制裁金650億円払い「誠意ある交渉」約束、高くついたGoogleのニュース使用料回避戦略
グーグルは5億ユーロ(約650億円)という巨額の制裁金を支払い、メディアとの「誠意ある交渉」を約束した――。
メディアへの著作権に基づくニュース使用料支払い回避を画策したグーグルが、その方針転換を迫られている。
フランスの規制当局「競争委員会」は7月、グーグルのメディアとの交渉姿勢を「不公正で差別的」と断じ、5億ユーロという過去最高額の制裁金を科した。
同委員会は12月15日、この命令に対してグーグルが提出した改善措置案を公表。利害関係者からの意見を募集(市場テスト)するとしている。
同委員会の命令を巡っては、グーグルは不服申し立てをしたものの、すでに制裁金については支払い済みであることを、デジタル担当閣僚が明らかにしている。
グーグルは当初、「ニュースショーケース」という新サービスを掲げ、総額10億ドルをこの新サービス名目で支払うことにより、著作権法に基づくニュース使用料支払いを回避しようとした。
だがその枠組みそのものが「不公正で差別的」と否定され、「ニュースショーケース」予算の3分の2に相当する巨額の制裁金を命じられるという結果となり、戦略の立て直しに乗り出している。
「不公正で差別的」な交渉姿勢から「誠意ある交渉」へ。
潜脱的手法は、かえって高くつく。それが「ニュースショーケース」の教訓かもしれない。
●「グーグルによって支払い済み」
AFPの報道によると、フランスのデジタル担当長官、セドリック・オ氏は12月8日、上院議員、ローラン・ラフォン氏の質問にこう答弁している。
オ氏が述べているのは、フランスの規制当局「競争委員会」が7月、グーグルに対し、メディアへのニュース使用料交渉の対応が「不公正で差別的」だとして、支払いを命じた5億ユーロ(約650億円)という「過去最高額」(競争委員会委員長、イザベル・デ・シルバ氏)の制裁金のことだ。
※参照:「650億円払え」Googleが受けた巨額制裁の理由とは(07/14/202 新聞紙学的)
当初グーグルは、この制裁金の額がフランスにおけるニュース関連の年間売上高も上回るもので「まったく不釣り合いだ」と反論。9月に不服申し立てしたことを明らかにしていた。
さらに競争委員会は12月15日、グーグルが同委員会の命令を受けた改善措置案を提出したとして、その内容を公表している。それによれば、グーグルは以下の点を誓約している。
- コンテンツ複製に対する報酬を要求するメディアに対して「誠意ある交渉」をする。
- 報酬の提案について評価の透明性のために必要な情報を伝える。
- 交渉開始から3か月以内に報酬の提案を行う。
- 交渉が合意に至らない場合は仲裁裁判所への付託もできる。
- 交渉がグーグルにおけるコンテンツのインデックス化、ランキング、表示に影響を与えることのないよう、必要な手立てを講じる。
- 競争委員会が承認する独立した受託者が本改善措置の実施について監査する。
競争委員会が7月の命令で「不公正で差別的」と指摘したグーグルの手法は、新たなサービス「ニュースショーケース」への使用料としてメディアに支払いを行い、検索サービスで表示されるコンテンツを「ゼロ評価」とすることで、新しい著作権法に基づく支払いを回避した点だ。
競争委員会はこの潜脱的手法を認めず、グーグルは戦略の立て直しを迫られた。それが、「ニュースショーケース」によらない、新著作権法に基づいたメディアとの「誠意ある交渉」だ。
そしてフランスでは、この「ニュースショーケース」によらない新たな契約の第1号が11月に明らかにされた。
●「ニュースショーケース」ではない契約
AFPとグーグルは11月17日、そんなリリースを発表している。このリリースのポイントは、リリースに書かれていないキーワードだ。
ロイター通信によれば、この合意は「ニュースショーケース」によるものではない、新たな著作権法に盛り込まれたメディアの著作隣接権に基づくものだという。
グーグルが2020年10月、世界のメディアに3年間で10億ドルを支払う、と打ち上げた新たなニュースコーナー「ニュースショーケース」の照準は、そもそもEUの新たな著作権指令を回避することにあった。
EUでは、「欧州メディア・コンテンツ業界VSシリコンバレーの巨大IT企業」という構図のロビー合戦の果てに2019年4月、「デジタル単一市場における著作権指令」が成立した。
この新著作権指令の15条「報道出版物のデジタル利用に関する保護」では、新たにニュースコンテンツのネット利用などについての、メディアの報酬の権利(著作隣接権)を明確化している。
メディアは数年来、グーグルのニュースコンテンツの使用を「タダ乗り」と批判してきた。その法制化が、新著作権指令におけるメディアの著作隣接権の設定だった。そして、フランスを筆頭に、この新著作権指令を国内法に適用していく。
