ロンドンテロ テロ続発の予兆か、無視されているテロの重大要因
車を暴走させ、通行人ら4人を殺害した22日のロンドンのテロ事件が、世界に衝撃を与えた。テロの後、イラクとシリアにまたがる「イスラム国(IS)」から“犯行声明”が出たことや、ブリュッセルの空港と地下鉄でのテロからちょうど一周年と重なったことから、昨年6月から7月にかけて欧州、中東、アジアで続発したISがらみのテロがまた再燃するのではないという恐れも強まっている。しかし、日本国内の報道や欧米での報道を見ても、今回のテロの背景として考察しなければならないはずの重要な要因が無視されている。
ISの“犯行声明”として国内外のメディアに報じられているのは、IS系のアアマク通信が次のような声明をインターネットで出した。
「2017年3月23日 速報:治安筋がアアマク通信に次のことを明らかにした。昨日(22日)、ロンドンの英国議会前での攻撃の実行者はイスラム国の兵士である。彼は有志連合国家の国民を狙えという呼びかけに呼応して作戦を実行した」
「有志連合の国民を狙え」というISの呼びかけとは、2014年9月に有志連合による空爆が始まった直後に、当時のIS報道官アブ・ムハンマド・アドナニが出した声明のことである。アドナニは2016年8月、米軍の空爆で殺害されている。
アドナニは声明の中で、「イスラム国に敵対する有志連合に加入した国々の市民を含む不信仰者どもを、どのような方法によってであれ殺害せよ。民間人だろうが軍人だろうが不信仰者たちを殺害せよ」としている。さらに、攻撃の手段について、「もし、あなたが爆発物も銃弾も見つけることができなければ、アメリカ人やフランス人、さらにそれらの連合国の市民を選び出し、岩でその頭を砕け、ナイフでその喉を切れ、車でひき殺せ、高いところから突き落とせ、または毒を盛れ。方法は何でもある」としていた。
ロンドンでの車を使ってのテロは、この声明での「車でひき殺せ」にあたるものであり、アアマク通信はIS報道官の「呼びかけに呼応」と認定している。ロンドンのテロは、昨年7月にフランス南部のリゾート都市ニースでトラックが花火見物の群衆に突っ込んで暴走し、84人の市民を殺害したテロ事件を思い起こさせる。そのテロでも、アアマク通信社が「実行者はイスラム国の兵士であり、有志連合国家の国民を狙えという呼びかけに呼応して作戦を実行した」という、今回と同じ声明を出した。
テロが起きた理由について、ロンドン在住のジャーナリストで『イスラーム国』の著者でもあるアブドルバーリ・アトワーン氏は、自ら編集長を務めるアラビア語のデジタルサイト『ラーイ・アルヨウム』でテロが「イスラム国」によるものと判断する4つの理由を挙げた。
1. ロンドンの攻撃は昨年、ISが犯行声明を出した23人が死んだブリュセルのテロの一周年に合わせている。
2. 車でひくという方法はアドナニが米軍に殺害される前に出した声明を実行するものであり、昨年6月に84人を殺害したフランスのニースや昨年12月にドイツのベルリンで12人を殺したテロと同様に、ISに追従者の顕著な特徴である。
3. 「イスラム国」はイラクとシリアで広大な土地を失っていることで、西側世界でテロを拡大するという計画に切り替えた。
4. ISの犯行声明が出る前から、IS系のインターネットサイトやそのようなサイトのフォロワーはロンドン攻撃を祝い、ある者は大喜びし、テロ実行犯の勇気を讃えた。
アトワーン氏の分析によると、ロンドンのテロは、ブリュセルテロ事件一周年を意識して実行されたISの組織的な作戦ということになる。それはアドナニの声明を実行するという特徴を備え、イラクとシリアで支配地域を失ったISが欧米でのテロ拡大に戦略を転換ことにもつながるという。このような見方は日本や欧米のメディアや専門家の間でも広がっているが、私はそのような見方に強い疑問を持っている。
まず、ブリュッセルのテロ事件から一周年に合わせたという見方であるが、ブリュッセルテロは空港と地下鉄で連続して起きたもので、2015年11月に130人以上が殺害されたパリ同時多発テロとの関連も浮き上がった事件だった。私は、2つのテロとも、ISの指令で行われたものではなく、欧州在住のイスラム過激派が主導して行ったものと見ている。(詳しくは、拙著『「イスラム国」はテロの元凶ではない グローバルジハードという幻想』<集英社新書>) もし、ブリュッセルのテロ事件の一周年を期して、ISが組織的なテロ作戦を行ったとするならば、単独で車を暴走させるというロンドンのテロは、いかにも無計画で単純すぎるのではないかと思わざるを得ない。
