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ロシアとイスラエルの爆撃やアル=カーイダのテロが続く最悪のシリアに追い打ちをかける無関心

青山弘之東京外国語大学 教授
シリア国防省、2023年8月28日

シリアのアル=カーイダとして知られる国際テロ組織のシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)が実効支配するシリア北西部に対する国連の越境(クロスボーダー)人道支援の期間延長が安保理でのロシアの拒否権発動によって阻止され、イドリブ県のバーブ・ハワー国境通行所(トルコ側はジルヴェギョズ国境通行所)を経由した同地への国連による人道支援が途絶えてから8月28日で7週間が経った(経緯については「国連によるシリアへの越境(クロスボーダー)人道支援を葬り去った欧米とロシア、蘇らせたシリア」を参照されたい)。

シリア北西部への支援の85%を担っていたとされる越境人道支援の終了は、同地にさらなる人道危機をもたらすと懸念されていた。だが、同地で困難な暮らしを続ける住民、あるいは国内避難民(IDPs)を「人間の盾」とするかたちで活動を続ける反体制派の生活、そして活動が困窮を深めているようには見えない。それどころか、彼らはここへ来て、「解放区」と呼ばれる支配地に隣接するシリア軍の展開地域に対する攻撃を激化させているようでもある。

こうした状況を受けて、ロシア軍が8月22日に今年に入って12回目となるシリア国内での爆撃に踏み切ったことは、「ロシア軍とイスラエル軍のシリア爆撃をどう理解するか?:化学兵器使用疑惑事件から10年」において述べた通りだ。そして、ロシア軍による爆撃やシリア軍による砲撃と、反体制派による反撃の応酬はその後も続いている。

ロシア軍による13回目の爆撃

ロシア軍は8月24日、今年になって13回目となる爆撃を実施した。英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、爆撃は、シャーム解放機構の支配下にあるイドリブ県ジスル・シュグール市近郊のシュグル村一帯、フサイニーヤ村、ザーウィヤ山地方のフライフィル村北に対して行われた。

このうちフサイニーヤ村は、中国新疆ウィグル地区出身者やウズベキスタン人などが居住し、現地住民らが立ち入ることのできない地で、爆撃によって民家1棟が破壊された。

ロシア軍はまた24日、ダイル・ザウル県のビシュリー山一帯やT2(第2石油輸送ステーション)一帯でダーイシュが潜伏する洞窟や隠れ家を狙って爆撃を実施した。

アンサール・タウヒードの反撃

これに対して、反体制派も大規模な反撃を行った。

シリア人権監視団、反体制系サイトのイナブ・バラディーなどによると、新興のアル=カーイダ系組織の一つアンサール・タウヒードが、シリア政府の支配下にあるイドリブ県ミラージャ村近郊のシリア軍の陣地複数ヵ所に対して、特攻自爆(インギマースィー)攻撃を行い、シリア軍兵士5人を殺害、20人あまりを負傷させ、ミラージャ村を一時制圧した。

これに対して、ロシア軍は、アンサール・タウヒードの兵站線を遮断することを目的として、今年に入って14回目となる爆撃をザーウィヤ山地方のファッティーラ村一帯に対して実施した。

シリア軍も、ミラージャ村一帯を激しく砲撃したほか、イドリブ県のジスル・シュグール市、ザーウィヤ山地方のアイン・ラールーズ村、マウザラ村、カンスフラ村などを砲撃した。これによって、ミラージャ村一帯では、アンサール・タウヒードの戦闘員5人が死亡、3人が負傷する一方、シリア軍も兵士2人が死亡、4人が負傷した。また、ジスル・シュグール市では、砲弾1発が利用されていない学校に着弾したほか、マンスフラ村に対する砲撃で子供2人が死亡、4人が負傷した。なお、シリア駐留ロシア軍の司令部があるフマイミーム航空基地(ラタキア県)に設置されているロシア当事者和解調整センターが8月27日に発表したところによると、ミラージャ村に対する攻撃はトルキスタン・イスラーム党によるもので、シリア軍がこれを迎撃し、戦闘員18人が殲滅された。

シリア軍とシャーム解放機構の戦闘はハマー県北西部、ラタキア県北部でも行われた。

ロシア軍による14回目の爆撃

ロシア軍とシリア軍による報復は続いた。

8月28日、シリアの国防省は声明を出し、テロリストの最近の攻撃に対する対抗措置として、シリア軍がロシア軍と連携して、イドリブ県南部農村地帯でアンサール・タウヒードとシャーム解放機構の拠点複数ヵ所に対して爆撃とミサイル攻撃を行い、これらを完全に破壊、テロリスト多数を殺傷したと発表し、攻撃時に映像を公開した。

殺害したテロリストのなかには、シャーム解放機構のマフムード・サルミーニー、マムドゥーフ・アッルーシュ、アンサール・タウヒードのアブー・ライヤーン・マウア、アブー・カスーラ・ガルビーといった指導者が含まれていたという。

ロシア当事者和解調整センターも8月28日、ロシア軍が、シリア政府軍の陣地や民間インフラに対する攻撃の計画と実行に関与した違法なシャームの民のヌスラ戦線の本拠地と指揮所2ヵ所を攻撃した戦闘機がシャーム解放機構の拠点や指揮を爆撃したと発表した。

イスラエル軍も爆撃を実施

ロシア軍がシリア北部への爆撃を頻繁化させるなか、イスラエル軍も再び爆撃を行った。

シリアの国防省は声明を出し、8月28日午前4時半頃、イスラエル軍がラタキア県西の地中海方面からアレッポ国際空港を狙って爆撃を行い、空港が損害を受け、利用できなくなったと発表した。ロシア当事者和解調整センターやシリア人権監視団によると、爆撃は同空港に併設されているナイラブ航空基地に対しても行われ、滑走路の舗装面などが一部損傷した。

イスラエルがシリアに対して爆撃をはじめとする侵犯行為を行うのは今年に入って22回目である。

イスラエル軍の爆撃に関して、国連のステファン・ドゥジャリク事務総長付報道官は記者会見で以下のように述べ、強い懸念を表明した。

これ(イスラエル軍の爆撃)により(アレッポ国際)空港は閉鎖され、少なくとも1便の国連人道支援便が欠航となった。アレッポは人道支援における極めて重要な中継地点だ。

我々はこうした爆撃についての報道を非常に懸念している。事務総長はシリアでの暴力をもっとも強い言葉で非難し、当事者に対して、国際法に基づく義務を遵守するよう呼びかけている。民間人と民間インフラは保護されなければならない。

しかし、ドゥジャリク報道官の懸念とは裏腹に、越境人道支援が終了した時と同じように、民生用の空港に対する爆撃によって、シリアの人道状況がさらに悪化することももはやないだろう。その理由は、イスラエルが「イランの民兵」などと称されるテロリストだけを標的としているからではない。シリアの人道状況が「最悪」の事態に陥って久しく、最悪よりも悪い状態などないからだ。

ロシア軍の爆撃であれ、アル=カーイダの系譜を汲む組織のテロ攻撃であれ、イスラエル軍の爆撃であれ、欧米諸国や日本の関心はいつも通り低い。実は、こうした無関心こそが、これ以上悪くなることのないシリアの「最悪」の事態を長引かせており、爆撃やテロ以上にシリアに打撃を与えているのである。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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