そこでグーグルが対抗策として2020年10月に打ち出したのが「ニュースショーケース」だった。この新サービスへの契約に著作隣接権をくるんでしまい、その請求権を事実上放棄させるという戦略だった。ニュース使用料は支払うが、それはあくまで「ニュースショーケース」の個別契約に基づくもの、という建て付けだ。
これにより、グーグルの表示コンテンツに著作権に基づく報酬を支払う、というビジネスの根幹にかかわるダメージを回避できるはずだった。
※参照:Googleが1,000億円をメディアに払う見返りは何か?(10/04/2020 新聞紙学的)
だが、その戦略はフランスの競争委員会の命令によって、「不公正で差別的」と全否定された。グーグルとしては徹底抗戦か、「ニュースショーケース」という潜脱的手法の放棄か、を迫られる。
そして競争委員会の命令には不服申し立ての手続きをしたものの、実際には5億ユーロという「ニュースショーケース」予算額の大半に該当する制裁金を支払った上に、AFPとの契約では「ニュースショーケース」という枠組みそのものが姿を消すことになった。
●著作隣接権と「拡張プレビュー」
グーグルが「ニュースショーケース」という潜脱的手法を使ってまで著作隣接権に基づく契約の回避を図ったのは、使用料支払い交渉の主導権を握り、支払い範囲に一定の歯止めをかけたかった、という思惑がうかがえる。
EUの著作権指令では、スニペットなどの「極めて短い抜粋」は著作権の保護対象にならない、としている。ただ、「極めて短い抜粋」とそれ以外との境界線は、厳密には定義されていない。
さらに欧州司法裁判所が2009年、11語の抜粋にも新聞記事のオリジナリティを認めたという判例がある。この裁判では、最終的にデンマーク最高裁が、抜粋を行ったニュース要約サービスに著作権法違反を認定している。
つまり、「極めて短い抜粋」かどうかの線引きは曖昧でケースバイケース、ということになる。
グーグルとしては、「ニュースショーケース」の枠組みが否定された後、著作隣接権に向き合いながら、一定の歯止めをかける手立てが必要となる。そこで新たに掲げたキーワードが「拡張ニュースプレビュー(Extended News Previews)」だ。
グーグルは「ほとんどの国の法律は保護されたコンテンツの範囲を定義していない」としながら、新著作権指令に基づく国内法が施行されているドイツ、ハンガリー、フランス、デンマーク、オランダなどの国のメディアとの話し合いで、この「拡張ニュースプレビュー」による提案を行っているという。
グーグルはAFPとの契約を公表した翌日の11月18日に、デア・シュピーゲルなどのドイツメディアとも、新著作権指令の著作隣接権に基づく契約を行ったことを明らかにしている。
その中で、「拡張ニュースプレビュー」についてこう説明している。
そして、ここにも「ニュースショーケース」の文言はない。
●スペインではニュース再開
グーグルとEUメディアとのニュース使用料の闘いの、象徴的な事例として取り上げられてきたのが、2014年のグーグルニュースのスペインからの撤退だ。
※参照:“グーグル税”はメディアにどれだけのダメージを与えたか(08/02/2015 新聞紙学的)
同年のスペインの著作権法改正により、ニュース使用料の義務化が盛り込まれたことを嫌って、同年いっぱいでグーグルニュースを閉鎖することを明らかにし、実際に閉鎖した。
だが、2021年11月3日、スペインが新著作権指令を適用したことを受け、グーグルは2022年初めからグーグルニュースを再開する、と発表した。
公式ブログの説明では、ニュース使用料は他の国々と同様、新たな著作権法に基づくとしている。その一方で、グーグルニュースの再開に伴って、「ニュースショーケース」も導入するとしている。その報酬支払いにも言及しており、フランスやドイツの対応とは、やや趣が異なる。
●高くついた手法
結局は、潜脱的手法は高くついた、ということになりそうだ。
オーストラリアでは2021年2月、メディアとのニュース使用料交渉を義務付ける強い新法が成立。この新法を背景に、フランスなどより高額とされる契約が次々に報道されていった。
「ニュースショーケース」による潜脱を、オーストラリアでは強力な新法でさらに抑え込んだ形だ。
※参照:Google、Facebookの「ニュース使用料戦争」勝ったのは誰か?(02/19/2021 新聞紙学的)
ニュース使用料支払いの義務化もない日本では、全国紙、地方紙など40社以上と契約して「ニュースショーケース」が9月にスタートしている。
日本に関しては、特に波風も立っていないようだ。
(※2021年12月17日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)