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一審懲役12年から逆転無罪判決の女児虐待致死事件で検察が上告。弁護団は「許しがたい暴挙」と憤りを表明

赤澤竜也作家 編集者
逆転無罪判決を勝ち取り喜びを分かち合う今西貴大氏(下段中央)と弁護団(親族提供)

大阪地裁で懲役12年の実刑判決を受けながら、2024年11月28日、大阪高裁で逆転無罪判決を勝ち取った今西貴大さん。12月12日、大阪高検が上告したため、判決の確定は持ち越しとなった。

いったいなにが争われ、なぜひっくり返ったのか? 長年にわたって複雑怪奇な医学論争に明け暮れた特異な事件について振り返る。

外力を加えられて亡くなったのか、それとも内因性なのか?

その日、今西貴大さんの娘・A子ちゃんは少し様子がおかしかった。数日前より、咳や下痢の症状があり、夕食のパスタも少し残した。

今西さんはA子ちゃんを元気づけようと布団の上でゴロゴロと一緒に転がって遊んでいた。

そのときである。

「うっ」という声がして、A子ちゃんの顔色が変わり、呼吸していないことに気づく。

2017年12月16日21時28分、今西さんは外出していたA子ちゃんの母親に電話で連絡。ついで119番通報し、必死になって心臓マッサージを続けた。

A子ちゃんは救急車で大阪市立総合医療センターに運ばれ、21時59分、心拍が再開する

しかし頭部の外表にキズはないものの、頭蓋内に出血があったため、意識は戻ることがなく、同年12月23日に亡くなってしまう。

病院の医師は頭蓋内の出血の理由が外力によるものであると決めつけ、虐待の疑いありと警察に通報した。

「人殺しとるくせになんちゅう態度とってんねん」

逆転無罪を受け、東住吉事件の青木惠子さんから祝福を受ける今西貴大氏(左)。青木さんは娘を殺したとして無期懲役が確定後、再審にて無罪を勝ち取り、現在は冤罪被害者の支援に東奔西走している(筆者撮影)
逆転無罪を受け、東住吉事件の青木惠子さんから祝福を受ける今西貴大氏(左)。青木さんは娘を殺したとして無期懲役が確定後、再審にて無罪を勝ち取り、現在は冤罪被害者の支援に東奔西走している(筆者撮影)

A子ちゃんの死から約1年後である2018年11月27日、今西さんは大阪府警に傷害致死の疑いで逮捕される。養子縁組していたものの、A子ちゃんは今西さんの当時の奥さんの連れ子だったことも虐待事案であるという先入観を形成することを手伝った。

最初から虐待だと決めつけていた大阪府警・刑事の取調べは苛烈を極めた。

「早くぜーんぶ正直に言えよ。警察は全部わかっとるからな」

「人殺しとるくせになんちゅう態度とってんねん、俺に」

「おまえの前におるのは大阪府警捜査一課の刑事や。そこらへんの所轄の刑事とは違うねんぞ。殺しとか虐待を扱うエキスパートやねん」

裁判員裁判であるため録音録画されているにもかかわらず、怒鳴りつけられたり、罵倒されたりし続けたものの、今西さんは黙秘を続けた。

12月18日、傷害致死で起訴されたのだが、12月27日、保釈許可が下り、いったん自宅へ戻る。

早期の保釈で焦ったのか、捜査当局は2月6日に再び今西さんを強制わいせつ致傷の容疑で逮捕する。さらに足のケガを理由に傷害でも逮捕し、2つの件でも起訴をした。

ひとつでは有罪にできないので、いろいろくっつけて、悪質性を際立たせようとしたと弁護団は主張している。

一審判決はまさかの懲役12年だった

無罪判決後の報告集会で涙をぬぐう今西貴大氏のおかあさん。「わたしたち家族は長年にわたって『被告人は無罪』と言われる日を待ち続けていました」と語ったが、検察の上告の知らせに泣き崩れたという(筆者撮影)
無罪判決後の報告集会で涙をぬぐう今西貴大氏のおかあさん。「わたしたち家族は長年にわたって『被告人は無罪』と言われる日を待ち続けていました」と語ったが、検察の上告の知らせに泣き崩れたという(筆者撮影)

A子ちゃんが亡くなってから3年以上が過ぎた2021年2月2日、ようやく第1回公判が開かれる。

法廷では検察、弁護側双方が申請した13人の医師が証言台に立つなど、医学的な論争が繰り広げられた。

傷害致死事件の争点は果たしてA子ちゃんは外力が加えられて亡くなったのか、それとも病気や事故が死因だったのかというものである。

検察は「なんらかの外力」が加えられ、脳に損傷を負わせたと主張。一方の弁護側は心筋炎、あるいは嘔吐による窒息など頭蓋内損傷以外の内因性のもの、つまり突発的な病気もしくは事故で亡くなったと述べ立てた。

強制わいせつ致傷ではA子ちゃんの肛門の傷が異物を挿入する行為によって生じたものか否かが争点となった。弁護側は排便によってできたものだと主張した。

無罪を確信していた今西さんだったが2021年3月25日に下された判決(渡部市郎裁判長、南うらら裁判官、木内悠介裁判官)は3つの起訴事実のうち2つを有罪とし懲役12年という、彼にとっては予想外のものだった。

大阪高裁は一審判決を徹底批判

検察は無罪となった傷害事件について、弁護側は傷害致死とわいせつ致傷について控訴したため、審理の場所を大阪高裁に移し、控訴審では異例の8人もの医師が証言台に立つことになった。

