?
そうなると気になるのが、今後、医療系サイトはどうなっていくか、という点だ。
検索エンジンはほぼGoogle一強の状態。この構造では、つまり医療系サイトについても、がん情報サービスのような公的なものを除けば、メディカルノート社がかなり優位とみることもできる。
医療系サイトを運営していた他の事業者からは、先行きの厳しさを嘆く声も聞く。一方で、こうした事業者が、そもそも医療情報の提供のみをメインのサービスとしていることは、『WELQ』の問題以降は特に、少なかったのではないか。検索順位の変動が激しく、安定した運営が難しくなったからだ。
今後は例えば医療相談サービスや、妊娠出産アプリ内で提供されるコンテンツとして、検索から少し離れたところに、医療情報が残っていくとも考えられる。
ある問題に対応すれば、さらなる問題に行き当たるのが、ネットの歴史だ。そして、検索エンジンのようにネットを代表するサービスは、まさにこの繰り返しにより進化を続けてきた。
この6年、「ネットの医療情報」の問題を追いかけて感じることは、長い目で見ればネットに自浄作用は働きうる、ということだ。
そして、そのカギになるのは、引き続き、利用者による「サービスの監視と警告」が行われることだ。完ぺきなサービスはありえないが、それに少しでも近づけるために、できることはある。ネットという便利なインフラがどこに向かうのか、それを決めるのは利用者一人ひとりの行動だ。