グローバル経済の「負け組」は日本と旧ソ連圏だけというお話
「象のカーブ」
世界銀行の首席エコノミストだったBranko Milanovic氏と現エコノミストのChristoph Lakner氏の「エレファント(象の)カーブ」をご存知ですか。「この10年で最も影響力を持ったチャート」とも言われています。右側が長い鼻で、象のように見えることから「エレファントカーブ」と呼ばれるようになりました。
上のグラフの縦軸は国民1人当たりの家計所得が1988年から2008年までの20年間でどれだけ伸びたのか、横軸は所得分布階層を100に分けてお金持ち(100、右端)から貧困層(0、左端)まで並べたものです。
世界トップ1%の超富裕層と百分位数で50~60位辺りに位置する中国の中産階級がグローバリゼーションの「勝ち組」となり、百分位数で80位前後の先進国の下層中産階級や労働者階級が「負け組」であることが一目瞭然です。
英国が先の国民投票で欧州連合(EU)離脱を選択したことや米大統領選でエリート批判を繰り広げる共和党候補のドナルド・トランプが健闘していることから、グローバリゼーションの功罪に改めてスポットライトが当たっています。
世界金融危機による賃下げや非正規雇用の拡大で実質賃金が十分に回復していないというのはその通りかもしれませんが、日本に比べて英国の低所得者層が困っているかと言えば、本当にそうなのかと首を傾げてしまいます。
金融バブルが崩壊した日本
日本では90年代に金融バブルが崩壊した後、経済が悪化し、98年から11年まで自殺者が年間3万人の大台を超えていました。民間支援団体の地道な取り組みや、金融も財政も緩める安倍晋三首相の経済政策アベノミクスのおかげもあって、警察庁のデータでは経済・生活問題に関連した自殺が著しく減少しました。
英国では世界金融危機後、「フードバンク」と呼ばれる食料支援団体のお世話になる人が急増しましたが、世界保健機関(WHO)の12年データによると、人口10万人当たりの自殺死亡率は男性9.8、女性2.6と、日本の男性26.9、女性10.1に比べても格段に低くなっています。
もちろん宗教や文化の違いがあります。英国の方が日本より社会保障や医療などのセキュリティー・ネットがしっかりしていることもあるでしょう。
格差問題に取り組む英国のシンクタンク、レゾルーション・ファンデーションが「エレファントカーブ」を再検証しています。
上は日本(濃紺)、中国(赤)、英国(薄茶)、米国(水色)、旧ソ連圏諸国(黄)の88~08年の所得の年上昇率をバブルチャートにしたものです。横軸は88年時点の各国の平均所得を10分位数に分けて表しています。バブルの大きさは88年時点の人口です。金融バブル崩壊後「失われた20年」に苦しんだ日本と旧ソ連圏諸国の低迷ぶりが浮かび上がります。
一方、中国はトップ10%(所得の年上昇率10%)からボトム10%まで急成長しています。グローバリゼーションの完全なる「負け組」日本と旧ソ連諸国、「勝ち組」中国を除いたのが下のバブルチャートです。
英国のボトム10%は「勝ち組」?
EUの低成長国イタリアでさえ、10分位数で分けたどのクラスも年2%前後の成長を達成しています。EU国民投票で「移民に仕事が奪われ、賃金が下がった」と騒いだ英国のボトム10%の所得は年5%近くも上昇していました。英国はEU加盟によって損をしたのではなく、得をしたのは疑いようのない事実です。
金融バブル崩壊で低迷した日本や旧ソ連崩壊の影響をまともに受けた旧ソ連圏諸国、逆に奇跡的な経済成長を遂げた中国を「外れ値」とし、人口変動の影響を排除した場合、「エレファントカーブ」は下のようになります。
赤い折れ線グラフは日本と旧ソ連諸国を除いた場合、肌色の折れ線グラフは日本と旧ソ連諸国、中国を除いた場合のグラフです。日本と旧ソ連諸国を除くとグローバリゼーションの「負け組」はいなかったことが分かります。 Milanovic氏とLakner氏のデータをもとにレゾルーション・ファンデーションが詳細に分析し直したものですが、筆者が直接、問い合わせたところ、日本に関するデータはもう一つ信頼性に欠けるそうです。
08年以降の世界金融危機、欧州債務危機を加味すると状況は大きく変わる可能性がありますが、レゾルーション・ファンデーションのAdam Corlett氏は「先進国の中でも様々な形態がある。グローバリゼーションに伴う先進国の下層中産階級の停滞は不可避であり、国内政策はあまり意味をなさないという仮定は疑ってかかるべきだ」と指摘しています。
(おわり)