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外科医はどうやって手術の練習をしているのか? 医師解説

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
外科医の手術トレーニングは変わってきている(ペイレスイメージズ/アフロ)

体調を崩したり調子が悪い時、病院に行くと内科や外科・眼科や耳鼻科などいろんな「○○科」がありますね。

今回は、その中でも「外科」というところで働くお医者さんのお話です。

外科という科には、馴染みがない人が多いかもしれません。しかし、あなたが病気にかかり、もしその病気が重い時には、私たち外科医の出番になります(細かいことを言えば病気によって手術をするかどうかは異なりますが)。

私は胃や腸などおなかの病気を治す医者です。

食べ物の消化に関わるところですから、胃や腸のことは消化器と言います。その消化器の外科の医者なので、消化器外科医と言います。私のような消化器外科の医師はだいたい、ほぼ毎日手術をしています。

しかし、いつ私は手術が出来るようになったのでしょうか?生まれつき、ではありません。医学部の学生の時に練習した訳でもありません。医師になってから、修行をしたのです。この記事では外科医がどうやって手術の修行をしているのか、お話します。

結論を急げば、

外科医は手術をしながら手術を学ぶ。しかし最近は変わってきた

となります。

「外科は体育会系ではない。軍隊だ」

「外科は体育会系ではない。軍隊だ」

私が研修医の頃、実際に外科医の上司に言われた言葉です。これはつまり、「外科というところは厳しいトレーニングを行うところだ。その厳しさは体育会系の部活の比ではない、軍隊のそれと同じくらいだと思え」という意味でしょう。

私はその言葉を当然のことだと思いました。人の体にメスを入れるのですから、そのトレーニングは軍隊並に厳しいものであって当然だ、と思ったのです。そして一つのミスが人の命に関わる点も、軍隊と似ています。

昔は、外科医から「手術は目で憶えろ」と言われました。上司の外科医がやる手術に助手として参加し、手伝いながらその手術のやり方とコツを学んだのです。

その教育方法は「徒弟制」という言葉がとてもしっくり来ます。若い外科医は上司に密着して手術のやり方や診療の仕方を徹底的にコピーします。そのうちに、話し方や口癖まで上司に似てくることは良くあります。

ここはこうやれ、ここはこうするのがコツだ、と丁寧に一つ一つ教えてくれる外科医も中にはいましたが、それは業界全体でもごく少数派だったと思います。

手術のトレーニングは手術室で

手術の勉強のためには、手術の教科書というものがあります。しかし、手術とは生身の人間を相手にする技術。教科書を読んで「ここをメスでこう切ってこうはがす」など頭ではわかっても、実際に手術となるとまったく出来ません。どのくらいの強さで、どのくらい速さでメスを入れれば良いのか、教科書を読んだだけではわからないのです。

それは例えば、楽譜を見ただけですぐに情緒溢れる演奏ができないのと同じです。

更に言えば、人間は一人ひとり体のつくりが違いますから、いつも教科書通りという訳にはいかないのです。教科書にはある程度そういう情報もありますが、「ここは人によって違うので、注意して進める」くらいの指示しかないことが多いです。

ですから、若い外科医が手術を学ぶには、「手術室にへばりついて上司の手術を飽きるほど見る」ことがメインになります。それを何度も何度も続けて行き、手術ほやり方がわかってくると、ごく難易度の低い安全な手術から順に手術を執刀(しっとう)して行きます。執刀とは、一番メインで切っていく外科医のことで、他に手術には助手が一人か二人はいます。若い医師が執刀する手術には必ず熟練の外科医が助手として同席していて、危ないことがあったり手術の進行がもたついたりしたらすぐに手を出し、時にメスを若い外科医から取り上げ自分でやるのです。

これを繰り返して、外科医は手術の修行をします。この「徒弟制」は、伝統工芸の職人や寿司職人などと似た雰囲気を感じます。

最近は変わってきた?

