あのステイゴールドを育てた伯楽が、香港でのラストランをかの地にて語る
伯楽、再び香港に
「一ファンとして、予想の難しさに痛感しています」
笑顔でそう言うのは池江泰郎元調教師。
「引退してもう11年経ったので81歳です」
続けてそう語った場所は香港。
「息子の泰寿の応援がてら(香港に)来ました」
子息で調教師の池江泰寿は香港スプリント(GⅠ)にスプリンターズS(GⅠ)の覇者ジャンダルムを送り込んでいる。
池江泰郎元調教師の現役時代と香港との関わりといえば、なんといってもステイゴールドが思い出される。2001年に香港ヴァーズ(GⅠ)を制したのが、この類稀に見るクセ馬ステイゴールドだった。
「あの日は日本馬が凄かったですよね」
池江元調教師が語るように、日本馬はこの日、大活躍。先のステイゴールドの他、エイシンプレストンが香港マイル(GⅠ)を、アグネスデジタルが香港カップ(GⅠ)を勝利。4つの国際GⅠのうち3つを日本馬が制した。今でこそ日本馬は世界中で活躍しているが、当時はまだ現在ほどではない時代。私も現場で立ち会ったが、次から次へと勝利する日本馬を前に、マスコミを含めた日本人関係者の盛り上がり方は半端ではなかった。
「手のかかる馬だっただけに、ラストランでの優勝劇は、心に来るモノがありました」
池江元調教師はそう続けた。
クセ馬と天才ジョッキー
ステイゴールドが少々クセのある馬だった事は、現役時代から何かと話題になっていた。真っ直ぐに走らない。とにかく真っ直ぐ走らない。デビュー時にはUターンする素振りを見せたし、GⅠでも斜行しなければ勝てていたのでは?という走りを披露。大舞台でそれだけ好走出来るのに、GⅡやGⅢでも惜敗に終わる事が多く、ファンをヤキモキさせると共に、だからこそ、という感じでファンを獲得した馬だった。
「ただ、実際に携わっている側は毎回『なんとかならなかったものか?!』と考えさせられる事が多く、手を焼きました」
そんなステイゴールドが、現役50戦目として迎えたのが、ラストランとなる香港ヴァーズだった。
「状態は良かったけど、この馬を語る場合、やはり豊君は外せませんね」
池江元調教師に「豊君」と言われたのは勿論、武豊騎手。
「ディープインパクトもそうだったけど、彼だからこそ勝てたという点があり、ステイゴールドのラストランも正しくそんな競馬でした」
逃げ馬の2番手で直線に向いたステイゴールドの上で、天才ジョッキーはいつもの「左側にヨレる」癖を頭に入れ、対処出来るように乗っていたという。しかし、そんな鞍上の思いを知ってか知らでかステイゴールドはいつもと逆の右方向へヨレた。
「それでもすぐに対応出来るのが豊君の凄いところ」と池江元調教師が語るように、武豊は慌てる事なくこれに対応。外へ持ち出すと、ゴール直前で差し切り。ステイゴールドをついにGⅠホースへと昇華させてみせた。
予想が難しい理由
現在はスポーツ新聞で予想を披露しているという池江元調教師は言う。
「良い馬を沢山やらせていただいたけど、ステイゴールドが思い入れの深い1頭である事は間違いありません。予想をする時も、ステイゴールドの子供やその血をひく馬達に、ついつい目が行ってしまいます」
ステイゴールドは種牡馬として大成功し、オルフェーヴルやゴールドシップを始めGⅠ馬が続々と輩出した。とはいえ、勿論全てがすべからく勝利するわけではなく、とくに気性の難しさも受け継ぐ仔が多いため、実力を発揮出来ずに思わぬ敗戦を喫する産駒も多い。冒頭で記したように「予想の難しさを痛感している」という池江元調教師だが、どうやら情が邪魔をして、そんな仔達に惑わされるケースも多いのかもしれない。
しかしながら、そんな気持ちがあるのは誰でも同じ。香港のような国際レースで、日本馬を応援するのは心情的にはごく当たり前の事だろう。今回の香港国際レースに挑む日本馬は全部で14頭。ジャンダルムを始めとした日本勢が、ステイゴールドの日のような感動を再び与えてくれる事を期待したい。
(文中一部敬称略、写真撮影=平松さとし)