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中国から「年老いた衰退国家」と罵られてまで英国が手に入れたもの

木村正人在英国際ジャーナリスト

とことんこき下ろされた英国

人民日報の国際版「環球時報」(電子版)が18日、英国を「古い衰退国家」と表現し、「国力の差を自覚した現実的な外交を」とこき下ろした。

訪英した中国の李克強首相は17日、エリザベス女王と面会した上、キャメロン首相との首脳会談で中国企業の原発事業や高速鉄道計画への参入などで合意した。

その翌日、中国共産党のスピーカーである環球時報は、李首相の訪英前に英国メディアが「エリザベス女王と面会させなければ李首相の訪英を取りやめると中国側が脅してきた」と報じたことについて、「英国メディア、いや英国社会全体の心の狭さを反映したものだ」と反駁している。

記事から抜粋すると――。

「英国の国力は今や中国と比ぶべくもない。自分たちの高貴さを強調したい幾人かの英国人にとっては受け入れがたいことだが、それが真実なのだ」

「もし、英国人が二国間関係を代償にこの事実を拒否しても、精神的な満足は手に入らない」

「おそらく中国人民は英国人の複雑な感情を許すべきだ。台頭する国は、年老いた衰退国家の困惑と、それを隠すために時にエキセントリックに行動することを理解すべきなのだ」

「外交は両国の国力を現実的に理解した上で行わなければならない。英国人がこの現実を歪めようとするなら、双方を疲れさせることになる」

よくもまあ、ここまで言ったものだと思うが、これが中国外交だ。

英保守党のキャメロン政権は2012年にチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世に会うなど、当初は人権問題を重視していた。しかし、来年の総選挙で再選を果たすため、中国マネーを呼び込んで経済成長につなげたいという思惑が優先する。

「人民元は主要国際通貨に」

李首相とキャメロン首相は首脳会談で、総額140億ポンド(約2.4兆円)の契約を結ぶことで合意した。

(1)英石油大手BPは中国海洋石油総公司(CNOOC)向けに液化天然ガス(LNG)を長期供給(2)ロンドンとイングランド北部を結ぶ高速鉄道に中国企業が参加(3)原発事業で中国企業による50%超の持ち株を将来的に認める――などが主な内容だ。

しかし、象徴的だったのは18日に行われたオズボーン財務相の演説だ。

「金融の世界で歴史的な変化が起きるのは極めてまれなことだ。第一次大戦後に米ドルが世界の準備通貨になった。1980年代には、預金者がハイリターンを求めるようになり、銀行の金融仲介機能が低下し、証券市場が成長した」

「私は、中国の人民元が主要な国際通貨になることが次の大きな変化だと信じている」

人民元オフショアセンター

「踏まれても蹴られてもついていきます下駄の雪」状態の恥辱にまみれても、英国が絶対に手に入れたいのは人民元オフショアセンターとしての地位だ。

2008年の世界金融危機でドルやユーロの為替レートが大きく変動し、米ドルに過度に依存するリスクが浮き彫りになったことから、中国は人民元の国際化に本格的に取り組んでいる。

オズボーン財務相によると、11年にはロンドン市場での人民元取引はほとんどなかったが、現在では中国本土と香港を除くと、人民元オフショア市場の3分の2はロンドンが占めている。

ロンドンでは2年前、英大手銀行HSBCが人民元建て社債を発行。昨年は中国政府の許可を受け、中国の銀行が人民元建て社債を発行、間もなく大規模支店を英国に開設することが可能になる。

今回の首脳会談では、中国建設銀行を英国初の人民元決済銀行とすることで合意。英国の輸出金融で人民元建て取引を保証、英国企業は中国で人民元建て投資ができるようになる。

中国人民銀行(中央銀行)は英国通貨のポンドと人民元の直接取引を開始するという。

中国は「新しい形の大国関係」を米国に突きつけ、太平洋の平和と安定がほしければ東シナ海や南シナ海に口出しするなと要求した結果、米国の警戒心を増幅させてしまった。このため、中国はG3の一角となる欧州との外交により精力を注いでいる。

人民元オフショアセンターもロンドンだけに集中させず、中国人民銀行は、ドイツ連邦銀行(中央銀行)ともフランクフルト金融市場で人民元建て決済を推進する覚書を交わしている。

出遅れた日本だが

2012年の沖縄・尖閣諸島国有化後、日中関係は氷河期に入り、日本は人民元の国際化とオフショア市場をめぐる争奪戦に完全に出遅れてしまった。しかし、カネでは売り渡してはいけないものがある。

米国大学教授協会(AAUP)とカナダ大学教員協会(CAUT)はこのほど、中国政府系の文化機関「孔子学院」を誘致した米国とカナダの約90大学に対し、大学の良心と見識を問う声明を発表した。

孔子学院は日本を含め世界各国にすでに400カ所以上設置されている中国共産党の宣伝機関だ。

声明によると、孔子学院の活動は「漢弁(ハンバン)」と呼ばれる中国政府機関の監督下にあり、「学問の自由」が無視されている。孔子学院が教員の採用や管理、カリキュラムの選定、討論の規制を通じて中国政府の目標を達成するのを容認していると声明は大学側を非難している。

孔子学院では、チベットや新疆ウイグル自治区の人権問題や台湾問題など中国共産党にとって都合の悪いテーマを議論する自由が完全には認められていない。

AAUPとCAUTは、大学側と「漢弁」との再協議で完全な学問の自由が認められないなら、大学は孔子学院との関係を断てと求めている。

中国の「Chong Hua財団」が12年1月、英名門ケンブリッジ大学に寄付した370万ポンド(約6億3900万円)について、英紙デーリー・テレグラフは温家宝前首相の娘Wen Ruchun女史がこの財団の持ち分29%を保有していると報じた。

ケンブリッジ大学側は「財団と中国政府の関係はなく、寄付に何の問題もない」と説明しているが、果たして「学問の自由」は守られているのか。自由民主主義を掲げる国として、絶対譲ってはいけない一線がある。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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