このスタイルが、最近少しずつ変わって来ました。私は先日「外科教育研究会」という、外科医があちこちから集まって「若い外科医に手術をどう教えるか」を話す会に参加しました。そこで、最新の教育方法について聞いてきました。

新しい手術のトレーニング方法として、いきなり人間の手術をするのではなく、まずはシミュレーターと呼ばれる、人間の体に似せて作った練習器具で練習する方法があります。これには様々なものがんあり、1000万円以上するコンピューター制御のマシンから、数10万円の3Dプリンタで作った箱と樹脂などを使ったものまであります。安い方はかなり国内で普及しており、私の勤める病院にもあります。実際に最新のデモ機を試させていただきましたが、私が普段やっている手術とかなり感触が似ているものが開発されていました(注1)。

今の課題は、「いかに安く、いかに人間の体と同じような感触で作れるか」という点だそうです。

動物や人間のご遺体による手術のトレーニングをするという方法があります。特に人間のご遺体で手術実習を行うことは、海外では行われています。日本人としてはちょっと抵抗がある方も多いかもしれませんが、すでに医学部の実習として行われている人体解剖と同じと考えることができます。これは、もちろんご遺族に同意を得て、明確な目的の元に、十分な倫理的な配慮が行われた上でやるべきことです。実際に行なっている大学病院の医師のお話では、課題としては運用コストがかなりかかり、年間に数百万円から一千万円だそうです。現在国内では10カ所位で行われています。

外科医としての意見ですが、ご遺体による手術実習は、若い外科医のために非常に有用であると思っています。理由は、今挙げたシミュレーターや動物によるトレーニングでは、現段階ではまだまだ限界があるからです。人間の体を再現するにはまだ時間がかかるでしょう。もちろんそこには献体なさった方への最大限の敬意と、礼意が欠かせませんが。

なぜ変わってきたのか?

ではなぜ、手術のトレーニングは変わってきたのでしょうか。理由は二つあります。

1. 医療安全をさらに高めるため

2. 手術が難しくなってきたため

1. 医療安全をさらに高めるため

日本でも、「もっと安全に手術のトレーニングをする必要がある」という議論が高まり、いきなり患者さんで手術をするのではなく、まずはそれ以外で十分に技術を上げようとなりました。当然の議論ですが、なかなかそれが浸透しなかったのもまた事実です。

2.手術が難しくなってきたため

もう一つは、手術が難しくなってきたためです。お腹の手術は最近、「腹腔鏡」(ふくくうきょう)という手術が増えてきました。これは小さい傷だけで、細くて長い手術道具とカメラを使って行う手術です。手術の後の患者さんの回復が、昔のお腹を15cm位切っていた頃と比べて明らかに早いため、どんどん普及が進んでいます。しかし外科医にしてみれば、この腹腔鏡の手術は難しい。直接臓器を触れない上に、傷が小さいためお腹の中での動きに色々な制限があるからです。

外科医の教育は今後注目される

これまでブラックボックスであった外科医の教育は、今後注目を浴びるでしょう。新しい科学的な方法が、従来の根性論に取って代わられるのです。私は医師になって11年ですが、教育を受けつつも教育をする側として、外科教育という新しい学問を作る一人として加わりたいと思います。

外科医教育の研究会を作った先生に伺ったお話です。彼はこの会を作るに当たり、あるエキスパート外科医に相談しました。

「はじめ外科医の教育を考える会をやろうと思ったが、教育など外科医は誰も興味を持たないから一人も来ないのでは」

すると、「誰も来なかったら二人でもいいからやろう」と返事を貰ったそうです。それほど、外科医教育は日本で研究されて来なかったのです。今では毎年参加者が増えており、第四回となる今年は全国から約70人が集まり活発な議論が行われていました。

今後、さらに外科医教育が成熟し、国内の手術レベルが上がることを祈りつつ稿を閉じたいと思います。

<謝辞>

本記事は日本外科教育研究会の主催した第4回Surgical Education Summitでの情報を元に書かれています。

本記事を執筆するに当たり、外科教育研究会を立ち上げ、記事化を快諾して下さった北海道大学消化器外科IIの倉島庸先生、そして力強い賛同でこの会の発足を促した国立がんセンター東病院大腸外科長の伊藤雅昭先生に御礼申し上げます。

(注1) 筆者が試したのは鼠径ヘルニア手術(TAPP法)のシミュレーターです。

(注2)臨床医学の教育及び研究における死体解剖のガイドライン 日本外科学会・日本解剖学会

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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