【プリンスリーグ】FC東京×市立船橋は、乱闘間際の大乱戦。5つのゴールと2人の退場
青赤小平、勝利の空気感
試合は空気によって作られる。FC東京U-18の選手たちがキックオフで散ったときに漂っていた緊張感と、見守る父兄・サポーターの眼差しが、すでにチームのベクトルを一致させているように思えた。前半戦での対戦では「0-5」と、まさかのスコアで惨敗しているだけに、この一戦への思いは自然と昂ぶっていたのかもしれない。「なんでこのテンションを春から出さないんだ!」と青赤を愛するある記者はむしろ憤慨していたが、空気は時間とイベントによって練られるものでもある。0-5で負けた試合も、現在のFC東京U-18の“源”となっているのだろう。
10月6日、プリンスリーグ関東1部第15節(全18節)。FC東京U-18はホーム小平に、高校サッカーを代表する名門校にして、夏の高校総体王者・市立船橋高校を迎えていた。(プリンスリーグ自体についての解説はこちら)
今季はリーグ戦でもカップ戦でもまったく冴えないところを見せてしまっていた青赤軍団だが、徐々にチーム状態は上向いてきているようだ。その証拠に、ピッチを見守る大熊清育成部長の目線もちょっとだけ優しくなっていた。戦績も総じて上向きで、Tリーグ(都リーグ)降格の可能性さえささやかれ、Tリーグの面々から「迷惑だから落ちてこないでほしい」と言われていたのも今は昔といったところ。残留がある程度見えてきた中で、3位以内に滑り込んでの奇跡的な逆転昇格の可能性を追う。そんなシナリオが成立している。
こう書いていくと「FC東京が圧倒的強さを見せた試合だったんだな」と思う人もいるかもしれない。誤解だ。ごめんなさい。そういう試合ではまったくなかった。そもそもこの試合で先手を取ったチームは、FC東京ではなく市立船橋である。15分、FW横前裕大のパスから室伏がゴール。まさか5-0の再現はあるまいなと心配にさせるような時間帯だったが、若き青赤イレブンはここで顔を下げずに前へ出る。そして一人の男が、傾きかけた天秤を叩き壊す。頭で。
19分、MF長澤皓祐の左からのクロスボールにハイジャンプヘッドで合わせたのは、青赤の眠れる獅子・矢島輝一。185cmの巨躯が宙を舞い、伝統ある市船守備陣を空中から粉砕してみせる。さらに27分には、MF佐々木渉が見事なドリブルシュートを決めて、2-0。U-17ワールドカップ日本代表に選ばれている俊英が、旅立ち前の挨拶とばかりに、ゴールネットを揺らしてみせた。
「すごいぞ、FC東京!」と言いたくなる流れであるが、今年の市立船橋を観たことがある人ならば、むしろ「何か変だな」という感覚だったかもしれない。失点シーンはいずれも個人能力に屈した形だが、それを出させない守備の規律が市船伝統のストロングポイントであったはず。また攻めでも後方の選手がビルドアップで真ん中に付けたがるものの、そこは閉じられていることが多く、機能しない。頼みの石田も孤立気味で、思うように形にならない。怖さ、らしさを欠く内容だった。
ハーフタイムでの反転と奮闘の守護神
後半を前にして、市立船橋・朝岡隆蔵監督は「サイドバックを使って組み立てる」ことを指示したという。実際、後半は特に左サイドバックの山之内裕太が巧みに起点となるシーンが目立つようになり、ポゼッションの効率は大幅に改善した。それだけに、49分の失点は大きかった。「あまりにも簡単に点を失いすぎた」と朝岡監督を嘆かせたこのシーンは、左サイドを破ったMF蓮川雄大のクロスを受けた矢島が、ボールをキープしつつ、右足で流し込んだもの。もう眠れる獅子じゃなくて、起きた獅子だなと言いたくなるような見事なゴールだったが、市船側からすると「防げない失点だった」とは言い難い。これで、3-1。よくも悪くも、これで試合の形勢は固まった。
