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ロシア軍とイスラエル軍のシリア爆撃をどう理解するか?:化学兵器使用疑惑事件から10年

青山弘之東京外国語大学 教授
Baladi-News、2022年8月21日

シリアのダマスカス郊外県グータ地方で、化学兵器使用疑惑事件が発生してから2023年8月21日でちょうど10年が経った。

バラク・オバマ米大統領が、「バッシャール・アサド政権による化学兵器使用を確認できれば、「ゲーム・チェンジャー」になる」と発言した数ヵ月後に発生したこの事件に関して、欧米諸国はシリア軍による犯行と断じ、軍事介入を画策した。これに対して、シリア政府、ロシア、イランといった国々は、欧米諸国の軍事介入を呼び込むために、これらの国々、あるいは反体制派が仕組んだ「偽旗作戦」だと反論している。

国連の調査団は、住民に対して化学兵器が使用されたことを確認したが、誰が使用したのかを特定はしておらず(特定する権限を有していなかった)、真相は闇のなかだ(シリアでの化学兵器疑惑事件の詳細については拙稿『シリア情勢:終わらない人道危機』『膠着するシリア:トランプ政権は何をもたらしたのか』を参照されたい)。

だが、この事件を機に、体制転換を企図していた欧米諸国の対シリア政策は、化学兵器使用への懲罰を主要なアジェンダとするようになり、その後はイスラーム国が台頭すると、「テロとの戦い」が干渉や最大の根拠(口実)となり、今日に至っている。

欧米諸国の対シリア政策がパラダイム転換とグレードダウンを繰り返すなか、これらの国、そしてその支援を頼みとする反体制派が掲げる人権や人道は、シリアの今を理解するうえで何らの有効な判断基準とはなり得ない。

化学兵器使用疑惑事件が発生してから10年が経った2023年8月21日に行われた二つの爆撃がそのことを物語っている。

爆撃を行ったのは、ロシアとイスラエルだ。

ロシア軍の爆撃

英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、ロシア軍戦闘機複数機が20日深夜から21日未明にかけて、イドリブ県イドリブ市西に対して爆撃を実施した。

イドリブ県(中北部及び隣接するラタキア県北東部、アレッポ県西部、ハマー県南西部)は、自由と尊厳をめざす「シリア革命」の最後の牙城とされる地域だ。だが、その実態は、シリアのアル=カーイダとして知られる国際テロ組織のシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)が軍事・治安権限を握り、シリア救国内閣やシューラー総評議会を名乗る組織が自治(統治)を主導している。その支配は、住民に対する恣意的な暴力や逮捕を特徴としており、同地で革命運動を続けていると主張する活動家や在外の支援者らが主唱する自由も尊厳もない。

ロシア軍、そしてシリア軍の爆撃は、無辜の住民、病院や学校を無差別に狙っているとの非難が絶えない。だが、21日の爆撃でロシア軍が狙ったのはシャーム解放機構だった。

シリア人権監視団によると、爆撃は6回行われ、イドリブ市西のタッル・ルンマーン村にある水泳用のプール近くにも及んだが、主な標的はイドリブ市西のクーリーン村に至る交差点に設置されているシャーム解放機構の軍事拠点だった。この爆撃により、シャーム解放機構のメンバー13人が死亡したとされる。

なお、ロシア軍による爆撃は2023年に入って12回目である。内訳はシャーム解放機構の支配地に対して9回(3月16日、5月26、30日、6月20、23、24、25、27日、8月5日)、イスラーム国が潜伏するダイル・ザウル県、ラッカ県、米国が違法に駐留するヒムス県のタンフ国境通行所一帯地域(55キロ地帯)周辺に対して3回(3月8日、8月11、14日)。

追記(2023年8月29日):ロシア当事者和解調整センターのワディム・クリット副センター長は8月23日、ロシア軍が22日にイドリブ県イドリブ市南西のバーティンタ村を爆撃し、シャーム解放機構のメンバー25人を殺害したと発表した。またシリアの国防省も23日、シリア軍がロシア空軍とともに、アレッポ県、ラタキア県、ハマー県の農村地帯にあるテロリストの拠点複数ヵ所、ミサイル・ロケット弾発射台、無人航空機(ドローン)、貯蔵施設に対して爆撃と砲撃を加え、標的のほぼすべてを破壊、テロリスト数十人を殺傷したと発表した。

イスラエル軍の爆撃

一方、イスラエル軍は、21日の深夜に爆撃を行った。

シリアの国防省が発表した声明によると、イスラエル軍は午後23時5分頃、占領下ゴラン高原方面から首都ダマスカス周辺の複数ヵ所を狙ってミサイル複数発を発射、これにより軍関係者1人が負傷、若干の物的損害が生じた。

シリア人権監視団によると、爆撃は、ダマスカス郊外県キスワ市近郊にあるレバノンのヒズブッラーや「イランの民兵」の貯蔵施設や陣地などを含むシリア軍の拠点3ヵ所を標的としていたという。

イスラエルがシリアに対して爆撃をはじめとする侵犯行為を行うのは今年に入って21回目、2月6日にトルコ・シリア大地震が発生して以降では18回目となる。

イスラエルがシリアに対して執拗に繰り返す侵略攻撃が、欧米諸国や日本が拠って立つ価値観に抵触しないのは、それが普遍的な意味での自由や人権に沿っているからではなく、イスラエルが欧米諸国、日本と友好関係にあるからに他ならない。これに対して、ロシア軍の爆撃は、アル=カーイダに対する「テロとの戦い」という国際社会の総意にのっとった動きとして認識されないのは、それが普遍的な意味でのテロ撲滅に資していないからではなく、ロシア(あるいはシリア)が欧米諸国にとって好ましからざる存在だからに他ならない。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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