さらに、パリ同時多発テロやブリュッセル事件では「イスラム国」としての「犯行声明」が出た。私はそれぞれのISの「犯行声明」は声明の内容から、後付け的なものと見ている。今回のロンドンのテロでは、ISとしての声明もなく、アアマク通信の短い声明だけであり、それも「(2年半前に出たアドナニの)呼びかけに呼応した」と、実際の関与を自ら否定しているような内容である。さらに、イラクとシリアでIS掃討作戦が進行中のいま、ISがイラクやシリアで支配地域を失った代わりに欧米でのテロ拡大作戦に方針転換したと語るのは、全く時期尚早であろう。ましてや、今回のロンドンでの車を使った単独テロを、戦略転換の一部として位置付けるのは過大な意味づけとしか思えない。
このようなテロが起こる要因について、アトワーン氏の分析でも、日本や欧米の報道でも、重要な要素が無視されているか、抜け落ちている。それは、3月に入って、米軍・有志連合のIS地域への空爆によって、民間人(非戦闘員)の死者が飛躍的に増えていることである。
反体制地域で活動する市民組織「シリア人権監視団(SOHR)」や「シリア人権ネットワーク(SNHR)」が、共に有志連合の空爆による民間人死者の増大を伝えている。SOHRが3月24日に発表した集計によると、3月8日から24日までの17日間で、有志連合によるIS地域への空爆で、18歳以下の子ども19人、18歳以上の女性28人を含む民間人150人が死んだとしている。
SOHRは前日の23日には2014年9月23日に始まった有志連合によるISに対する空爆30カ月(2年半)を振り返って、空爆によって236人の子供を含む1096人の民間人が死んだとする集計結果を発表した。一カ月平均37人の死者であるから、3月8日以降の17日間で150人の死者という数字がいかに多いかが分かる。
SOHRは日々、シリアでの人権侵害事例を個別のニュースとして流している。有志連合の軍事行動が関わる主なものを抜き出すと次のようになる。
▽3月10日、ラッカ東部のマタブ・バラシド村で有志連合の爆撃機によるとみられる空爆で、子供8人、女性6人を含む24人の民間人が殺害された。IS戦士の死者は6人。
▽3月12日、ラッカ郊外のケスラトでの有志連合の空爆によって8人の民間人を含む19人の死亡を確認した。
▽3月17日、16日夜に米軍機によるアレッポ郊外にあるジーナ村のイスラムセンターに対するミサイル攻撃でイスラムの会合に参加していた民間人49人が死亡した。SOHRは現地筋によって、会合はイスラムの教えを呼びかけるもので、いかなる軍事的な内容の説教でも、軍事的作戦を計画する内容でもないことを確認した。
▽3月20日、有志連合による空爆で、16日夜のアレッポ郊外のジーナ村の死者は58人となり、さらに20日までにラッカ郊外への3件の空爆によって子供4人、女性8人を含む27人の民間人が死亡した。16日-20日の5日間の有志連合の空爆による死者は85人に達した。
▽3月22日、ラッカ西部のマンスーラにある学校の避難シェルターに対して、21日夜、有志連合の爆撃機による空爆があり、SOHRの関係者が33人の遺体が学校の瓦礫の下から引き出されるのを目撃した。
▽3月23日、ラッカ西部の町タブカに対する有志連合による22日の空爆で、パン屋と数件の商店が標的となり、子供一人、女性一人を含む民間人18人が死んだ。重傷者や行方不明者がいる模様。
3月22日のロンドンでの車の暴走テロは、シリアのIS支配地域のラッカ周辺で連日のように有志連合による激しい空爆が続き、民間人の犠牲が出ている状況と並行して起きたということになる。
SOHRもSNHRも英国に拠点を置くシリア人の人権組織である。反体制派地域で活動しているため、アサド政権からは反政府勢力寄りとみなされているが、戦争犯罪の疑いがある民間人への攻撃については、政権軍、反政府勢力、IS、有志連合の区別なく検証し、記録、公表している。