筆者は控訴審の証人尋問をすべて傍聴し、そして驚愕した。検察側の医師が、一審有罪判決のよりどころとなった多発性挫傷性血腫の存在を否定するなど、検察が有罪立証できていないとしか思えなかったからである。

そして迎えた2024年11月28日、大阪高裁(石川恭司裁判長、中川綾子裁判官、伊藤寛樹裁判官)は今西さんに無罪を言い渡す。

内容は一審判決を痛烈に批判するものだった。

とりわけ大阪地裁判決が「非常に明快であって説得力に富んでいる」「見解には説得力があり」と有罪の根拠とした検察側証人の脳外科医の証言について、大阪高裁は「その根拠に疑問を差し挟む余地が多くあり、直ちに採用することができ」ないとした。

先にも述べたよう、A子ちゃんはいったん心臓が止まった後、ふたたび心肺が蘇生している。その後、亡くなるまでの約一週間、人工呼吸器につながれていた。検察は脳幹の融解が進んでいたことを外力の根拠としたが、大阪高裁はA子ちゃんが人工呼吸器につながれていたことで、そのような状態になった可能性を否定できないとも指摘。

そのうえでA子ちゃんの身体表面にキズがないにもかかわらず、脳の深部にまで強度の外力を加えたとは立証されておらず、一審判決には論理の飛躍があるとした。

またわいせつ致傷についても、検察側医師の見解以外に裂傷の発生原因を異物挿入と認める証拠はなく、原判決の判断は論理則経験則に反する不合理なものとして退けた。

一審の大阪地裁で無罪が言い渡されるべきだったと断じているのである。

ちなみに大阪高裁判決では、「今西さんに虐待をうかがわせる事情がない」ことが明確に認定されていた。

支援者が「検察は上告を断念せよ」と署名活動

今西貴大さんの無罪確定のため、支援するイノセンス・プロジェクト・ジャパンの学生ボランティアらが大阪・梅田駅の街頭にて署名を求める活動を行った(筆者撮影)
今西貴大さんの無罪確定のため、支援するイノセンス・プロジェクト・ジャパンの学生ボランティアらが大阪・梅田駅の街頭にて署名を求める活動を行った(筆者撮影)

2024年12月3日、弁護団は検察庁に対し、上告をしないよう申入れを行った。

逮捕から約6年。この間、今西さんは5年半にわたって東淀川警察署の留置場、および大阪拘置所で過ごすことを強いられた。

主任の川﨑拓也弁護士は会見で、「20代の最後から30代半ばまで、彼の人生は一歩も前に進めないまま。彼の人生が歩みを止めたままになってしまうのは、正義に反する」と語った。

「検察は上告を断念せよ」との署名も集め、個人で385筆、オンライン上でも6899人の方が賛同した。

しかし、検察は上告したため、今西さんが刑事被告人の立場から解放されることはなかったのである。

弁護人は「検察庁のメンツを保とうとするもの」と非難

12月12日、大阪市内で行われた記者会見では秋田真志弁護士が強い口調で抗議の意を示した。

「検察官による上告申立は、日常生活を取り戻したいという今西さんの切実な願いを踏みにじるものであり、有罪主張をしてきた検察庁のメンツを保とうとするものというほか、ありません。今西さんが抱く失望感や無力感に思いを致すにつけ、強い憤りを感じざるを得ません」

「今西さんは無実です。本件は明らかな冤罪です。無実の人が、一日でも早く日常を取り戻すことができるよう、また日本の刑事司法が冤罪を生み出すことのない健全なシステムであるよう、みなさまには今西事件を注視し続けていただきたく、お願い申し上げます」

検察の上告の知らせを受け、厳しい表情で会見に臨む今西貴大氏(左から2人目)と抗議声明を読み上げる秋田真志弁護士(中央)と弁護団。(筆者撮影)
検察の上告の知らせを受け、厳しい表情で会見に臨む今西貴大氏(左から2人目)と抗議声明を読み上げる秋田真志弁護士(中央)と弁護団。(筆者撮影)

今西さん本人は、

「5年半も無実の人間の身体拘束をしていて、するべきことは、上告なのでしょうか? 自分たちの失敗をおおい隠すために、それだけのために上告をしていると、僕は思っています。これまでの冤罪事件から、なにを学んできたのでしょうか? 完全無罪が出たいま、検察がするべきことは謝罪と検証です」

と話した。

報道によると、大阪高検の小橋常和次席検事は12日、「被告人今西貴大に対する傷害致死・強制わいせつ致傷・傷害事件について、上告審で適正な判決を求めるため、本日、上告の申立てをした」とコメントしたという。

今西貴大さんの戦いは最高裁に舞台を移し、まだまだ続くことになる。

作家 編集者

大阪府出身。慶應義塾大学文学部卒業後、公益法人勤務、進学塾講師、信用金庫営業マン、飲食店経営、トラック運転手、週刊誌記者などに従事。著書としてノンフィクションに「国策不捜査『森友事件』の全貌」(文藝春秋・籠池泰典氏との共著)「銀行員だった父と偽装請負だった僕」(ダイヤモンド社)、「内川家。」(飛鳥新社)、「サッカー日本代表の少年時代」(PHP研究所・共著)、小説では「吹部!」「白球ガールズ」「まぁちんぐ! 吹部!#2」(KADOKAWA)など。編集者として山岸忍氏の「負けへんで! 東証一部上場企業社長VS地検特捜部」(文藝春秋)の企画・構成を担当。日本文藝家協会会員。

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