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サッカー少年のような涙と笑顔を見せた福田湧矢。「湧矢のためにも」という仲間がヴィッセル神戸戦で輝く

下薗昌記記者/通訳者/ブラジルサッカー専門家
ピッチに立てば常に全力。その姿に惹かれるガンバ大阪サポーターは多い(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

 J1リーグで5試合勝利から遠ざかり、公式戦で4試合連続ノーゴール。5月8日に行われたヴィッセル神戸戦はガンバ大阪にとって、絶対に勝点3が必要な一戦だった。サポーターへの熱い思いを前日の囲み取材で口にしていた福田湧矢は大迫勇也との接触プレーで左肩を脱臼し、前半30分に無念の負傷交代。ピッチを去る若者は、悔し涙に咽んでいた。しかし、福田の涙に刺激を受けた選手が攻守両面で試合を決定づけるプレーを披露。ガンバ大阪は6試合ぶりの勝利を手にした。

福田が試合前日に口にしていたサポーターへの熱い思い

 試合前日に行われるオンライン取材。福田の口ぶりからはこの一戦に賭ける思いが痛いほど伝わってきた。

 プロ5年目を迎え、今年4月に23歳となった福田は若手ではなく中堅へと立ち位置を変えつつあるが、変わらないのがその礼儀正しさだ。コロナ禍によって、オンライン取材がメインとなったガンバ大阪、取材が終わると必ず「ありがとうございました」の一言を忘れないが、その話しぶりは「立て板に水」とはまるで対照的。決して、話し言葉は多くない福田であるが、ヴィッセル神戸戦を翌日に控え、何度もサポーターへの思いを迸らせていた。

 「なかなか勝ててないのでサポーターの皆さんには本当に申し訳ない気持ちもいっぱいあるし、勝って喜ぶ試合をしたいし、皆で。そういう試合をしたいです、喜びたいです、皆で。それだけです」

 9分近い取材で、複数の記者が思い思いに質問をぶつけたが、いつもならスパッと会見を終える23歳が、まだ言い足りないと言わんばかりにこんな言葉で取材を締め括る。

 「さっきも言った通り、なかなか勝てず本当に申し訳ない気持ちで、皆、選手たちもいっぱいなんですけど、それでも応援してくれるファン、サポーターたちが力強い後押しをしてくれるので、明日の試合は絶対に勝って喜びたいです」

東福岡高校時代にも、ガンバ大阪でのプレーを夢見ていた
東福岡高校時代にも、ガンバ大阪でのプレーを夢見ていた写真:アフロスポーツ

福田の強い「ガンバ愛」。「2分の1成人式」で語った夢とは

 今季、ガンバ大阪ではチーム最多となる3得点の小野瀬康介に次いで福田は2得点。ヴィッセル神戸戦に向けて「しっかりと点を取ってチームを勝利に導けるように戦いたいです」と意気込んでいた背番号14に思わぬアクシデントが待っていた。前半26分、大迫と接触し、ピッチに転倒。その際に、左肩を脱臼していた。

 負けん気が服を着て、歩いているような若者が福田である。「こんなに痛いとは思わなかったです。やばかったです」と試合後に苦笑いし、その痛みを明かしてくれたが、実は一度はファイティングポーズを取っていた。

 チームドクターが外れた肩を処置、福田は「行けるじゃん」と思ったそうだがドクターストップ。「普通にやれそうでしたけどね。だから余計悔しかった……」。ピッチから離れることを余儀なくされた時、涙を見せたのはサポーターに誓ったはずの勝利に貢献できない悔しさ故だった。

 ガンバ大阪のアカデミー育ちである宇佐美貴史や倉田秋は人一倍、「ガンバ愛」に満ちた選手であるが、福田もまたガンバ大阪へのプライドと愛着を持っている。

 試合前日、「勝てていないのでどうしても皆、自信をなくしているところもあるかもしれないですけど、それでもやっぱり、自分たちはガンバ大阪ですし、お客さんが来てくれている中でアグレッシブさはずっと出し続けたいと思います」(福田)。

 福岡県北九州市出身で、大阪には縁もゆかりもない福田は、小学校4年の頃、「2分の1成人式」でクラスメイトにこんな夢を語っていた。「東福岡の選手になって全国大会で優勝。そしてガンバ大阪に入団する」。