有志連合によるIS地域空爆で200人以上の子供を含む約1100人の民間人の死者が出ていることについて、SOHRは「シリアでのいかなる軍事行動においても民間人を標的にしないように求めてきたが、国際社会はシリア人の痛みと、正義、平等、民主主義、自由を求める希望に全く沈黙を続けている。さらに、民間人を殺害したり、殺害を助けたりした者たちを処罰し、容疑者を特別法廷の前で法の裁きを受けさせる要求にも耳を傾けていない」と非難している。
3月に入ってラッカ周辺で有志連合の空爆による民間人の死者が急増していることは、昨年11月に始まった有志連合のラッカ奪回作戦がラッカ市周辺に近づき、空爆が激化していることを示す。奪還作戦では米軍が支援するクルド人部隊を主力とする「シリア民主軍」(SDF)が、ラッカ周辺の町や村への攻撃を強め、ISとの衝突が続いている。米軍・有志連合はSDFを援護するために、IS支配下にある町村への激しい空爆を行い、ISの軍事拠点を破壊したり、混乱を生じさせたりして、戦闘能力を奪おうとする狙いとみられるが、それによって多くの民間人の死者が出ている。
有志連合の空爆による民間人の死者の急増は、SOHRやSNHRのような人権組織だけでなく、シリア反体制地域やトルコに拠点をおく数多くの独立系のインターネットニュースサイトや衛星テレビに流れ、さらにアラブ世界18カ国の新聞、テレビでも連日報じられている。シリアの反体制地域では、数多くの市民ジャーナリストが活動し、空爆の現場に行って、現場リポートや画像、映像を日々発信している。
例えば、反ISの立場から、ラッカ周辺のニュースを発信している「ラッカ24」のツイッターサイトでは、「ラッカ西部のマンスーラで有志連合の爆撃機による虐殺で民間人48人犠牲に」という見出しの記事と写真が出ている。(写真下)「48人の犠牲」は、マンスーラの学校の避難シェルターへの空爆による死者33人と、タバクのパン屋への空爆による死者15人を合わせた死者の数字である。SOHRなど人権組織のニュースでも、ニュースメディアでも、有志連合の空爆によって複数の民間人の死者が出た場合は「虐殺」と呼ばれるのが普通で、先に挙げたように、3月になって有志連合による「虐殺」が延々と続いていることになる。
ロンドンのテロとラッカ情勢との関係を考える材料として、「有志連合の国民を殺せ」と呼びかけたIS報道官アドナニの2014年9月の声明に、有志連合の空爆による民間人の犠牲について触れている次のような下りがあるのを紹介しよう。
「信仰者たちよ。あなたたちは十字軍の軍隊が市民も戦士も区別せずに、イスラム教徒の土地を空爆している時に、アメリカ人やフランス人、さらに他の有志連合の国民が、この地球を安全に歩くのを放っておいているのか? 彼らは3日前にシリアからイラクに運航するバスを空爆して、9人のイスラム教徒の女性を殺害した。あなたたちはイスラム教徒の女性たちや子供たちが昼夜なく続く十字軍の爆撃機の轟音を恐れて震えている時に、不信仰者どもを家で安全に眠らせておくのか? あなたたちはあなたたちの兄弟を助けることなく、キリスト教徒の胸に恐れを投げ入れることもなく、彼らによる数多くの空爆に対して何かしようとすることもなく、自分の人生を楽しみ、安眠を得ることができるというのだろうか?」
ロンドンの中心部で車を暴走させて罪のない民間人をひき殺すという行為は、短絡的で残酷で無軌道なテロとしか言えない。テロの実行犯がISに共感を持っていたとすれば、当然、米軍主導の有志連合の空爆でおびただしい民間人の犠牲が出ているラッカ周辺の状況は知っていただろうと想像する。しかし、日本でも欧米でも、イラクとシリアで追いつめられているISが、欧米でテロをしかけたのだという短絡的な見方が横行している。
危惧するのは、ラッカ奪還作戦はこれから本格化する訳で、現在のような作戦が続けば、米軍・有志連合による空爆による民間人の犠牲はさらに増え続けるということである。それは重大な問題であるが、それに対して国際社会も、欧米の市民社会も全く目を向けず、一方でアラブ諸国の民衆や、欧米に暮らすアラブ人やイスラム教徒だけが憤りを募らせるという危険な状況が生まれる。このままでは、今回、ロンドンで起こったような暴発的なテロが、世界で起こるのではないかという懸念を抱かざるを得ない。