NHKが調査報道プロセス異例の公開 「報道って凄いな」 賛辞の声次々と
【コラム=楊井人文】「これは面白いなあ。記事としても読んでいて興奮する」「地道な努力の過程を見ると、報道って凄いなって思うね」ーNHKが先週、ウェブサイトで公開した一本の長文記事が、ネット上でじわじわと評判を呼んでいる。
タイトルは「僕らはこうして“不正”を見つけた 180日の調査報道」。4月17日、和田章一郎・島根県議会議員=当時、民進党県連代表=が架空の領収書で政務活動費140万円を受け取っていたことをスクープ。4日後、松江放送局の取材チームがスクープに至るプロセスを詳しく公開した。NHKのウェブメディア部門に携わる関係者によれば「NHKが調査報道の一部始終をこれだけ詳しくウェブに公開した例は記憶がない」という。
きっかけは一年生記者の気づきだった
安井俊樹記者(松江放送局)の署名が入った約4800字の記事(以下「安井レポート」と呼ぶ)は、「私(安井)は元はといえば、東京の報道局の科学文化部で、文学から映画、アニメまで文化・芸術の分野を担当する記者でした」と経歴紹介から始まる。昨年10月に4人の取材チームを結成し、情報公開請求で入手した県議の領収証7千枚余りと収支報告書に矛盾点がないかなどをチェックする「ブツ読み」を開始。その中で1年生記者のある気づきが、スクープの端緒になったことを明らかにした。
安井レポートには、和田議員が委託した業者の調査報告が実態のないものだったことを突き止めるまで難航した取材経過や、業者から架空の領収書を作ったと認める証言を引き出した時の様子などが、記者目線で克明に描かれている。こうしたプロセスが明らかにされた後だからこそ、「今回のような『調査報道』でなければ、不正があっても見抜くことができないのです」という安井記者の言葉も、一段と重みを増して読者に伝わる。
ツイッターなどでは安井レポートへの賛辞の声が次々と寄せられていた。
「これだよ。これがマスコミだよ。私が子供の頃に憧れた記者の姿がここにあった」
「こういう仕事こそマスコミの基本だと思うし民主主義を支えていると言えると思う。地味だけど」
「読み応えあった。調査報道の困難さがわかる。だからこそ既存マスメディアにこそ担って欲しい役割でもある」
従来型ニュースが伝えていなかったこと
調査報道とは「当局者による『発表』に依拠することなく、独自の問題意識をもって、隠れている・隠されている事象を掘り起こし、報道すること」(「現代ジャーナリズム事典」三省堂、2014年)。NHK松江放送局のスクープは、独自調査で隠された不正の事実を発見し、本人も否定できない証拠を突きつけたという意味で、まさしく調査報道の成功例だったといえる。
取材チームを指揮した山本訓弘デスク(53)は「政務活動費を巡る不正が相次ぐ中、ほかの記者の手本にもなればと思い、プロセスを公開した。これをきっかけに一般の人の調査報道への関心も高まれば」と日本報道検証機構の電話取材に答えた。
だが、もし安井レポートが公開されていなければ、必ずしも珍しくない政治家の不祥事の一つとして埋没してしまった可能性がある。
4月17日にニュースで報じられたときは、次のような内容だった。
このニュースから、議員が委託したとされる業者がNHKの取材に”不都合な真実”を証言し、議員も不正を認めたことはわかる。
だが、なぜ業者がそのような証言をしたのか、なぜその証言が信用できると判断できたのか、なぜ議員は”不都合な真実”を認めるに至ったのか。このニュースだけではよくわからない。
もし安井レポートが世に出ていなければ、議員が当初疑惑を否定し、松江放送局の記者たちが粘り強く取材を続けなければ”不都合な真実”にたどり着かなかったというもう一つの真実は、人々に知られることはなかったのである。
取材過程の”見える化”が信頼向上につながる
安井レポートはウェブサイトに公開されただけで、放送予定はないという。NHKはまだその価値の大きさに気づいていないようだ。放送の影響力は桁違いであり、安井レポートの放送化を検討してはどうだろう。
メディア界では長らく、取材結果を伝えることが報道の役割であり、記者は黒子であって過程や内幕を語ることは必要ないという考え方が支配的だったと思われる。だが、メディアの信頼性が問われている今こそ、発想を転換すべきときではないだろうか。
取材結果を伝えるだけでなく、取材過程(メイキング)を「見える化」するのだ。従来捨てられていた情報を生かせば、伝える側と伝えられる側の人間ドラマでもあり、取材結果を報じるニュースに劣らず興味深いコンテンツになることは間違いない。情報源を明示することも、取材過程の「見える化」につながる。そうすることでニュースの真価もより正しく伝わり、ジャーナリズムの営みに対する人々の理解、信頼も深まる。記者のモチベーション向上にもなるだろう。
一つのニュースのボリュームが増し、編成上の工夫は必要かもしれないが、コストをかけずにできる改革だ。メディアにとって良いことづくめではないか。
長年、新聞記者として調査報道の重要性を訴えてきた高田昌幸・東京都市大学教授も、今回のNHK記事(安井レポート)について「非常に良いこと。取材プロセスを見せることは極めて大事。しかもその必要性は調査報道に限ったことではない」と指摘する。
高田さんは日々の報道でも、プロセスをできるだけオープンにすべきとの考えで、「メディアはこれまで、そのブランドと報道内容を重ね合わせ、『我々の取材結果を信じろ』という姿勢でやってきた。今はブランドで信頼を得られる時代ではない。どうやってその事実にたどり着いたか、端緒から裏取り、記事化のプロセスを見せることで、取材対象との距離感、場合によっては癒着度も伝えることができる。それが報道の正確性、信頼向上につながる」と話している。