 攻撃サッカーでJリーグを席巻した全盛時のスタイルを幼少の時に見たサッカー小僧は、10歳の時に語った夢を実現。その熱いプレーの源は、「強いガンバを取り戻す」なのである。

スーパーセーブを見せた守護神と、試合を決定づけたブラジル人も福田の涙に刺激

 火の玉小僧を予期せぬ形で欠いたガンバ大阪だが、その悔し涙は、確実に残されたチームメイトの刺激になっていた。

 前半34分、パトリックの決定機を阻止したとして、VARチェックの結果、菊池流帆が退場処分となったヴィッセル神戸。ガンバ大阪は数的有利を生かして、攻勢に出るが前半2本のシュートがポストに嫌われるなど、得点が奪えなかった。

 スコアレスで折り返した後半、ヴィッセル神戸は後半9分にアンドレス・イニエスタを投入。するとイニエスタは後半15分、武藤嘉紀に決定的なパスを通し、GK一森純との一対一を演出する。

 エアポケットに陥ったかのように一瞬、足が止まったガンバ大阪の守備陣だったが、一森だけは冷静だった。

 「僕らのシュートが外れるたびに、次はピンチが来るぞと自分に言い聞かせていました」と振り返る守護神は武藤の難しいシュートを足でスーパーセーブ。負傷からのリハビリで昨年、1試合もピッチに立てなかった一森は負傷離脱の悔しさを知り尽くす。だからこそ、負傷交代した福田への思いも特別だったのだ。

 「湧矢の悔し涙を見て、ちょっと自分も貰い泣きしそうになったので、ちょっと危なかったですけど、湧矢のためにも勝てて良かったです」

 一森に救われたガンバ大阪は後半36分に、クォン・ギョンウォンが待望の先制点をゲット。そして、片野坂知宏監督が「2点目が大きかったと思いますし、あれはやっぱりチームを助ける得点だった」と振り返った2点目を後半のアディショナルタイムに決めたウェリントン・シウバもまた、福田には特別な思いを抱く男だった。

 2対0で勝利した直後、ピッチ上で歓喜の輪が広がったが、ウェリントンを祝って満面の笑みを見せる福田の姿がそこにはあった。

 「めっちゃ仲いいんですよね、ウェリ(ウェリントン)とは。めっちゃ仲よくて、だから嬉しかったです、アイツがずっと努力しているのも知っていたし、だから余計嬉しかったです。いい奴ですよ、アイツ」

 我が事のように仲間の活躍を喜ぶ福田についてウェリントンも「湧矢はすごく優しくて、僕たちとも距離感が近く、いつも僕のそばにいてくれる選手。彼のためにもチームで結果を残したいという気持ちで試合に入りました」と話した。

 ヴィッセル神戸相手に、勝利を手にしたガンバ大阪。「またお休みです。最悪やーっ。何か悔しいですけど、仕方ないですね」と本音を漏らした福田だが、人の良すぎる好青年は「(同じ怪我をしないように)気をつけてくださいね、めっちゃ痛いです」とミックスゾーンに集う記者らに気遣いも見せるのだ。自身は再び、負傷離脱の可能性が濃厚だと言うのに。

 愛すべきサッカー小僧、福田湧矢――。いつか、彼がタイトルを手にし、嬉し泣きする姿が見たい。 

記者/通訳者/ブラジルサッカー専門家

1971年、大阪市生まれ。大阪外国語大学(現大阪大学外国語学部)でポルトガル語を学ぶ。朝日新聞記者を経て、2002年にブラジルに移住し、永住権を取得。南米各国でワールドカップやコパ・リベルタドーレスなど700試合以上を取材。2005年からはガンバ大阪を追いつつ、ブラジルにも足を運ぶ。著書に「ジャポネス・ガランチードー日系ブラジル人、王国での闘い」(サッカー小僧新書)などがあり、「ラストピース』(KADAKAWA)は2015年のサッカー本大賞で大賞と読者賞。近著は「反骨心――ガンバ大阪の育成哲学――」(三栄書房)。日本テレビではコパ・リベルタドーレスの解説やクラブW杯の取材コーディネートも担当。

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