つまり、「攻める市船、守るFC東京」という構図である。
ここからの市船は素晴らしいプレーを見せていた。ボール支配率で圧倒し、ワイドに散らしながら相手ゴールへと攻め立てる。センターバックもボールが「持てる」選手であることが、その効率を高めている。70分には飲水タイム明けに生まれた守備意識のブランクを突き、室伏が1点を返す。このまま同点まで押し切り、さらに逆転もあるかと思わせる内容である。だがそこにFC東京の守護神、GK大野遥河が立ちはだかる。3つの決定機を防ぎ、さらに86分には石田のPKまでブロック(写真)。石田はこれで集中が切れてしまったのか、90分にはルーズボールに詰めた際に体を入れてきたDFにラフプレーを働き、レッドカード。両チームの選手が入り乱れる騒乱状態の中、激怒したFC東京DF大西拓真が2枚目のイエローカードを受けて退場。ロスタイムは双方10人で戦うことになったが、スコアは動かず、3-2でFC東京が快勝。上位3チームに与えられるプレミアリーグ昇格の権利に向けて、第一歩を踏み出した(昇降格ルールについてはこちらを参照のこと)。
選手権と市立船橋
市船というと堅守速攻のイメージがあるかもしれないが、今年は完全に自分からボールを動かすスタイルにシフトしており、毛色の違うチームに仕上がりつつある。「昔は相手によって戦い方を変える“カメレオン”だったけれど、いまは違う」と朝岡監督。実際、この日もボールを保持して主導権を握っていたのは市船のほう。Jクラブに「合わせる」サッカーをしていた時期とは異なる。その一方で、逆にリーグ戦の対戦相手が市船をリスペクトし、意識してゲームプランを組み立て、戦術を練り込むようになってきてもいる。「今年の途中から(対戦する)Jクラブの人が必死に戦略を立ててきてくれるようになった。(前節の)大宮ユース戦も、こちらのミスから失点したら、そのあとは驚くほどガッチリ守ってきた。すごく良い経験ができている」と朝岡監督は言う。
そして激戦の予想される高校選手権千葉県予選でエース石田が序盤出場停止となることについては「それで負けるなら、そこまでのチームですよ」と意に介さなかった。夏の全国高校総体決勝で激突した宿敵・流通経済大柏高校を筆頭に、千葉県の高校サッカーは猛者揃い。この千葉県を含めた高校選手権予選の様子も、逐次レポートしていきたい。その千葉県予選の組み合わせはこちら。ちなみに、決勝が行われるゼットエーオリプリスタジアムは、市原臨海競技場のことである。
Photos
試合終了後、殊勲のFC東京GK大野とMF蓮川が満面の笑顔でハイタッチ。苦しい時間帯の長かったFC東京だが、守備の規律を完全に乱したのは飲水明けの時間帯のみ(その点は反省材料だろうけれども)。
鮮やかに逆転ゴールを突き刺した佐々木(15番。抱き合っている二人の左側)をチームメイトたちが祝福する。佐々木はこの試合後、U-17ワールドカップに出場するU-17日本代表の一員として、UAEへと旅立っていった。健闘を祈る。
京都内定のDF磐瀬剛。守備面では反省の多い試合になった市船だが、ボールを支配する展開になってからは「さばけるCB」として磐瀬は存在感を出していた。終盤のいざこざでは、主将としての振る舞いを見せた。
FC東京DF高田誠也と競り合う市船の石田。自慢の個人技は散発的で、終了間際には感情を抑えきれずに爆発させてしまった。朝岡監督は「幼い。PK失敗に対する責任感がああいう形で出てしまったのだろう。エースにふさわしい立ち居振る舞いではなかった」と厳しく指摘しつつも、「出し方を間違ってしまっているが、ああいう強い感情を持っていること自体は悪いことではない」とも語った。かつての大久保嘉人(川崎フロンターレ)もそうだったが、若いアタッカーが激情家であるのは珍しいことではない。セルフコントロールの術を身に付けることは今後の課題と言えそうだ。